映像2022.09.15

映画『川っぺりムコリッタ』レビュー

福岡
ライター
kousaka
香坂
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 物語が進むにつれ、彼らの感情が身近なところまで迫ってくるのを感じた。

 

「死」への向き合い方に正解はない

 死生観というものは、誰にとってもデリケートな問題である。日本では亡くなった方は火葬され、各家庭が信仰する宗教の作法に則って弔われるのが一般的だが、その後遺骨をどうするか――正確にはどうしたいのか、どうされたいのか――を真剣に考えたことがある人はどれくらいいるのだろうか。

 ましてや、顔も覚えていない父が亡くなった、と突然連絡があったら?

 これに関してはたまたま私にも同じ立場の身内がいるので、主人公である山田の苦悩に共感してしまった。葬式をして、お墓を用意して。そんな義理が自分にあるのかと思ってしまうのも無理はない。

 しかし、結局遺骨を粗末には扱いきれない、というのも分かる。その足跡を辿るうちに、生前の父の姿が自分に重なってゆく場面は感慨深かった。ラストの落日へ歩む風景も、独り亡くなった父に寄り添うようでもあるし、現在の山田が孤独ではないことを象徴するようでもあってとても温かい。

 

 けれど、そういった“死”と向き合っているのは彼だけではないのだ。山田が暮らし始めるハイツムコリッタに住む人々や、タクシーの運転手、丘の上のお屋敷に住む奥様……この映画では、それぞれが皆自分ならではのやり方で故人と繋がっている。それでも悲壮感が強調されないのは、程よく緩やかな空気が流れているからだろうか。

 ――故人に対して「こうしなければならない」ことはないのだ、と。仕来たりにとらわれすぎず、その人への想いを自由に表現してもいいのだと。彼らの多様な形に、私自身も救われるところがあった。なぜ魂は天へ向かうのか、この機会に自分なりの答えを考えてみたい。

 

リアルな「生」も感じられる

 また、彼らが向き合っている“死”に対し、“生”の体現となっているのが、日常的に繰り返される「食事」である。

 荻上直子監督の作品といえば食事シーンが魅力的なことで知られているが、川っぺりムコリッタも例に漏れず、シンプルながら何とも美味しそうなメニューがたくさん登場する。何をごちそうと思っているかでその人物のルーツがにじみ出ている部分もあり、食が生き方に直結していることを実感させられる。

 

 もうひとつ衝撃だったのが、ハイツムコリッタの大家である南の「苦手なのよ、妊婦」という台詞だ。妊婦といえばこれもまた“生”を彷彿とさせる存在だが、彼女は見かけると蹴りたくなる、とまで言う。

 だが彼女は子どもが嫌いなわけではないし、妊婦を憎んでいるわけでもない。むしろ自分も経験したからこそ「動物的で苦手」と表現するのである。嫌悪でも、憎悪でもなく。南自身も語っているように、それは「人間の中に、もう一人人間がいる」ことへの純粋な違和感なのだ。

 荻上監督は前作の『彼らが本気で編むときは、』を鑑賞したさい、母性だけではない母親としての女性の本質を鋭く、かつ真摯に描く方だという印象を受けたので、この台詞をあえて子どもがいる女性が発したところに大きな意味を感じた。

 

ムコリッタ、とは何か?

 生きること、死ぬこと、そして新たな命を生み出すこと。

 いずれも簡単ではなく、ままならないことも少なくはないけれど、「自分が死んだ時、寂しいって思ってくれる人」が一人でもいるならば、日々の小さな時間もかけがえのないものになるのかもしれない。

 

 そんな大切な人と、あるいはあえて自らをじっくり振り返りたい時に。

 ちょうどお彼岸の時期、ぜひフラットな気持ちで出かけてみてはいかがでしょうか。

 

 

 『川っぺりムコリッタ』

 9月16日(金)全国ロードショー

【出演】

松山ケンイチ
ムロツヨシ 満島ひかり 
江口のりこ 黒田大輔 知久寿焼 北村光授 松島羽那
柄本 佑 田中美佐子 / 薬師丸ひろ子 
笹野高史 / 緒形直人
吉岡秀隆

監督/脚本 :荻上直子 『かもめ食堂』『彼らが本気で編むときは、』

配給KADOKAWA   © 2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

公式WEBサイトURL: https://kawa-movie.jp/

【あらすじ】

築50年の「ハイツムコリッタ」で暮らし始めた孤独な山田。
底抜けに明るい住人たちと出会い、ささやかなシアワセに気づき始める・・・。

山田(松山ケンイチ)は、北陸の小さな街で、小さな塩辛工場で働き口を見つけ、社長から紹介された「ハイツムコリッタ」という古い安アパートで暮らし始める。無一文に近い状態でやってきた山田のささやかな楽しみは、風呂上がりの良く冷えた牛乳と、炊き立ての白いごはん。ある日、隣の部屋の住人・島田(ムロツヨシ)が風呂を貸してほしいと上がり込んできた日から、山田の静かな日々は一変する。できるだけ人と関わらず、ひっそりと生きたいと思っていた山田だったが、夫を亡くした大家の南(満島ひかり)、息子と二人暮らしで墓石を販売する溝口(吉岡秀隆)といった、ハイツムコリッタの住人たちと関わりを持ってしまい…。図々しいけど、温かいアパートの住人たちに囲まれて、山田の心は少しずつほぐされていく―。

プロフィール
ライター
香坂
オリジナル会葬礼状のライター業を経て、現在はWEB系のフリーライターとして活動中。漢字とひらがなのバランスに悩むのが好き。仕事におけるモットーは「わかりやすく、きれいに」。趣味はお酒・アイドル・展覧会鑑賞・化粧品・創作。

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