ヒーローの装い
先月公開した記事「キャラクターに見るイメージの力」で、キャラクターと服装の関係について触れました。
今日も日本の服飾文化について少しご紹介しようと思います。
海外の人に「日本人のファッションセンスは独特」と言われる事があります。
確かに年代ごとにブームがありますし、平安時代の十二単や、戦国武将の甲冑などもオリジナリティ溢れています。
今日紹介するのは、「構わぬ」文様について。
この絵と文字を組み合わせた文様をご存知でしょうか。
「鎌」と円形の「わ」、そして平仮名の「ぬ」。
鎌〇ぬ=構わぬ
と読みます。歌舞伎が好きな人にはお馴染みかもしれません。
江戸時代に七代目市川團十郎が身に付けて流行った柄です。
実はこの構わぬ文、市川團十郎以外にも身に付けていた人達がいるのです。
それが火消と呼ばれる、現在で言う消防士さんです。
江戸時代は火災が多く、火消の存在は重要でした。「め組」とか「い組」という名前を聞いた事ありませんか?
江戸の町を守るために、エリアごとに火消組が設けられていました。現在で言う消防団です。め組やい組は、その火消組の名前です。
火消は、火事場でその存在を示す為に「纏(まとい)」を作りました。
カッコいいですよね。戦国時代の合戦で用いられたのぼりみたいです。
話を戻して、この火消の人達が構わぬ文を好んだとされています。
調べれば構わぬ文以外の装束も身に付けているので、好んだ文様の1つであったと言えます。
ちなみに半纏を着ているのは、町人で構成された町火消の人達です。
武士からなる武家火消は、それこそ戦国武士のように兜をかぶっています。
以前、大沢たかおさん主演の「仁-JIN」というドラマで火消の回があったのですが、
火消の親分が兜をかぶっていました。
火事場で指揮を執るのは武家火消だからなんですねー。
またまた話がそれてしまいました。
なぜ町火消に構わぬ文が好まれたのか、想像してみて下さい。
彼らは何を構わなかったのでしょうか。
「水火も構わず身を捨てて弱いものを助ける」
という意味が込められていたそうです。かっこいい!!
日本の伝統文様には意味が込められていると、過去記事でも散々書かせて頂きました。
文の意味を知っていると火消の人達の熱い思いが伝わる気がします。
お江戸のヒーロー達の背中に憧れる町民も多かったみたいですよ。
余談ですが、火消や歌舞伎役者が身に付けるより前、「町奴」と呼ばれるヤンキー達も
この柄を好んでいました。
ヤンキー軍団が構わぬを好んだ理由は、
火消と同じ理由という説と、「俺に構うんじゃねーよ!馬鹿野郎!」的な説があります。
どちらが正しいのかは文献によって違うのでなんとも言い難いのですが、いずれにせよメッセージ性があったみたいですね。
日本の文様って面白いでしょ?