映像2016.03.23

「オナグラ、-50円」

とりとめないわ 第7話
とりとめないわ 門田陽

何度乗っても慣れないのが東京のバスです。前から乗車して先払い。降りるときは後ろ(中扉)から。この乗り方、特に誰も教えてくれません。暗黙の了解(ちょっと意味、違うかな?)です。僕の地元の福岡は日本一バスが走る街ですが、ここのルールは後ろ(中扉)から乗っての料金後払い。そして前のドアから降ります。電車の場合は日本中どこも同じ乗り方な気がしますが、バスは47都道府県各々がローカルルールなのでフシギです。どこだったか(富山か奈良かな?)乗るときに運転手さんに行先を申告するところがありました。余談ですが(もっともこのコラム、全篇余談みたいなもの)福岡の路線バスは行き先によっては高速道路を走ります。高速ですよ!わかりにくいかもしれませんが、この路線は特に通勤時間は混雑してまして。高速道路を吊り革を握って立っているビジネスマンやOLの姿は他の地域の人から見たら驚愕の光景です。

さて、ヘンな(独自な)ルールといえば飲食店にはいろいろありますね。いわゆるなじみのお店での「いつもの」という注文の仕方。アレを言うタイミングって何回目くらいからでしょうか。若い頃、吉野家で「つゆだく」というコトバを勇気をふり絞って言ったときのことを思い出します。ドキドキしました。いまだに「つゆだく」はメニューにはないもんなぁ。僕がときどき寄っている新橋の「薺(なずな)」という飲み屋さんのメニューは隅っこに「オナグラ、-50円」とあります。常連客はよくこのオナグラを注文しますが、初めてのお客さんには何のことかわかりません。僕もこのメニューが何かを知るまでに時間がかかりました。聞けばすぐに教えてくれるのですが、「オナグラ」というコトバの響きがちょっとエロいことを想像してしまい声に出しにくい。オナでグラですもん。値段が-50円というのも謎です。クイズというかミステリーのようなメニュー。実はこれ、生ビールやハイボールなどのおかわりをするときに「おなじグラス」でよければ会計から一杯あたり50円値引きするというルールなのです。暗黙のうれしいルール。以前先輩に連れていってもらった魚籃坂にあるとても辛いカレー屋さんは水を一切出さないので有名な店。どんなに頼んでも出してくれません。カレー屋といえば、六本木ヒルズが建つ前にあった「勤労青年の店」という名の店が好きでした。カウンターの奥の壁に「青春の壁」という貼り紙があって、お客さんはその壁に向かい黙々とカレーを食べるのです。いろんなルールの店があります。

あ、この際だから(どの際?)ローカルルールの話をもうひとつ。これは福岡(博多)の人が東京で暮らし始めたり出張や旅行で上京したときに早い段階で戸惑う代表的な出来事。焼き鳥屋さんのメニューです。福岡県人ならこの話題だけで軽く焼酎一本は空けられます。まず店に入り席についてもキャベツが出てきません。東京に来て間もない頃は「ウソやろ」と本気で怒ってました。福岡の焼き鳥屋さんは、ほぼどの店も大きめの皿にザク切り(千切りではない)のキャベツがキャベツ専用のタレがかかった状態で自動的に出てきます。焼き鳥が出てくるまでの時間、これをつまみにビールを飲みます。うまいのです。格別なのです。さらに東京の焼き鳥屋さん最大のビックリはメニューにバラがありません。 福岡の焼き鳥屋さんはメニューのトップはバラで二番手はズリと決まってます。バラは豚バラ。ズリは砂ズリです。冷静に考えると焼き鳥屋の一番人気が鳥でなく豚なわけですからヘンなのは東京ではなく福岡です。もちろん頭ではわかってますが、気もちがムズムズしてしまい、しばらく焼き鳥屋さんに行くのを敬遠してました。そして探しました。東京で「バラ」が食べられる焼き鳥屋さん。東京でよくある豚バラ串ではなくて、バラ肉とバラ肉の間に薄く切った玉葱が挟まった「焼き鳥のバラ」を出す店。最初に見つけた恵比寿の「たまや」は2、3年前に閉店しました。今はもっぱら下北沢の「和楽互尊」に通ってます。もちろんこの店、何も言わずともキャベツが出ます。

ところで話はバスに戻りますが、僕は物心ついて最初になりたかった職業はバスの車掌さんでした。運転手ではなく車掌さん。格好よかったのです。どんな満員バスの中でもヒラリヒラリと客をかわしてやって来て、パチパチッと切符をハサミで切り、踏切では颯爽と外に飛び出し「オーライオーライ」と大きなバスを誘導する姿に憧れました。しかし小学校の低学年の頃にバスは一気にワンマンバスに変わってしまい、僕の人生初の夢が消えてしまった話はまたの機会に。

Profile of 門田 陽(かどた あきら)

門田陽

電通第5CRプランニング局
クリエーティヴ・ディレクター/コピーライター
1963年福岡市生まれ。
福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州を経て現在に至る。
TCC新人賞、TCC審査委委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。
趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

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