札幌の熊騒動 元地元民として言いたい事

北海道
ライター
youichi tsunoda
角田陽一

北海道内で増える熊

近年、北海道内では熊が増加傾向になる。
明治の開拓で破壊された森林が回復し、ハンターが高齢化して駆除の機会も失われた。
平成初期に5000頭ほどだった北海道内の熊の数は、現在では1万頭近いという。

数が増えれば当然、熊と人間とが接触する機会も増えることになる。

北海道民と「内地」の観光客、それぞれの熊

北海道出身者ならば、小学校で開拓の歴史を学び、あるいはハイキングで山に入る折に
教師や年長者から熊の恐ろしさを学んで大人になっていく。
例え札幌の街中で生まれ育ったものでも、熊は恐ろしいものだと解釈している。

一歩、キャンプなどアウトドア活動で北海道の山中に分け入るのは本州以南、いわゆる「内地」の人びとも多い。
北海道の人間がミンミンゼミやカブトムシを知らないのと同様、
内地の人は、よほど山奥の人間でなければ熊を知らない。
知っていたとしても、熊のプーさんかリラックマ、あるいはクーラーのキャラクターの白クマくらいだろうか。
どちらにせよ熊は「かわいい」ものとして認識されている。

そんな都会出身者が北海道の山中でヒグマに遭遇したらどうなるか。
まずは悲鳴を上げるだろうが、その次に胸中に萌すのは「映え」ではなかろうか。
咄嗟にスマホに手を伸ばす。たとえ安全な車内にいたとしても、ドアを開けて撮影に挑む
現に知床半島では、ヒグマを「餌付け」して撮影しようと試みる観光客の存在が噂されている。

熊が人間の弱さを知ったらどうなるか

基本、ヒグマは人間を恐れている。人間は「すごいもの」として認識している。

轟音が出る筒で、仲間を瞬殺する。
鉄の箱に乗り込んで、瞬間移動する。
爪ではとても折れない大木すら、何なく切り倒してしまう。

だが、それは人間が「知恵」を持っているからだ。
仮に熊が偶発的な事故で、「映え」に夢中な観光客を引っ掻いて死なせたとする。
その瞬間、熊は悟ってしまう。

「こいつら、こんなに弱かったのか」

ヒグマは体長2m以上、体重は数百㎏。それでいて、時速50kmで疾走する。
銃も刃物も持たない人間に勝ち目はない。

かくて、臆病な熊は人食い熊になる。
次の標的は観光客ではない。
もっとも遭遇する機会の多い、地元住民である。

地元自治体としては、餌付けされ人なれした熊は駆除せざるを得なくなる。
不幸な事件を起こさないために。
熊の餌付けは、熊にも人にも不幸しかもたらさない。

札幌の熊騒動

さて、去る8月。
札幌市南区に数度に渡り熊が出没し、住宅街の家庭菜園を食い荒らす事件が勃発した。
地元住民が恐怖におびえ、外出もままならない中でようやく「駆除」された。

事件が終息した後、札幌市市役所には「ご意見」が殺到したという。
札幌はじめ北海道内からは
「よくやってくれた」
「対応が遅すぎる」

一方で北海道外からは

「熊がかわいそう」
「麻酔銃で眠らせて、山奥に放つなり動物園で引き取るなりできないのか」

やはり、北海道の実情を知らない人の、机上の空論としか言えないだろう。

まず、やはり対応が遅すぎた。
新聞、郵便配達員など戸外に出ざるを得ない人の不測の事態がありえる。
家の中にいたといても、北海道の家には雨戸が無い。ガラス窓は2重だが、
強化ガラスでもなければ熊の一撃で容易に破られ、侵入されてしまうだろう。

そして麻酔銃だ。
麻酔銃の使用には許可がいる。
撃たれれば瞬時に効くわけでもない。眠るまでの間「手負い」となった熊が、さらなる惨劇をもたらさないとも限らない。
よしんば安全に眠ったとしても、山中に送り返したとしても、
人間の作った美味い野菜の味を懐かしんで戻ってくるだろう。

動物園に送ったとしても、もともと野生の熊。
前から飼われていた先住の熊との軋轢はないのか、あるいは病原菌を持っていないか。

もろもろの問題を考えれば、やはり「瞬時に駆除」が妥当だろう。

アイヌ民族と熊

さて、北海道を多少を知っている人の中には、こうのような意見もあるだろう。
「アイヌの人は熊を神として祀っていたじゃないか!」

確かにアイヌは熊をキムンカムイ(山の神)と呼んで尊崇していた。
キムンカムイは山中の神の国では、人間同様に家に住んで、黒い立派な着物を着て暮している。
だが人間からもたらされる酒や御幣が恋しくなれば、肉や毛皮を纏って「熊」の姿になり、
人間に狩られることで恵みを施す。
人間側では「自分を見込んで狩られてくれた」ことを感謝して丁寧に礼の祈りを捧げ、
満足した熊の魂は神の国に帰っていく。

人間と熊の神は、いわばウィンウィンの関係なのだ。

だが熊が猛獣であればこそ、アイヌ文化期から熊による人身事故は多発していた。
人を襲う熊はウェンカムイ(悪い神、悪魔)と見なされ、徹底的に断罪される。
人食い熊を狩った場合は、肉や毛皮を決して利用しない。
細かく切り刻んで山中に放置するか、首を刎ねて便所に埋めるなどして罰するのだ。

「人間の弱さを知った熊は、人食い熊になる
これからも人を襲う」

だからこそ徹底的に罰するのは、アイヌ文化でも同じなのだろうか。

さて、札幌のクマ出没事件。
難点を言うならば、即座に「お迎え」した上で、肉と毛皮を有効活用すればよかったのではないだろうか。
熊肉の味は個体差が大きいが、美味いものならば牛肉の味に似ている。
解れるまで煮込んだ汁物は最高だ。
そして熊の脂は融点が低いため人間の肌に良く馴染み、火傷の薬にもなる。

そのうえで、熊の魂を丁寧に神へ送り返してあげる。

自治体が儀式を取り仕切るのは、やはり難しいのだろうが。

プロフィール
ライター
角田陽一
1974年生まれ。2004年よりフリーライター。美術品レビュー、アウドトア、そして出身地・北海道の文化を元に執筆。著書に『図解アイヌ』(新紀元社)など。

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