新作『チィファの手紙』を作った岩井俊二の焦り「死ぬまでに全ては作りきれないな、と分かってくる」

Vol.179
映画監督
Shunji Iwai
岩井 俊二
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1993年、テレビドラマ『if もしも〜 打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』の監督・演出でブレイクし、94年『undo』で映画監督デビュー。95年初の長編映画『Love Letter』を制作。その後もMV、アニメーションなど多くの作品を生み出してきた岩井俊二(いわい しゅんじ)さん。彼の作り出す叙情世界に心ひかれるファンは多い。

小樽~神戸間の「誤送された手紙」をきっかけに描かれる、淡くせつないラブストーリー『Love Letter』の公開から早25年。中国・大連を舞台にした最新作『チィファの手紙』もまた、3世代の「手紙」のやりとりをモチーフとし、初恋、喪失、そして家族の再生をあざやかに描いている。 本作と物語の構造をほぼ同じくする、2020年1月公開の『ラストレター』(松たか子、福山雅治出演)との関連や、脚本を中国の物語としてローカライズしていく際の苦労や撮影秘話、長く一線で作品を創造し続けてきた源泉について伺った。

『Love Letter』の国外ファンに恩返しをしたかった

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映画『チィファの手紙』は「中国で描いたもう一つの『ラストレター』」と称されていますが、実は撮影も中国での公開も『ラストレター』より先なんですね。出発点は、ペ・ドゥナを主演に迎えて韓国で撮影したショートムービー『チャンオクの手紙』(2017年公開)で、監督自身が「この作品を長編にしたらどうなるか?」と考えたことだったとか。

日本、中国、韓国の3カ国で「行き違いの手紙」をモチーフにそれぞれ別の作品を描く、という話ではそうなのですが、そもそもの原点となるのは95年の『Love Letter』なんです。この作品は僕の長編デビュー作なのですが、日本公開の1年半後に香港で長期間上映され、それをきっかけに韓国や中国の方たちに非常にたくさん見てもらえた(「情書熱(Love Letterブーム)」) 。それがある意味、自分が映画を長く作り続けるうえで、大きな後押しになったんですね。非常に心強かった。

それで何かこう、恩返しというか、「いずれそれらの国で撮りたい」という思いがずっとありました。念願が叶ってとても嬉しいです。

事前準備から撮影までどれくらい時間をかけられたんですか。

どの作品でもだいたい1、2年は脚本をこねくり回します。その後、『チィファの手紙』の場合は、中国入りしてローカライズし、撮影が終わるまで4カ月は現地にいたかと。撮影自体は40日くらいでした。

物語の舞台を海外に設定するときは、ネイティブが納得するほどのローカライズが不可欠ですが、どのようなご苦労がありましたか。

ラッキーだったのは、ピーター・チャンにプロデュースをしてもらえたこと。ピーターは香港映画『ラヴソング』(1998年日本公開)の監督で、その後も香港と中国の映画を監督・プロデュースしている人物です。香港と北京では言葉も違うし、文化も違う。けれど、彼と彼のチームがローカライズの重要性を非常に理解しており、経験も豊富だったので、非常に正しく導いてもらえました。かなり丁寧で細やかな作業が行えたと思います。

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『チィファの手紙』には、主役となる40代男女の、中学時代の回想シーンがあります。1988年当時、日本人の僕らには、スマートフォンこそありませんが、衣食住など身の回りに関してはそれほど現代と大きく違うわけではない。でも、中国は30年前とは変化が激しく、日本で言うところの1950〜60年代くらいの時代感なんです。

だから、衣装も「これがいい」と言うとすでにその時代には該当しなかったり、舞台である大連の旅順では車が走っていなかったり、スーパーマーケットもなかったりして、当時の資料一つ一つが興味深かった。

あとは自分が書いた会話も、ただの翻訳だと自然な受け答えにならない。そこで、舞台役者を集めて翻訳した脚本を読んでもらい、ワークショップ的にディスカッションしながら、中国人ならではの会話劇にブラッシュアップしていきました。

