「相変わらず、日本映画に中身がなく、ウソっぽくて取って付けたドラマが多く、食指が動かなかった」メモにある。

Vol.49
映画監督
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸

享楽的で荒唐無稽なモノには、興味がなかった。唯々、社会勉強、人生勉強になるモノを探した。それが、ボクの日々の充足感だった。
高校入学してすぐに体験したスタンリー・キューブリック監督の『2001年 宇宙の旅』(68年)が不可解な悪夢のようで苦痛だったにしろ、だ。
1970年、高校3年に進級したものの、ラジカルな大学生たちの全共闘運動やベトナム反戦運動は下火になっていた。党派(セクト)間の内ゲバ事件ばかりが報じられる中、大学に行くことの意味が分からなくなり、中川五郎の『受験生ブルース』の歌詞のように、サインコサインがなんになるんだと思うと、誰もが同じ規格品の大人になっていくようで気味悪く、堪えがたく、そんなベルトコンベア的人生は途端につまらなかった。よっし、どんな規格品にもなるまいと決心すると、ますます、映画の哲学だけが唯一の人生行路の灯台に見えた。だから、映研仲間と競い合うように映画館に行った。相変わらず、日本映画には中身がなく、ウソっぽく取って付けたドラマが多く、食指が動かなかった。サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」が流行っていたが、ボクの明日はどんな映画に出会うか、だった。

イタリア映画はマカロニウエスタンの血まみれアクションと、フェデリコ・フェリーニ監督の名前しか知らなかったが、この年に見た『サテリコン』(70年)は何とも不快だった。皇帝ネロの古代ローマが舞台の幻想劇で、理解不能だった。過去に撮ったフェリーニの、『道』(57年)や『甘い生活』(60年)は、その翌年か、テレビで吹き替え版で見て、さらに名画座でも観ることになるが、とりわけ、『道』は素晴らしかった。身体に巻き付けた鎖を力任せに切り放つだけの大道芸が売りのザンパノという野蛮な男が、知能の遅れはあるが純朴な心の持ち主、ジェルソミーナを大道芸の助手にして、二人で旅回りをする、哀しい物語だ。この映画については、今から12年前に、NHKの紀行番組でそのロケ地を探す旅をして、ジェルソミーナが一人ぼっちの短い人生を閉じたその海辺の町を訪ねた思い出がある。その時、彼女が、本当にそこで生きていた気がしてならなかった。映画の真実とはそういうことなのだと改めて思ったものだ。

『道』ですっかり心を奪われた後、フェリーニ映画はたて続けに観ている。『フェリーニのローマ』(72年)ではローマの街のオープンセットに路面電車まで走らせていた。『フェリーニのアマルコルド』(74年)は、独裁者ムッソリーニが支配した時代に如何に愉しく抵抗の日々を過ごしたか、監督の少年期の回想喜劇だ。これに刺激されて、自分もいつか、自由奔放にアジト遊びに明け暮れ、プロレスラーの力道山の空手チョップに昂奮し、『七色仮面』や『少年ジェット』に登場した悪い奴らにもどこか同情できた無垢な少年時代を映画にしてみたく思ったものだ。

『いちご白書』(70年)もこの年の秋頃だ。原作は68年のコロンビア大学生の反戦闘争の記録だが、映画の舞台は西海岸のどこかの大学キャンパスに変わっていて、ボート部のノンポリ青年が、米軍の教育施設建設に反対する反戦女学生を好きになり、やがて、彼女に感化されるまま講堂に一緒に立てこもって抗議して警察にパクられる話だった。これは、高1の時にテレビ生中継に2日間、釘付けになった東大安田講堂の攻防戦で見た火炎瓶と催涙弾の応酬戦以上の激しい闘争シーンも見られるかと期待したが。でも、愕然。映画はただの軟派学生の甘々なメロドラマになり果てていて、季節は巡るが人生は戻らないとかそんな詞の「サークルゲーム」という主題歌が人気を呼んだだけで、他愛なかった。つまり、画面に真実が映っていなかったのだ。何年か後、日本のフォークバンドが「いつか君と行った映画がまた来る 哀しい場面で涙ぐんでた素直な横顔が今も恋しい~二人だけのメモリー いつかもう一度」(※2)と歌った、その映画だ。でも、ボクには哀しい場面などなかったし、全篇が軟弱だった。

年が明けて観た、『ソルジャー・ブルー』(71年)は仲間の噂どおり、ショッキングだった。それまでに描かれた南北戦争の騎兵隊とは違う、アメリカンインディアン大虐殺の史実を初めて炙り出し、2年前に発覚していたベトナム戦争でのソンミ村虐殺事件を連想させた。こんなものを高校3年の最後に体験するとは思わなかった。呑気に大学に行ってる場合じゃないな、映画の哲学はライフワークになりそうだと思った。

