演劇の力総動員して宮崎駿アニメの世界を表現、舞台「千と千尋の神隠し」

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

 宮崎駿のアニメーションが世界中の人々を魅了するのは、その画面が美しいからだけではない。人間というものを根本的に見つめ直し、哲学的な生きざまの意味を提示することで、文化や国境といった壁を軽々と越えていくことができるからだ。それでいてその真理は子どもたちの胸にも届き、大人たちとはまた違った想像の種をその小さな心の中にたくさん植え付けていく。未来の世界でそれを彼ら自身が芽吹かせられるように。だから、英国でシェイクスピアを極め、ミュージカル「レ・ミゼラブル」などで世界を魅了してきたカナダ出身の演出家、ジョン・ケアードが宮崎アニメの真骨頂である「千と千尋の神隠し」を舞台化すると聞いた時、何の不思議もなかった。むしろ、合点がいった。2人の世界的巨匠は、実に深遠なところで魂が出会ったのだと。(写真は舞台「千と千尋の物語」の一場面=写真提供・東宝演劇部)

 

 こうして生まれた舞台「千と千尋の神隠し」。しかし物事はそう簡単ではない。あの空を飛び、野を駆け、海を渡る宮崎アニメの壮大な世界を舞台という限られた空間の中でどう表現するというのか。ただ子どものように純粋な心で描き出すだけでは成立しない世界なのだ。だが、ケアードは演劇というものが持つ数々の武器を総動員して、それを表現してみせた。「限定された空間」「リアルタイム進行」「編集が不可能」という他のエンターテインメントとは違った数々の制約があるようでいて、じつは演劇には豊かな表現のための手段があることを高らかに示したのだ。

 

 宮崎アニメの中ではこの作品は物語の展開する場所が少ない(ほとんどが湯屋である「油屋」の中)こともあって、油屋のセットを中心に据え、さまざまに展開させることで、いろんな場所を創り出す。後半の大海のようになってしまった草原や、沼の底駅まで表現してしまう。カオナシと乗る電車までが再現されている。

 そして、イガグリに目がついている生きもののような「ススワタリ」や緑色の頭だけの「かしら」も登場。ススワタリは黒子の人たちが棒の先につけて操っているし、かしらは3連になっているために、1人の俳優が3つの頭部を持って操っている。

 千尋を助けるハクが変身する白い竜もまた、自動制御の機械ではなく、人間の力によって動かされている。おもしろいことに、その方がかえって生きものとしてのリアルさが見えてくるのだ。

 

 演劇の得意分野である身体表現も活きた。重力や前後左右の動きとは無縁なカオナシの表現は、世界的なダンサーとして知られる辻本知彦と菅原小春がダブルキャストで務めている。それはアニメ以上にこの不思議な世界の浮遊感や不条理感を出していて秀逸だった。

 演劇というクリエイティブな手段を使えば、なんでも表現できる。ケアードはそのことをあらためて私たちに教えてくれたのだ。

 

 舞台「千と千尋の神隠し」は2022年4月13~24日に大阪市の梅田芸術劇場メインホールで、5月1~28日に福岡市の博多座で、6月6~12日に札幌市の札幌文化劇場hitaruで、6月22日~7月4日に名古屋市の御園座で上演される。これに先立って3月2日~29日に東京・丸の内の帝国劇場で開かれた東京公演はすべて終了している。

プロフィール
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阪 清和
共同通信社で記者として従事した31年のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。円満退社後の2014年にエンタメ批評家として独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞などで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。パンフ編集やメディア向けリリース執筆、イベント司会、作品審査も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、広報アドバイスや公式サイトの文章コンサルティングも。全国の新聞で展開予定の最新流行を追う記事や音声YouTubeも準備中。活動拠点は渋谷・道玄坂。Facebookページはフォロワー1万人。ほぼ毎日更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/ )。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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