出口には、素敵な手土産が 観客の皆さんに向けて用意されている それが理想的な映画

Vol.52
映画監督/俳優 鈴木卓爾(Takuji Suzuki)氏
 
鈴木卓爾さん――映画監督・俳優 お顔を拝見して、「え、俳優さんでしょ」ともらす人が多いかも。事実、俳優としてかなりの実績のある方です。が、実は、鈴木さんは、1980年代、高校在学時に制作したアニメーション作品でスタートした映像作家でもあるのです。この人は、いつか映画を撮るだろうと注目されていた。 その後、脚本家としての実力を認められ、映画はもちろんNHKのドラマ『中学生日記』や『さわやか3組』でも大活躍。脚本家や俳優としての活躍があったせいか、共同監督や短編作品は手がけるものの、なかなか長編作品が発表されず、周囲をやきもきさせていました。 そんな鈴木さんが、とうとう劇場公開用長編作品を発表しました。タイトルは『私は猫ストーカー』。同名の大ヒット・イラストエッセイを原作に、根強い人気のある谷根千(谷中・根津・千駄木)を舞台にした不思議な清涼感ある物語をつくりあげました。

私は猫ストーカー

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長くかわいがってもらえる映画になってほしい。

『私は猫ストーカー』が、いよいよ公開されます。作品の仕上がりには、満足されていますか。

その質問にはうまく答えられません。よくわからないから(笑)。「やるだけのことはやった」という想いはありますが、一方で「観る方は、この内容についてこられるのだろうか」との心配もある。 試写を観てくださった方から直接聞いた感想を僕なりに集計してみると、賛否は半々かなと受け止めています。

少なくとも私は、おもしろかったですよ。

ありがとうございます。事前に「ゆるい映画にしたい」という構想があり、その点はうまくまとめられたと思っているんですが。 この映画、物語が開始45分まで始まらないんです(笑)。それはけっこう禁じ手だと自覚しつつなんですが。

「観る人がついてこられるか」という心配は、そういうことでしたか。全然気にならなかったですけどね。

まだ試写の感想しか届いていないので、劇場で観てくださった一般の方がどう受け止めるかは心配でなりません(笑)。

それは、そうでしょうね。

少なくともこの「やり口」(笑)は、現場のスタッフの方々には受け入れてもらえて、撮影の環境としては理想的でした。だからこそ、早く、多くの普通の方々の反応を知りたいです。 この映画、物語が開始45分まで始まらないんです(笑)。それはけっこう禁じ手だと自覚しつつなんですが。

どんな反応を期待しますか。

その答えにならないかもしれませんが、長くかわいがってもらえる映画になってほしい。そう考えています。

星野真理さんは、最初のテイクからアスファルトに寝そべって、 にじり寄ってくれた。

私は猫ストーカーimage

エンディングに流れるテーマソング、素敵な曲でしたね。

音楽の蓮実重臣さんが、「猫ストーカーの歌をつくりたいんだけど、いいかな」と言ってくださって生まれました。予算的には、こちらからは絶対に言い出せないことだったので(笑)。 「歌詞をつくってね」と渡されたデモは、蓮実さんが弾き語りの鼻歌でつくったものでした。あまりにいい曲で、聴いた瞬間にちょっと涙ぐみました。僕と浅生(ハルミン)さんで詞をつけ、仕上がった曲は深夜にメールでいただいたんですが、カップラーメン食べるのを忘れて聴き入りました(笑)。

主演の星野真理さんの、ナチュラルな演技もよかったですね。猫ストーカーぶりも、素晴らしかった(笑)。事前に演技計画などを打ち合わせたのですか?

撮影初日に、公園で30分ほど。何も決めようがないので、猫を発見次第撮影に入りますから、星野さんはその瞬間からハルちゃん(主人公)になって猫を追ってくださいと(笑)。 星野さんは最初のテイクからアスファルトに寝そべって、にじり寄ってくれました。

じゃあ、その先はほとんどドキュメンタリー?

カメラアングルのパターンは2つ用意して、それは事前に星野さんに伝えてあります。

街の「猫シーン」は、どれも素晴らしかったですね。資料で、「プロの猫は、古本屋の店番猫のみ」と知って驚きました。

「谷根千(谷中・根津・千駄木)猫」のみなさんに、助けられての撮影でした(笑)。ぱっとカメラを回してみたら、猫が入ってきてフレームの端で止まって振り向く。撮影のたむらまさきさんが「なんだよ、演技つけたみたいじゃないか」と言うくらい絶妙に、この映画に参加してくれていました。

他社の示した入り口から入り、撮影する。 出口には、「手土産」が用意されている映画にしたかった。

「鈴木卓爾がやっと長編を撮った」と言われてますね。

周囲の人に心配をかけていたという自覚はあります。 この10年ほどは、長編映画の企画はあり、シナリオ開発はいくつも手がけたのですが、結局は立ち消えになっていました。

なるほど、苦労なさってたんですね。

僕は、シナリオ書くのが遅いんですよ(笑)。企画を引き受けて、シナリオを手がけるとあっという間に半年や1年が過ぎてしまう。そこがウィークポイントになっているのも、わかっていました。 ですから、今回は企画をいただいた段階で、僕の方から「脚本は別の方に」とお願いしました。

では、「脚本家を起用した」点は成功の要因のひとつになるわけですね。

別の方が書いた脚本でメガホンを取るのはこれが初めてではないですが、この手法は「1+1」でなくかけ算のような効果があることをあらためて実感しました。他の方が示した「入り口」から入って映画を撮るのは、思いの外自分に合っているとも思いました。 そんなこと言いながら、相変わらず自分で脚本も書いてるんですが(笑)。

そうか、脚本家の脚本で映画を撮るのは「他者の示した入り口から入る」感覚なんですね。で、出口は?

出口には、素敵な手土産が、観客の皆さんに向けて用意されている。それが理想的な映画だと思います。

『私は猫ストーカー』は、「手土産ありの映画」になりました?

そうなっていると、自負しています。

初の長編作品をつくりあげた、今の感想は?

「なるほど、8日間での撮影とは、こんなものなのだなと」体感値を得た(笑)。 そして、素晴らしいスタッフの方々との共同作業を通して、映画の素晴らしさを再認識できました。それが最大の収穫だったかもしれない。

猫さん

インタビューでお伺いした鈴木監督のお宅の猫さん

では、最期に、読者である若手クリエイターたちにエールをお願いします。

映画というのは、かなり経済に左右されるもので、経済との結びつきを無視できないものです。そういう意味では、経済危機と言われる昨今は、映画をつくりたい人にとってかなり大変な時期と言えるでしょう。 それはそれでひとつの真実ですが、僕は、本当につくりたいならつくれないことなんてないと思っています。志のある人は、雨ざらしの中でも断崖絶壁にしがみついているちっちゃな虫みたいになってでも、がんばって欲しいなと思う。僕なんかも、そうですから(笑)、心の底からそう思います。 こういう瞬間が好きだから私はやるのだ、映画のこういうところが好きだからやるのだと、がんばる。夢を食べて生きることになっても、それでもいいじゃないって感じで僕はがんばってます。みなさんも、がんばってください。

取材日:2009年6月9日

Profile of 鈴木卓爾

鈴木卓爾氏

1967年、静岡県磐田市出身。 1984年に高校美術部の8mmカメラを使い、アニメーション『街灯奇想の夜』を制作。1988年の東京造形大学在学中に8ミリ長編『にじ』にてぴあフィルムフェスティバル (PFF) で審査員特別賞を受賞。1989年にベルギーのブリュッセル・スーパー8&ビデオ・フェスティバルにて上映される。その後脚本家や俳優として活躍する一方、長編監督作品の発表が待たれていた。

■最新作『私は猫ストーカー』 オフィシャルサイト http://nekostalker.jp/

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