ヒモ

Vol.149
CMプロデューサー
番長プロデューサーの世直しコラム
櫻木 光

新聞を見ていると、たまに小学生を捕まえて「将来の夢」を答えさせている記事を見かける。

 

サッカー選手--6年4組田中くん

大工さん----6年4組中島くん

看護師さん---6年2組真行寺さん

カメラマン---6年1組半沢くん

 

みたいなやつで、たまに夢人気ランキングとかも出ている。

1位大工さん。とか

 

僕はこんな記事が昔から疑問なのです。

 

書いてあることは「将来なりたい職業」であって「夢」ではない。

ある職業につくことが、大きい意味で夢と言い切っちゃえば夢だけど。

 

サッカー選手は職業ですから具体なのです。

だから、「サッカー選手になってW杯に出たい」なら夢。

そこのなになにしたいと言うところがないがしろになりがちで嫌なんです。

そう言うことを大人が子供相手に区別して見せないと

子供もこんがらがっちゃうんじゃないかと思います。

夢と職業は違うんですよ。と。

 

 

なんかすぐに入れ物の話をして悦にいる人がいます。

web広告の企画打ち合わせをしていて、

「なんか面白いコンテンツが必要なんですよね。」とか言う人がいる。

コンテンツの具体的な内容をどうするかを話している時に

「なんか面白いコンテンツができると思うんですよ。」って真顔で言う人がいる。

だから、そのコンテンツで悩んでるんですけど。そのコンテンツはなんですか?って聞くと、

「んー、なんでしょうねー。なんかわくわくしたり、面白いものですね。」

 

「コンテンツ」とは情報の中身って意味ですが、日本語になると

あっという間になんかの入れ物の名前のように変わっちゃうのがすごい不思議ですね。

子供の夢を聞いているのに近い。

 

将来の夢の記事を見ていると、とにかく大人がほっとするような

職業の名前が並んでるのもすごく不思議です。

変なこと言い出すと先生に怒られちゃうんでしょう。

子供に建前を強要してる感じで。

子供が子供らしく可愛い夢を言ってるのを読んで老人がほっこり

安心するための記事なんでしょうね。

子供のためを思っているとは思えないです。

ツツジが咲きました。とかそう言うニュースに近い。

 

忘れもしない、小学4年生の時に「自分がなりたい仕事」っていうテーマで

作文を書くという国語の授業がありました。

そこで、僕が当時興味津々だった職業のことを書きました。

 

「僕が将来なりたい職業はヒモです。ヒモというのは女の人にご飯を食べさせて

   もらう職業です。昼間は犬の散歩とかパチンコをしています。」

みたいな書き出しでした。

 

なんでそんなことを書いたかというと、当時再放送で見た松田優作が探偵の役のドラマに

上半身裸で背中にヒモと文字を書いたエキストラみたいな人が出ていたのです。

で、母親に「ヒモ」ってなあに?と聞いたら「女の人にご飯を食べさせてもらう職業よ」

と答えました。

「えっ、それは職業なの?」

「そうよ。」

「ヒモのひとは何して暮らしてるの?」

「昼間は、そーねー、犬の散歩とかパチンコとか。ゴミ捨てたり。」

「えっ、それでご飯食べていけるの?」

「人によるんじゃない?しかも、すごい努力が必要なのよ、うふふ。」

 

母親がうふふと原田知世さんみたいに笑うのを初めて見て衝撃を受けました。

なんだその仕事は?どんな努力だ?と。ヒモという言葉の怪しい響きも相まって

小学生の僕の好奇心でヒモは巨大化していったのです。

ヒモは僕の中で夢の職業になりました。俺、絶対それになる!

でもヒモの実態がなんだかわからないままでした。誰も教えてくれません。

 

で、その気持ちを学校の作文に書いたら、担任の先生にものすごく叱られました。

「ふざけるなお前!」僕はなんでおこられるかわかりませんでした。

キョトンとしていたと思います。

 

数日して、母親が学校に呼び出されました。先生が怒った顔で母親に言いました。

「こいつはこんな作文書きました。どう思います?」

母親は作文を読んでクスクス笑い出し「なんか悪いんですか?」と。

「こいつが将来何になろうがあなたに関係ないでしょ?

   なんか自分たちに都合が悪いこと書かれたくないならこんな作文

   書かせなきゃいいんじゃないですか?職業選択の自由でしょ?」

と言って、ほら、帰るよ、って部屋を出て行っちゃいました。

 

部屋を出た後、「わざとやってるだろこのバカ。いい加減にしとけ」と

母親に怒られただけでしたけどね。

 

というくだらない話はさておき

 

学校の先生も新聞も、子供に漠然としたイメージを言わせっぱなしにしないで

もっと世の中にはこういう職業があるよって教えてあげる姿勢が必要だと思うんです。

それがコンテンツの重要性なんでしょう。

 

大学を偏差値で決めさせるんじゃなくて、なりたい職業と何したいか、から逆算させる。

そういう指導をしてくれる人がいた記憶は僕の時代にはありません。

今は職業体験の制度も見かけるし、もう少し進んだ指導なのかもしれませんが。

そしたらもう少し頑張れるんじゃないかみんな、と思うのです。

入ったばかりの会社をすぐやめたりもしなくなるんじゃ無いかと。

 

入れ物と中身は違います。

中身のことが大事で、入れ物は枠でしか無いのに枠の話ばっかり。

いい学校にはいっていい会社に入る。お受験の目標も終始入れ物の話です。

その子供の人生の話や好き嫌いや適正なんか全然無視してる。

未だに何をするかよりどこの会社に所属するか、が大事にされてるのか?

人間の価値を図る基準がないから仕方ないのか?

 

入れ物の話ばかりしてないで、その中で何をするか想像して生きなきゃダメですよね。

自分自身のコンテンツの話なんですから。

それに必要なのは想像力と好奇心ですから。

プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。

日本中のクリエイターを元気にするメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP