「住所不定に憧れて」

第71話
電通第5CRプランニング局 クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
Akira Kadota
門田 陽

僕の大好きな落語家のひとり立川こしら師匠の書かれた「その落語家、住所不定。」という本は面白いです(※写真①)。サブタイトルには「タンスはアマゾン、家のない生き方」とあります。職業柄シャレとか話題作りとかでやっているのかと思われそうですが、そういう人物でないことはファンならずとも落語好きなら周知の事実。カンタンに言うとヘンな人が書いたヘンな本ですが興味深い一冊です。

※写真①

住所不定と言ってもホームレスではありません。家がないという意味ではホームレスですが、路上生活とはまるで違います。落語家さんの場合、呼ばれると全国どこでもが仕事場になるのであまり同じ場所にはいません。特にこしら師匠の在籍している立川流は定席がほぼありません。そうなると今の仕事の場所から次の仕事の場所へ移動することが多いわけで、その日の仕事場の近くに泊まるほうが一旦自宅に戻るよりも効率がいい。それに家賃もかからない。このやり方を実践しているのが、こしら師匠の家のない生活というわけです。究極のミニマリストとも言えそうです。

 

 僕がこの本を買って読んだのは2019年の1月。コロナの生活になる1年以上前でした。当時の僕の仕事は出張が多く、年に50日くらいは家を空けていました。出張から家に戻るとモノがあふれてうんざりな部屋で足の小指を机の角にぶつけたり、どこかに置き忘れたメガネを0.1の視力で探すマヌケな暮らしぶり。出張先のホテルは毎日きれいに掃除がされ、探し物をすることもなくストレスが溜まりません。会社が関係なければ家を持たないのもありかもなぁ、とフワ~と思うようになっていました。

 

さて、昨年いきなり始まったコロナ禍でのリモート生活。早いものでステイホームも1年5ヶ月。当初はあたふたしながらでしたが、デジタル音痴の僕のデスクも今やPC2台とスマホ2台(アレ?スマホの単位は台でいいのかな?)の令和なビジネスマン風。打ち合わせや会議はもちろん、プレゼンも雑談も打ち上げもどれもリモートでスムーズにこなせるようにもなりました。こうなると器としての会社の場所はもはや重要ではありません。そして基本がステイホームなら家は会社から遠くても問題なし。僕のまわりにも都心から海のそばに引越したり、緑に囲まれた田舎に家を買った仕事仲間がいます。確かに彼らのことも羨ましい(みんな家庭持ちですしね)ですが、こしら師匠への憧れとは性格が異なります。僕の憧れの一番のポイントは遠いどこかで暮らすのではなく暮らさない生活をすること。そうです、住所不定でなければワクワクしないのです。それでいて無職ではなく有職。仕事は好きなんです。

 

そんな中、今年の梅雨どきにこんな広告を見てしまいました(※https://www.apahotel.com/monthly/)。「全国の150以上のアパホテルに泊まり放題!連続する30日間で定額99,000円」これが他のホテルならそんなに気にならなかったはずですがアパホテルは違います。なぜなら僕の住んでいる部屋から徒歩5分以内にアパホテルばかり4軒もあるのです。いずれもコロナになる少し前にバタバタとできました。おそらくオリンピックの観光客やインバウンド狙い。それが残念なことになり苦肉の策のサブスクプラン。ホテルの環境ならテレワークやリモートライフにはもってこいです。これは乗らない手はないと思い6月後半から7月にかけて毎日違う枕で起きるという待望の住所不定生活をやってみました。平日は家の近所の4軒を中心に都内をまわり週末や夕方から空いている日は遠くへ移動。早めの夏休みも取って30泊の間に大阪、名古屋、金沢、富山、仙台、青森、函館、札幌とまわりました。

※写真②

 やってみてわかったことは大きく三つ。まずは日々刺激的でした。はじめは部屋の窮屈さ(※写真② シングルルームで9~14㎡くらい。札幌の部屋は広かった)を感じましたが慣れると前後左右自分の手を伸ばせばすべてコントロールできてラクチン。壁紙は多少違っても似ているので毎朝起きるたびにどこにいるのかを確かめるフシギな感覚が味わえました。これはドキドキ楽しかったです。二つ目は、仕事は順調にできたこと。親しい何人かにはこの試みを伝えていましたが、クライアントさんはもちろん伝えていなかった多くの人は僕が次々と別の場所からリモート会議に参加していたのはわからなかったそうです。「え!それならお土産は?」と言われたりしました。そして三つ目は「疲れた~」でした。基本、住所不定がやりたかったのでなるべく連泊を避けたのですが、そうすると11時のチェックアウトから15時のチェックインの時間は外にいるわけで、特に7月に入ってからの暑さは体に堪えました。それと部屋の冷蔵庫は空なので開けても家みたいには好きなものがすぐに飲めたり食べたりできません。さらに汗をかくと洗濯物が溜まります。着替えもしょっちゅう。30日の間にユニクロで下着を3回買うハメになりました。溜まった洗濯物はゆうパックで家に送って週に一度洗濯機を回すだけのために戻りました。でもな~、体質なのでしょうか。総じていい気分でした。なんでもこのサブスクプラン、当初は7月末で終わる予定が好評につき10月末まで延長になったそうです。10月ならワクチンもだいぶ進んでいるだろうし、何といっても涼しいだろうからもう一回やるのもアリかなと思い始めています。

ところで、30連泊の間に札幌と大阪でこしら師匠を追っかけて落語会になるべく目立つ同じ格好で行ったのですが、全く気が付かれなかった話はまたの機会に。

プロフィール
電通第5CRプランニング局 クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
門田 陽
電通第5CRプランニング局 クリエーティブ・ディレクター/コピーライター 1963年福岡市生まれ。 福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州を経て現在に至る。 TCC新人賞、TCC審査委委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。 趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

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