(続く)

※1()内は日本での映画公開年。
※2荒井由実「『いちご白書』をもう一度」(1975年)

≪登場した作品一覧≫

『2001年 宇宙の旅』(68年)
監督:スタンリー・キューブリック
製作:スタンリー・キューブリック
原作:アーサー・C・クラーク
出演:ケア・デュリア、ゲイリー・ロックウッド、ウィリアム・シルベスター 他

『サテリコン』(70年)
監督:フェデリコ・フェリーニ
脚本:フェデリコ・フェリーニ、ベルナルディーノ・ザッポーニ
原案:フェデリコ・フェリーニ、ベルナルディーノ・ザッポーニ
出演:マーティン・ポッター、ハイラム・ケラー、サルボ・ランドーネ 他

『道』(57年)
監督:フェデリコ・フェリーニ
製作:カルロ・ポンティ、ディノ・デ・ラウレンティス
原案:フェデリコ・フェリーニ、トゥリオ・ピネッリ
出演:ジュリエッタ・マシーナ、アンソニー・クイン、リチャード・ベースハート 他

『甘い生活』(60年)
監督:フェデリコ・フェリーニ
製作:ジュゼッペ・アマート、アンジェロ・リッツォーリ
製作総指揮:フランコ・マグリ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ、アニタ・エクバーグ、アヌーク・エーメ 他

『フェリーニのローマ』(72年)
監督:フェデリコ・フェリーニ
脚本:フェデリコ・フェリーニ、ベルナルディーノ・ザッポーニ
原案:フェデリコ・フェリーニ、ベルナルディーノ・ザッポーニ
出演:Peter Gonzales、Britta Barnes、Pia De Doses、Fiona frorence 他

『フェリーニのアマルコルド』(74年)
監督:フェデリコ・フェリーニ
製作:フランコ・クリスタルディ
原案:フェデリコ・フェリーニ、トニーノ・グエッラ
出演:ブルーノ・ザニン、マガリ・ノエル、プペラ・マッジョ、アルマンド・ブランチャ

『いちご白書』(70年)
監督:スチュアート・ハグマン
製作:アーウィン・ウィンクラー、ロバート・チャートフ
原作:ジェームズ・クーネン
出演:ブルース・デイビソン、キム・ダービー、バッド・コート、ジェームズ・クーネン

『ソルジャー・ブルー』(71年)
監督:ラルフ・ネルソン
脚色:ジョン・ゲイ
原作:セオドア・V・オルセン
出演:キャンディス・バーゲン、ピーター・ストラウス、ドナルド・プレザンス、ホルヘ・リベロ 他

出典:映画.comより引用

 

●『無頼』
『無頼』予告編動画

5月13日より、フォーラム八戸などで公開
セルレンタルDVD も発売中。

プロフィール
映画監督
井筒 和幸
■生年月日 1952年12月13日
■出身地  奈良県

奈良県立奈良高等学校在学中から映画製作を開始。 在学中に8mm映画「オレたちに明日はない」、 卒業後に16mm「戦争を知らんガキ」を製作。
1975年、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立。
1975年、150万円をかき集めて、35mmのピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」(井筒和生 名義/後に、1977年「ゆけゆけマイトガイ 性春の悶々」に改題、ミリオン公開)にて監督デビュー。
上京後、数多くの作品を監督するなか、1981年「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降「みゆき」(83年)、「晴れ、ときどき殺人」(84年)、「二代目はクリスチャン」(85年)、「犬死にせしもの」(86年)、「宇宙の法則」(90年)、『突然炎のごとく』(94年)、「岸和田少年愚連隊」(96年/ブルーリボン優秀作品賞を受賞)、「のど自慢」(98年)、「ビッグ・ショー!ハワイに唄えば」(99年)、「ゲロッパ!」(03年)などを監督。
「パッチギ!」(04年)では、05年度ブルーリボン優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得し、その続編「パッチギ!LOVE&PEACE」(07年)も発表。
その後も「TO THE FUTURE」(08年)、「ヒーローショー」(10年)、「黄金を抱いて翔べ」(12年)、「無頼」(20年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。
その他、鋭い批評精神と、その独特な筆致で様々な分野に寄稿するコラムニストでもあり、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している

■YouTube「井筒和幸の監督チャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCSOWthXebCX_JDC2vXXmOHw

■井筒和幸監督OFFICIAL WEB SITE
https://www.izutsupro.co.jp

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