撮影現場でも、いったん役者の皆さんに動いてもらって違和感のないものを作ってもらってから、僕がアイデアを足していく撮り方にした。最初は僕が動きの指示を出していたんだけど、結局「そこは違う」と言われてしまったので(笑)。

「説明」ではなく「表現」に

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中国人キャストやスタッフとのやりとりは、通訳がいれば齟齬(そご)なく進みましたか。

込み入った話は通訳を入れましたが、特に香港チームは英語がしゃべれるので、簡単な話はほとんど英語でした。撮影部は日本から連れて行ったので、トランシーバーでやりとりする際にうっかり日本語で言い直すのを忘れ、取り残されていることがときどきありましたね(笑)。

日本語であれば役者のせりふや演技がうまいかどうかはすぐに判断つきますが、中国人のキャストの場合は、どのように判断できるものなのでしょうか。

表情や感情の作り方というのは、ほとんど日本人と違わないんじゃないでしょうか。欧米人だと違いは歴然とするかもしれないけれど、そこはやはり同じアジア人というか、逆にうっかりと日本語で話しかけてしまいそうなことがあるくらいで。

あとは、北京語は日本語でいうところの音読みですべて喋っていて、「てにをは」もないんです。漢文みたいに漢字の羅列なので、一つ一つのセンテンスが短いし、口をそんなに動かさなくていい。それに慣れてくると、逆に日本語の方がまどろっこしく感じるんですよ。「ここまで言わないとせりふとして成立しないのか」と。

北京語は耳慣れると本当にきれいな、非常に音楽的な言語で、映画として作り上げるときにとても気持ちがよかったです。

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『チィファの手紙』と『ラストレター』では、ローカライズ以外に、「弟」の立場とその描き方が大きく違っています。『チィファの手紙』のクライマックス近くには、その弟にまつわる長回しの非常に印象的なシーンがありますが、岩井監督の長回しは実は珍しいとお聞きしました。

確かにほとんど見えない闇の中の長回しは初めてかもしれません。これは実際に街をロケハンしたときに浮かんだアイデアなんです。道の一部にしか街灯がなくて、人の姿が見えたり見えなかったりして……。

なんだろう、そのシーンを説明的ではなく、できるだけ表現にしたいというのが、今の僕の本当にやりたいことなんです。1カット1カットを簡単に説明してしまうのではなく、もうちょっと表現として描けたら最高なんだけどな、と。

カットを変えるのはやっぱり説明なんですよね。若い頃は無自覚でしたが、これだけ長く映画を撮り続けていると、「この技術自体がある意味説明なんだよな」などと、いろんなことに気付き出してしまって(笑)。そんな中で、先の長回しはちょっとうまく表現できたかなという気はします。

「この目で見たもの、自分で実感したもの」を描き続ける

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すごく失礼な質問かもしれませんが、事件や災害後に現地を訪れるとか、そういった「この目で見ておきたい」というクリエイターの一種の業(ごう)は、クリエイションに不可欠だと思われますか?

東日本大震災のときはゴールデンウィーク明けに石巻などを訪れて、1人で見て歩いたりしました。そのときは「これで何か撮ろう」とは思わなかったですが……。でも、なんだろう、作り手として言えば、「実際に見ないと分からない」というのはやはりありますね。特に海外に関しては、日本に入ってくる情報を鵜呑みにはできないというか、実物を見ないと分からないなと思う。

情報には常に疑いの目を向けるというか、「実際には見ていないことについては感想も意見も言えない」というのが基本のスタンスかもしれない。絶対コメンテーターにはなれないです(笑)。

そういう意味では、これからも実話をテーマに作品は撮らない気がする。やるのであれば相当な取材をすることになるだろうけど、事実をあるがままにどんなに描き尽くしても、「真実」には近付けない気がするというか。映画ですから、結局どこかでフィクションに置き換えないといけないですしね。

やはり僕は、我が身を通じて皆に語りかけられる内容を、どの作品でも発信していると思うんです。震災後に『friends after 3.11 【劇場版】』という原発問題に焦点を当てたドキュメンタリーを製作・監督したのですが、ジャーナリストたちが作るドキュメンタリーは僕には無理で、あくまで友達なり知り合いに話を聞くことで作った、非常にパーソナルな作品です。

