映像2024.04.30

映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第34回『水深ゼロメートルから』

vol.34
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『水深ゼロメートルから』

▶自分の学生時代の悩みをリアルに思い出す度100

初夏にピッタリ!”はじまりの予感”を感じたい人におすすめ

女子高校生が主人公の映画は数あるが’’女子高生しか書けない女子高生’’の姿。なにげない台詞の数々がどれも核心をついているからこそリアルで興味深い、すべてが懐かしい気分になれる、初夏にぴったりの映画に出会った。間もなく公開を控えているので、この季節にこそ紹介したい。

『アルプススタンドのはしの方』に続く高校演劇のリブート映画化企画第2弾で、『天然コケッコー』や『リンダ リンダ リンダ』などを手掛けた山下敦弘監督が、第44回四国地区高等学校演劇研究大会(2019年)で文部科学大臣賞(最優秀賞)を受賞した原作・脚本の中田夢花さんの作品を映画化した青春群像劇です。 高校生の書いた原作を、山下監督が映画化するなんて!なんという夢の企画だろうか。 そして、当時、高校3年生の中田夢花さんが執筆した原作というだけあり、学生時代の鬱屈をなんともリアルに捉えた映画の出来栄えに唸った。

(あらすじ)
女子高生たちは夏休みに特別補習授業としてプール掃除を指示される。掃除に合流した水泳部の同級生たちが他愛ない会話を重ねていく。底に積もる隣のグラウンドから飛んでくる野球部の砂の掃除を始めながら、それぞれの悩みを語りだす。

まず役者陣全員が良かった。濵尾咲綺、仲吉玲亜、清田みくり、花岡すみれ、三浦理奈、女子高生たちを演じるキャラクター、個々がちゃんと際立っている。 主人公がいないからこそ、おそらく誰かに自分を重ねることができる。 窮屈さを描いた作品だけど、一生懸命な彼女たちがとにかく愛おしくなった。 そしてさとうほなみ演じる教師もまた少女たちを厳しい姿勢で見守りつつも、時おりみせる愛をもった眼差しや声色に先生としての確かな存在感があった。

女子社会の仕組み、それは極めて複雑だ。 一軍、学校内でのグループ、本音と建前…。 ’’偶然に”補習授業で’集まった女の子たちの会話であるからこそ、予測不能な科学反応を引き起こす。 グループの異なる女子とは喋るのが少し気まずいという真実や、生理とプールがかぶるときの絶望感、自分を良く見せたくて濃くなってしまうメイク。

ああ、なんてリアルなんだ。これは全部知っている痛みじゃないか。そう思った。 葛藤を飼い慣らせない瑞々しい青さまでもが懐かしい。

そして、おとなになった私がみて気付けるメッセージも心に響くものだった。 それはキラキラしたことだけじゃなくて、気だるさもまた青春だったこと。 こんなビターな真実をきちんと捉えている作品だからこそ、あの頃のノスタルジーに想いを馳せることができる作品となっている。友人との喧嘩、気づかないふりをした失恋のようなもの、はじめての挫折・・・。 みんな、そういうものを経験して大人になっていくんだ。

”青春”という言葉のみずみずしい文字面で忘れそうになるが、栄光や輝かしい瞬間だけじゃなくて何かから逃げ出したかったあの時間さえも振り返ると宝物でもあったことをはっきりと思い出した時間だった。

完成披露上映会の司会を担当させてもらった。そこで聞いた話によると女子高生の話だったので、山下監督にとってもわからないところは「違和感ない?」とか「今のおかしいよね?」と聞いて、セリフを減らしたりしながら、(キャストと)一緒に作っていきましたとお話しされていた。「女性陣に正解を聞きながら撮影しました」自分の欲が入っていない映画を久々に作れた気がしています。」と山下監督が振り返っていたのも、また印象的だった。

そして、この脚本の巧妙さに、私は感動した。何気ない日常会話だと思われていた女子高生の会話劇がなぜプールが舞台ではならなかったのかラストにかけて腑に落ちて行く。この映画では女子の鬱屈の原因のひとつが”生理”であるとはっきりと言及されている。 踏み込んだ内容に男性監督が切り込むという点にもジェンダー的な平等さと言うか、対等な視線で作られていることがうかがえた。

ラストシーンは「はじまり」の予感を添えて物語を締めくくる山下監督らしさ全開で清々しく、揺さぶられるものがあった。 自分たちの鬱屈と向き合った少女たちは、次第に胸の内に眠るしずかな熱狂を取り戻していく。 水のないプールで、多様な光の粒のようにそれぞれがゆらめき、交錯し、輝いていた。 ’’他の誰でもない自分’’をおそらくこれから見つけ出していくのだろう。

最後に、良い学園物には共通点がある。 それは、未来の彼女たちに会いたいと思えることだ。

プール掃除の補習授業。彼女たちにとっては数時間の出来事。ここにひと夏の劇的な成長は描かれない。でも水深ゼロメートルから静かに浮上する、彼女たちの小さな一歩をみた私は充ちていた。

みんな、どんな大人になるんだろう? そんな10年後を想像しながら、スクリーンを後にした。

※掲載の社名、商品名、サービス名ほか各種名称は、各社の商標または登録商標です

『水深ゼロメートルから』

©『水深ゼロメートルから』製作委員会

出演:濵尾咲綺 仲吉玲亜 清田みくり 花岡すみれ 三浦理奈
   さとうほなみ
監督:山下敦弘
脚本:中田夢花
原作:中田夢花 、村端賢志、徳島市立高等学校演劇部
音楽:澤部渡(スカート)
製作:大熊一成、直井卓俊、久保和明 、保坂暁 、大高健志
企画:直井卓俊
プロデューサー:寺田悠輔 、久保和明
撮影:高木風太
照明:後閑健太
録音:岸 川達也
美術:小泉剛
スタイリスト:小宮山芽以
ヘアメイク:仙波夏海
助監督:山口雄也
ラインプロデューサー:浅木大、 篠田知典
キャスティング:池田舞、松本晏純
スチール:根矢涼香
脚本協力:小沢道成
宣伝美術:寺澤圭太郎
宣伝プロデューサー:森勇斗
製作:『水深ゼロメートルから』
製作委員会製作幹事:ポニーキャニオン
制作プロダクション:レオーネ
配給・宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS 2024
カラー|アメリカンビスタ|5.1ch|87min

公式X:https://twitter.com/suishin0m
公式 Instagram:https://www.instagram.com/suishin0m

 
プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。

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