博愛と打ち倒すべき社会の壁、原作漫画との親和性際立つ劇団四季ミュージカル「ゴースト&レディ」

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

歴史上に実在した人物に実はこんな人との出会いがあった、というのは物語の生まれる瞬間だ。史実そのままの物語であっても、歴史の暗部をえぐり出したものであっても、すべてが創作の架空の物語であっても、物語自体は成立するが、架空の要素が混じることで、史実の真実の一部が見えてくることだってある。 ナイチンゲールという歴史上に実在した人物が出会ったのは、劇場に出現するという幽霊で「灰色の男」と呼ばれるグレイ。この創作上の出会いがこんなに豊かな物語を生み出すとは。

しかも嘘も誠も現実も幻も、すべてをひとつの空間の中で融合させ、物語を展開させる舞台という場所で、それがミュージカルとして昇華したら? そんなわくわくするような想像が現実のかたちをとったのが、5月6日から東京で幕が開いた劇団四季の最新ミュージカル「ゴースト&レディ」だ。

この作品には原作がある。1988年に漫画家デビューし、「うしおととら」というヒット作を持つ藤田和日郎が、「黒博物館」シリーズの第2弾として2014年から始めた漫画「黒博物館 ゴーストアンドレディ」である。 劇団四季が漫画を原作にミュージカルを作ると発表した際は随分と世間を驚かせたが、「黒博物館 ゴーストアンドレディ」のことを知れば知るほど、劇団四季と抜群の親和性を持っていることが分かってくる。

物語が展開するのは19世紀の半ば。英国と当時のオスマン帝国である。 病人やけが人を看護する看護婦(現在では男女を区別しない「看護師」と呼ぶ)が召使いやお手伝いのように扱われていた時代に、看護婦の専門的職業としての確立と戦地の病院での衛生改革の必要性を訴えていた英国の女性、フローレンス・ナイチンゲール(以下フロー)が英国政府からクリミア戦争に派遣されたことから始まる。クリミア戦争はオスマン帝国と対立したロシアがオスマン帝国の後ろ盾となっていたフランス・英国と戦った戦争だが、兵器の近代化によって死傷者が激増していたのだ。

ここまでは厳然たる史実。しかし「黒博物館 ゴーストアンドレディ」では、フローは絶望していたというのだ。そして、劇場でたまたま出会った幽霊のグレイに「私を殺してほしい」と懇願したのだ。ジャンヌ・ダルクばりに16歳で天啓(神のお告げ)を受けたフローには幽霊が見えるからだ。看護婦としての活動より結婚を望む家族の無理解に悩んでいたフローは「本当の絶望」が訪れた時には、という条件でグレイを説き伏せ、とりあえず現地へ。しかし軍人たちの差別的な態度と、視察に来た軍医長官らの排他的な姿勢はフローをますます絶望の淵へと追い込むことになる。様子を見に来たグレイにとってもそれは因縁の相手との悲劇的な再会へとつながっていた。

ここには、博愛と人類愛という普遍的な価値観がある。ミュージカルで謳い上げるべき高らかな思いがあるのだ。女性の社会進出を阻む社会の無理解や、非生産的で虚無的な戦争の無意味さがある。打ち倒すべき社会の壁があるのだ、 そしてフローとグレイが「絶望」というマイナスの要素で結び付きながらも、互いに影響を与え合い、互いの存在を、はからずも迷い込んでしまった迷路から救い出す灯(ともしび)となるストーリーは、人と人が出会いによって互いを高め合う演劇の最も得意とするところ。2人が獲得することになる境地は「人生は生きるに値する」という劇団四季が創作の際に追い求めてきたテーマと一致する。

芝居好きのグレイが繰り出す言葉は演劇界の名言や実際の作品に心憎いほど重なるし、芝居への愛にあふれたそうした設定は、この幸福なミュージカルを演劇全体に対するリスペクトに満ちたものにする。舞台上ではナイチンゲールのシンボルとなっていたあるツールを印象的に使うなど、劇団四季らしい工夫もたくさん盛り込んでいる。グレイは幽霊だから普通の人々には見えないし、フローはクリミア戦争から戻って近代看護学の始祖となる。2人がたどり着く先がどこであれ、この物語の中で起きたことはすべて2人の秘密である。決して歴史書に書かれることはない。 しかし観客の心の中には永遠に残り続けるだろう。

劇団四季ミュージカル「ゴースト&レディ」は2024年5月6日~11月11日に東京・浜松町(竹芝)のJR東日本四季劇場[秋]で上演される。 (※メインビジュアルはミュージカル「ゴースト&レディ」の一場面(撮影:上原タカシ)

■劇団四季ミュージカル『ゴースト&レディ』

原作:藤田和日郎「黒博物館 ゴーストアンドレディ」(講談社「モーニング」)
演出:スコット・シュワルツ
脚本・歌詞:高橋知伽江
作曲・編曲:富貴晴美
日程:2024年  5/6(月・祝)~11/11(月)
会場:東京・JR東日本四季劇場[秋](浜松町・竹芝)
公式サイト:https://www.shiki.jp/applause/ghostandlady/
各SNS:X(旧Twitter)InstagramYouTube

プロフィール
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阪 清和
共同通信社で記者として従事した30年のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当し約3000人にインタビュー。2014年にエンタメ批評家・インタビュアー、ライターとして独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞・テレビなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・メディア戦略・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。雑誌・新聞などの出版物でのコメンタリーやミュージカルなどエンタメ全般に関するテレビなどでのコメント出演、パンフ編集、大手メディアの番組データベース構築支援、ガイドブック編集、メディア向けリリース執筆、イベント司会、作品審査・優秀作品選出も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、広報戦略や文章コンサルティングも。活動拠点は東京・代官山。Facebookページはフォロワー1万人。noteでは「先週もっとも多く読まれた記事」に24回、「先月最も多く読まれた記事」に3回選出。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/)。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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