そのドキュメンタリーも、僕がこれまで撮ってきた映画やドラマなどのフィクションも、同一線上です。「この目で見たもの、自分で実感したものでないと描かない」というのが、自分に対するクリエイションの縛りかもしれません。

尽きることのないクリエイターとしての熱情

『Love Letter』からの25年を振り返って、ある種の挫折や、作れなくなった時期はありましたか。

作れなくなったという意味での挫折はまだないですね。ただ、作り続けてはいるけれど、日常的には作れない日、うまくできない日の方が多いんです。一作品の中で、成功した日はほんのわずかで、あとはずっと試行錯誤の中にいる。

しかも、作品を作り終わって、次また次、とやっていると、今度は精神が壊れていってしまう。だから、他の人のプロデュースとか音楽制作とかアニメとか、いろんなことにトライしながら、なんとかここまでやってきた気がします。

まだ達成できていない企画やアイデア、そういう宿題のような……残っているものも、まだまだあって。

逆にこういう年齢になって、残りの人生を指折り数えると、「死ぬまでにたぶん全ては作りきれないな」と分かってきちゃったので。焦ってもしょうがないなと思いつつ、焦る気持ちは正直ありますよね。命続くまで作り続けるとしたら、もう本数まで見えてきちゃっているというのはありますよね。

20代の頃はテレビドラマを年間3〜4本くらいは撮っていました。単発の短いテレビドラマだと、放送枠があって、局から相談されるので、企画が立ち上がって作品を納品するまでが早い。ところが映画は企画立ち上げまでに1、2年かかる。下準備から、資金集め、企画の蘇生、脚本執筆と、いわば毎回ゼロからベンチャービジネスを立ち上げるような感じです。ここをもう少しショートカットできると、撮れる本数も少し多くなるのですが、今の興行システムだとそうはいかない。

その代わり、自分が納得できるまでの脚本開発だったり原作小説を書いたりする時間はたっぷりあるわけで、その結果、今のようなスタイルになっていったのかもしれない。ドラマ時代は自分で音楽を付けてみようなんて思わなかったけれど、映画になって時間に余裕があるからやってみたとか。なんでも一長一短ありますね。

取材日:2020年8月12日 ライター:堀 香織
※オンラインにて取材

ムービー編集:遠藤究

『チィファの手紙』

9/11(金) 新宿バルト9他全国ロードショー

原作・脚本・監督 岩井俊二 プロデュース ピーター・チャン 岩井俊二 音楽 岩井俊二 ikire 出演 ジョウ・シュン チン・ハオ ドゥー・ジアン チャン・ツィフォン ダン・アンシー タン・ジュオ フー・ゴー 2018年/中国/16:9/113分/原題:「你好、之華」 配給:クロックワークス © 2018 BEIJING J.Q. SPRING PICTURES COMPANY LIMITED WE PICTURES LIMITED ROCKWELL EYES INC. ZHEJIANG DONGYANG XIAOYUZHOU MOVIE & MEDIA CO., LTD ALL Rights reserved.

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プロフィール
映画監督
岩井 俊二
1963年、宮城県出身。横浜国立大学卒。93年、テレビドラマ『if もしも〜 打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』を演出し、日本映画監督協会新人賞を獲得。初の映画監督作品『Love Letter』(95年)は日本のみならず中国と韓国でも感涙を呼び、アジア各国にファンが生まれた。翌96年、『PiCNiC』がベルリン国際映画祭に出品され、SF大作『スワロウテイル』も大ヒット。となった。その後、インターネット時代の到来に先駆け新時代の過酷な青春映画『リリイ・シュシュのすべて』(01年)を世に放ち、ベルリン映画祭や上海国際映画祭で賞を獲得。その後、3.11を巡る画期的なドキュメンタリー『friends after 3.11 【劇場版】』(12年)、アヌシー国際アニメーション映画祭に招かれた初長編アニメーション『花とアリス殺人事件』(15年)と、映画の越境を続け、16年には『リップヴァンウィンクルの花嫁』、2020年1月、『ラストレター』を公開し、5月からは『8日で死んだ怪獣の12日の物語』を配信から公開。

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