映像2022.10.03

『雨を告げる漂流団地』レビュー~忘れられない、大切な場所。~

福岡
ライター
kousaka
香坂
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幼少期の心残り、ボタンをかけ違えた身近な人との関係。

こういうわだかまりを抱えたまま、大人になってしまった人もたくさんいる。

それを考えると、彼らの航海は本人たちが感じた以上に大きな意味を持つものなのではないだろうか。

小学生なのに、小学生だから?描かれるリアルな人間像

昔は同じ団地で育ち、姉弟のように仲睦まじかった夏芽と航祐。

しかし、2人を穏やかに見守ってくれていた航祐の祖父、安じいの死をきっかけにぎくしゃくし始める…というところから物語は動き出す。

いまだに団地、ひいては安じいに対する思い入れから、廃墟と化し「お化け団地」と呼ばれるようになった建物に出入りする夏芽。

ある日、自由研究を名目としてそこに集まった同級生数人、そして航祐とともに不思議な現象に巻き込まれ、団地でのサバイバル生活が開始される――といった流れなのだが、メンバーそれぞれに個性豊かで、人間模様含め見ごたえがあった。

 

複雑な家庭環境を持ちながら、その陰を隠して大人びた振る舞いをする夏芽。

そんな夏芽を気にしつつも、素直に気持ちを表現できない等身大の少年、といった印象の航祐。

一見高飛車だが、航祐に対しては健気な恋心を抱く令依菜。

令依菜に対し、母のような目線で寄り添う親友の珠理。

いざという時に場を和ませてくれる、無邪気なムードメーカー大志。

大志のストッパーとも言うべき存在で、メンバーの中では身体も大きく頼もしい譲。

ずっと昔から団地にいたと話す、長身で物静かなのっぽくん。

 

小学生だからこそ精神年齢の差が如実に表れており、特に極限状態になるとそれぞれの発言権や空気の読み方などが浮き彫りになるのが感慨深い。

しかし、いっぽうで年齢の割には精神年齢が高い、と思われていた夏芽の不安定な部分が晒されてゆく場面もあり、人は見えている部分がすべてではない、と教えてくれる。

家庭では母子が逆転しているような感じだったが、彼女もまた、取り残された想いを抱える子どもの一人なのだ。

 のっぽくん、とは誰なのか

この作品におけるひとつのキーワードが、のっぽくんの正体だと思う。

昔から団地に住んでいたと語る彼は、明らかに他のメンバーとは異質な雰囲気を放っているからだ。

同級生でもなく、身内でもなく、ただ夏芽がその「お化け団地」で出逢った少年。

果たして彼は生きた人間なのか、それともお化けなのか?

ぜひその目で確かめていただきたい。

また、個人的には、のっぽくんへの意識も結構個性が出るな、という感想を持った。

彼は明らかに敵意を持たず、むしろ優しく彼らの力になってくれる。

しかし、同じ種族ではないのでは?という違和感が生まれた瞬間、受け入れようとする者、人間じゃないんでしょ?と突き放す者、どういった存在なのかを追求する者など、対応はさまざまだ。

基本的には、受け入れる姿勢を持つ者の方がモラル上では正しく映る。

とはいえ、自分と異なる特徴をもつ存在への防衛本能、と言われれば、突き放そうとするのも間違いとは言えない。

そもそも彼の意志に関係なく、多数派が彼を評価すること自体がエゴなのでは?といった考え方もでき、あらゆる側面からマイノリティについて深く考察させられるシーンもある映画だった。

 「家」や「場所」に人生を見いだす人々

最後に、私がこの映画において最も印象に残ったセリフは、航祐が夏芽に対して放った

 

『ここは立派なお前んちだよ、でも捨ててかなきゃいけねえんだよ!』

 

である。

これは現実においても重要な価値観で、夏芽のように家や場所に対し、自分の想い出を重ねて“人生そのもの”だと考えている人は意外と多い。

とりわけ自宅と長い年月を共有してきた高齢者層は、自然災害時にも避難したがらない割合が大きいと言われている。

実際、今は亡き私の祖父も「家とともに死す」という信念の人だった。

誰にも必要とされていないと勘違いしていた夏芽にとっては、のっぽくんもいるあの団地こそが唯一の居場所であり、人生を共にしても構わないほどの拠り所であったのだろうと思う。

そして、航祐はそれを薄っすら理解していたからこそ、安じいが生きていた頃からずっと力になりきれない焦燥感を覚えていたのかな、と。

だが、家ではなく「共に生きる人」がいるならば、決別を選ばなければならないこともある。

そこに宿る魂は、みな人を愛し、手を離した後も温かく見守ってくれているはずだ。

そんな淡い期待はともかく。私も後悔のないように、住まいや大切な場所ときちんと、真摯に向き合っていきたい。

『雨を告げる漂流団地』
9.16(金) Netflix全世界独占配信&日本全国ロードショー

 

 

出演:田村睦心 瀬戸麻沙美 村瀬歩 山下大輝 小林由美子 水瀬いのり 花澤香菜 島田敏 水樹奈々
監督:石田祐康 脚本:森ハヤシ/石田祐康
音楽:阿部海太郎
主題歌・挿入歌:ずっと真夜中でいいのに。
企画:ツインエンジン
制作:スタジオコロリド
配給:ツインエンジン/ギグリーボックス
製作:コロリド・ツインエンジンパートナー
公式サイト: https://www.hyoryu-danchi.com/
Twitter:@Hyoryu_Danchi (https://twitter.com/Hyoryu_Danchi
    #漂流団地 #スタジオコロリド

【あらすじ】
まるで姉弟のように育った幼なじみの航祐と夏芽。
小学6年生になった二人は、航祐の祖父・安次の他界をきっかけにギクシャクしはじめた。
夏休みのある日、航祐はクラスメイトとともに
取り壊しの進む「おばけ団地」に忍び込む。
その団地は、航祐と夏芽が育った思い出の家。
航祐はそこで思いがけず夏芽と遭遇し、謎の少年・のっぽの存在について聞かされる。
すると、突然不思議な現象に巻き込まれ――
気づくとそこは、あたり一面の大海原。
航祐たちを乗せ、団地は謎の海を漂流する。
はじめてのサバイバル生活。力を合わせる子どもたち。

泣いたりケンカしたり、仲直りしたり?
果たして元の世界へ戻れるのか?
ひと夏の別れの旅がはじまる―

プロフィール
ライター
香坂
オリジナル会葬礼状のライター業を経て、現在はWEB系のフリーライターとして活動中。漢字とひらがなのバランスに悩むのが好き。仕事におけるモットーは「わかりやすく、きれいに」。趣味はお酒・アイドル・展覧会鑑賞・化粧品・創作。

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