映像2022.05.10

映画『チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテ』鑑賞

東京
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

去る5月4日は都内中野区、東中野駅にほど近い映画館「ポレポレ東中野」にて映画鑑賞

題目は「チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテ」

 映画「チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテ」

題名はアイヌ語
訳すれば「狐神の魂送り」

アイヌの儀礼
イオマンテ 

イオマンテと言えば、ある程度以上の年代のひとには昭和歌謡「イヨマンテの夜」が連想されるだろう。
作曲者・古関裕而をモデルとした2年前のNHK朝の連続テレビ小説「エール」、そのストリー上にて、馬具職人役の俳優による熱唱が話題ともなった曲。

 

古関裕而作曲「イヨマンテの夜」の功罪

その作品上でイオマンテは「熊祭り」と簡便?に訳されていた。

だがイオマンテの語を分解すれば「イ・オマンテ」。
直訳すれば「それを送る」。
それ、とは、畏れ敬うものに対する婉曲表現。

ここでは動物神の魂の事である。

 アイヌは狩猟の対象となる動物は、神の化身と見なしていた。
神はカムイモシㇼ(神の国)では人間同様の生活を営んでいる
人間同様の顔かたちで、着物を着て家に住んで暮らしている。
だが人間界に遊びに行く際は毛皮を身に纏い肉を携え、クマなりキツネなり動物の姿になる
そうして人間界に降り立ち、精神の良い人間に狩られることで恵みを施す。

人間側では狩られた動物神に「自分に狩られて、恵みを施してくれた」ことに感謝し、
肉と毛皮をありがたく受け取る。
そして動物神の魂に酒や餅、そしてイナウ(木を削って作った御幣)を捧げて丁重に祭り、神の国にお帰りいただく。

 こうして人間と動物神の間には対等な関係が築かれる。

 動物が「肉と毛皮を携えた神の姿」ならば、
「人間のために恵みを施してくれる」ならば、
神様を人間世界に留め置いて、人間世界の楽しさをたっぷりご堪能したならば。
より一層の恵みを施してくれるだろう。

 そんな考えのもとに執り行われるのがイオマンテである。

動物を村内で大切に飼育する。
餌には上等の食材を与える。飼育檻の周りでは時に村人が唄い踊り、娯楽を提供する。
そして人間世界の楽しさをご堪能いただき、丁重な祈りの基に肉体と魂を分離し、神の恵みをありがたくいただく。そして動物神の魂に酒と餅、大量の木幣を「人間側からの土産」として整え、神の国へとお帰りいただく。

人間に丁重にもてなされた動物神は、神の国で「人間界の楽しさ」を他の動物神にも伝える。口コミで評判が広まり、続々と動物神が肉と毛皮の恵みを携えて人間界に降り立つ。
こうして、村は豊猟に恵まれるのである。

 だから、イオマンテの儀礼は熊のみに取り行なわれるのではない。
モユㇰ(エゾタヌキ)にもコタンコㇿカムイ(シマフクロウ)も村内で丁重に飼い、おもてなしした上で神の国にお帰りいただく。

 昭和61年に開催された
屈斜路湖畔のイオマンテ

 

さて映画

「チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテ」

チロンヌㇷ゚(キタキツネ)に人間世界の楽しさをご堪能いただいたうえで神の国へと送り返す行事。クマのイオマンテは歌謡曲にもなる一方、キタキツネのイオマンテは早くにすたれた儀礼だった。最後に行われたのは、大正初期という。

だが昭和末期の1986年、この儀礼が75年ぶりに執り行われた。

儀式を執り行なうのは、日高の沙流川流域に生まれた、当時75歳の日川善次郎エカシ(エカシは、アイヌ語で『長老』「爺さま」の意)。

大切なお狐さまが神の国にお帰りいただくに当たり、酒を醸しイナウを削り、人間と近しい火の神にまず祈りを捧げる。イクパスイと呼ばれる箆に酒を浸し、滴を渦中に投じる。イクパスイを介することで祈りの文句が正確に神へと伝わり、ひと樽の酒から取り分けた滴はひと樽分になって神の国へと届く。だが、重要な儀礼での祈りの文句の言い誤りは許されない。アイヌ文化は、言葉の文化でもある。雄弁なものが他地域との折衝をまとめ、神と真摯に対話する。

今回、2022年公開の映画化に当たり祈りの文句の日本語訳字幕を担当するのは、先日、4月28日に大団円を迎えたマンガ『ゴールデンカムイ』のアイヌ語・アイヌ文化監修を務めた中川裕氏である。

 神の国へと帰る狐神への最後のおもてなしとして、人々はセッカリウポポ(檻めぐりの舞)に興じる。日高に旭川、白糠と全道各地から現れたアイヌ民族の晴れ着は、地域ごとに文様に違いがある。日高の衣装はカパラミㇷ゚(薄い着物)と呼ばれ、黒地に白木綿をアップリケして緩やかなフォルムの文様を描く。旭川では、木綿の記事に糸で直接に刺繍して文様を描く。その比較ができるのも記録映像の強みである。

 人間社会の楽しさを堪能した狐神は、いよいよ肉体と魂を分離される。クマのイオマンテと同様、2本の丸太で首を挟むことで人間に肉と毛皮の土産を捧げる。その有様も「記録映像」として真摯に公開されている。この辺りは「苦手」に感じるひともいるかもしれない。

だが狐神の頭骨を木幣で飾り付け、そして祭壇に捧げる。そして改めて丁重に祈りを捧げ、カムイモシㇼへとお帰りいただくチロンヌㇷ゚カムイ(狐神)の再訪を願う。

滞りなく執り行われた儀礼の、貴重な記録である。

 昭和から令和へ
35年間の時空は重い

だがアイヌは「神と共に、自然と共に生きる」いわばファンタジーな民族ではない。
江戸時代後期以降の大和民族の勢力拡大によってさまざまな抑圧を受け、その立場や生活は変革を迫られざるを得なかった。
そしてアイヌは「人間」という意味である。
人間である以上、家庭として様々な葛藤が存在する。その実情も匂わせるあたりが、「民族学」としての記録に止まらない深みがある。

 舞台は1986年から2021年へと移る。

祭主を務めた日川エカシは90年代に亡くなり、祭場となった屈斜路湖畔・美幌のチセ(アイヌの伝統家屋)も既に無い。
クーリㇺセ(弓の舞)を演じていた若者もすでに熟年、そして少年らは成長して都会に出て、それぞれの家庭を築く。

10年をひと昔にするならば1986年は3昔半。
35年で、また社会は変革していく。

 

プロフィール
フリーライター
角田陽一
1974年、北海道生まれ。2004年よりフリーライター。アウトドア、グルメ、北海道の歴史文化を中心に執筆中。著書に『図解アイヌ』(新紀元社 2018年)。執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社 2019年)、『アイヌの真実』(ベストセラーズ 2020年)など。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP