“創造”と“混迷”の連続、怒涛の1981年を振り返る

Vol.015
井筒和幸の Get It Up !
Kazuyuki Izutu
井筒 和幸

1981年は、『ガキ帝国』の関西先行封切りと、二作目の東映版『ガキ帝国・悪たれ戦争』の封切りと、そして、打ち上げ大暴れ逮捕事件まで立て続けにあって、まさしく怒涛の一年だったようだ。

仲間たちと酒ばかり呑んでは、やっぱりドン・シーゲル監督作は「ダーティハリー」なんかじゃなくて「突破口」だろとか、ジョン・フランケンハイマ―監督の「フレンチ・コネクション2」はなんて素敵なんだろとか、ボクにはそんな夢うつつの映画談議ばかりして過ごしてたような記憶しかないのだが、事実、“創造”と“混迷”の連続だった。

よくよく思い返してみたら、『ガキ帝国』の封切りの前後でも、ボクは新宿のジョイパック・フィルムの課長さんを紹介してもらい、その荒波の隙間の時間に、ピンク映画を2本も仕上げていた。『ガキ帝国』に“明日のジョー”の彼女役でその後は東京のエロ映画界に流れて行く京子という女を丸裸になって演じてくれた、紗貴めぐみ嬢を主演にした『赤い暴姦』とタイトルされたモノだった。その配給の課長は「一般映画で名が出たからって、もうこっちの業界、止めたわけじゃないだろ?頑張ってよ」とまた誘ってくれたからだ。ボクを育ててくれた義理を忘れるわけにはいかなかった。

そして、11月頃か、国鉄(今のJR)の中央線の車窓から、ぼぉーと見たくもない都会の堀川を眺めていたら、『ガキ帝国』の二本立ての宣伝幕を見つけて、ビックリした。東京・飯田橋にあった「佳作座」がビルから裏の神田川沿いにいつも掲げている大きな垂れ幕が、中央線に乗りこんだ客なら誰でも一度は見つけそうな場所から、しっかりとこっちの窓に向けてアピールしていた。

「こらっ、何やってんだ、おい、お前さんの二本立てだぞ。どうすんだ。もう見捨てたのか?見に来ないのか?」と睨んでいた。ボクも嬉しくなって、東京駅から、何人かの友人に電話をして知らせたものだ。

81年は終わり、ボクは、何もすることなく日々を過ごした。創作心もあまり湧かなかったが、相撲の映画を作ろうかと思ったこともあった。

元来、スポーツにもスポ魂モノにも何の興味もなかったが、相撲部屋での余りのリンチに耐えられずに実家に逃げて帰ってきた元部屋住みの少年がいるというので、仲間と熱海まで出かけて行って、しばらく、その少年の話を聞いて取材したりした。股割りはとても痛いだとか、兄弟子たちは暴力の制裁しか楽しみがないんですとか、場所が始まったらまた地獄の日々で、取り組みの中で真剣勝負は「ガチンコ」というとか、八百長試合でカネを渡し合うこともあるとか、もうあんな世界はゴメンです、今の家業の土建屋の方が楽しいですとその少年の話は止まらなかった。しかし、聴くほどに、その先にある少年の相撲の夢物語の輪郭もつまらなく思えてきて、映画のエネルギーにはとても変換できなかった

また違った若者のイメージも発想してみた。だらしない人生を改めようと右翼の街宣車に乗りこんではみたが、信頼していたヤクザの兄貴に裏切られてしまう青年の話。ヤクザの兄貴役には松方弘樹がいいと仲間に言われても、あの演技のオーバーさにはもうひとつイメージが合わなかった。

無為な日々を埋めてくれるのは人の映画現場の手伝いしかなかった。ピンクの先輩の高橋伴明監督が「タトゥ―(刺青)あり」という初めての一般映画を作るというので、制作プロデューサーを担当した。3000万円の製作費は扱い甲斐があった。

少し残ったお金で、最低ギャラで我慢してくれた制作部と演出部の若い仲間たちで風俗店の遊びに行ったりした。でも、所詮は人の映画だし、中身にまで関わる気はなかったから仕上がっても達成感はなく、なんだか心は晴れず、これから何をしていったらいいのか、判らなかった。

時を慰めてくれるのは街の映画だけだった。この頃、映画館にはよく行ったものだ。ドイツ映画の「Uボート」は潜水艦搭乗員たちが哀れで、最後は全滅する話。ボクも全滅してしまうのかとやり切れなかった。

「シャーキーズ・マシン」というアメリカの刑事モノは、主演はタフガイのバート・レイノズルで、例によって好演していた。ちょっと気分転換にはなったか。「デストラップ・死の罠」は鬼才監督シドニー・ルメットのニューヨーク演劇界を皮肉ったサスペンス物で、さすがに職人技、よく出来ていた。「仁義なき戦い」の笠原和夫が書いた「大日本帝国」もあったが、戦争中の日本人を自己憐憫するだけの映画に思えて見る気がなかった。

デ・ニーロたちが演じた『1900年』という5時間近くあるイタリアの一家族の現代史の方はオモシロかった。気分転換にしろ何にしろ、いい気晴らし、暇つぶしになるために映画館はあるはずだ。

ピンク映画の頃、山本晋也さんは現場でよく言っていた。「映画は芸術でも娯楽でもないんだ。その真ん中、芸能なんだな」と。心を休めるために映画館に入ったものの、心が躍らされて弾んでしまうもの。そうなんだなあ、と思う日々だった。その年末には、「遊星からの物体X」やら「E,T,」というアメリカ映画の未来を暗示するような、お金のかかった“ゲテモノたち”がやってくると聞かされて、仲間と「よっし、お前がETなら、オレはXに賭けるわ」と言い合ったものだ。

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