魔術性が劇場の中でとぐろを巻くような迫力ある作品に昇華

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

 この作品は劇場空間すべてを取り込む魔術的な力を持つ。長塚圭史演出の神奈川芸術劇場プロデュース「常陸坊海尊」。秋元松代の名作戯曲を長塚は、魔術性が劇場の中でとぐろを巻くような、さらに迫力のある作品に昇華させる離れ業を披露した。(舞台写真撮影:岡千里)

 常陸坊海尊とは、弁慶らと義経の奥州逃避行に同行するが、衣川での最後の戦いの直前に姿を消した「裏切り者」。各地を放浪。400年後に現れ、義経や源平合戦のことを「見て来たように」聞かせた人物だ。このころの海尊は悔いる老人というより、不老不死を手に入れ「困った時に名前を呼んで助けてもらう」仙人のような存在。この舞台は伝記ではなく太平洋戦争末期から戦後にかけ、海尊の妻だと言うおばばとその美しき孫娘、雪乃が周囲を狂おしい世界に引き込む物語だ。折々に現れる海尊が意味深なかかわり方をする。

 重要な2つの役に、呪術的な芝居が巧みな白石加代子と透明感のある美貌で求心力のある中村ゆりを充て、俳優、ダンサーら複数人で海尊を形成した。物語に惹きつけられているうち、気が付くと抜け出せなくなっている自分を知るような感触。長塚は物語を幾重にも織り込み、伝説をまとわりつかせることで魔性の幕を張る。世界的DJの田中知之の音楽がそれをさらに増幅する。複数の海尊という演出も、いつの時代どの場所ででも、人々の悔いがある限り、新たな海尊が生まれるという考えにつながる。ここに至り、海尊はさらに永遠の命を手に入れる。

 「常陸坊海尊」は、2020年1月11~12日に兵庫県西宮市で、16日に岩手県盛岡市で、25日に新潟市で上演される。12月の横浜公演は終了。

プロフィール
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター
阪 清和
共同通信社で記者として従事した30年のうち20年は文化部でエンターテインメント分野を幅広く担当。2014年にフリーランスのエンタメ批評家として独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体などで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アートに関する批評・インタビュー・ニュース・コラムなどを幅広く展開中です。パンフレット編集やイベント司会も。

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