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脱走も、失業も、失恋も『ワイプ画面』で見るバラエティ視線で乗り越えろ!喜びと悲しみの絶対値が大きい人生ほど面白い!

Vol.140
バラエティプロデューサー 角田 陽一郎 (Yoichiro Kakuta)氏
Profile
1970年、千葉県生まれ。東京大学文学部西洋史学科を卒業。1994年、TBSテレビに入社。「さんまのSUPERからくりTV」や「中居正広の金曜日のスマたちへ」ほか、数多くの番組を担当。TV以外の分野でも、映画監督や動画配信会社の設立、執筆活動など幅広く活躍。2016年12月にTBSを退社。現在はさまざまな企画や商品のプロデュ―スに携わる。
今回ご登場いただくのは、数々のバラエティ番組をヒットさせてきた名物プロデューサーの角田陽一郎さん!番組制作にとどまらず、インターネット放送局の経営、スマホアプリの制作など、幅広いビジネスを手がけてきましたが、2016年3月にTBSを退社し、現在新たなメディアの立ち上げを準備中とのこと…!そんな角田さんに、テレビ局を志したきっかけから社員時代のエピソード、現在描いている新たなメディアの展望まで、幅広いお話を伺いました。

いろいろなものを扱い、何でもできるテレビ局のバラエティへ。年末の国民大注目の移動は、新人ADの腕にかかっていた!?

角田さんが就職先にテレビ局を選んだ理由は?

もともと、色々なことに興味のある子どもでした。数学も歴史も音楽もお笑いも、自分にとっては「興味のあること」で、これが勉強でこれが遊び、という感覚はなかった。だから、数学も歴史も音楽もお笑いも扱うテレビ局なら、何でもできるかな、と思ったんです。メーカーに入ると会社が作っている商品しか扱えないし、商社でも石油や鉄鋼など担当しているものしか扱えないですからね。テレビ局の中でも、ドラマや音楽やドキュメンタリーなど、いろいろなものをネタとして扱えるバラエティを選びました。

と、これまで言ってきましたが、それは後付けのもっともらしい理由ですね(笑)。テレビでは、バラエティで芸人さんや司会者がプロデューサーを番組中にいじって、そのプロデューサーが一瞬テレビに映って笑いが起きたりするでしょ。それがすごく楽しそうで、その中に入って、「角田P!」とか言われてみたいなあと思った、という単純な理由が本当のところです(笑)。

実際にテレビ局に入って、入社前とのギャップはありましたか?

テレビ局は先輩後輩の序列が厳しく、先輩の体育会的なシゴキがあるのではないかと恐れていたのですが、そんなことはなく、どちらかというとネチネチした文化系な人々の集まりだとわかりました(笑)。
また、現場のADは死ぬほどタイヘン、という話は聞いていて、文化祭の前日の追い込みや、大学時代に演劇をやっていたんですけど、その公演の前日の小屋入りの状況が毎日続く、と聞かされてました。ただ、その状況が毎日続くなんて、なんて楽しそうなんだろうと思って入ったんですよ。それでも、ホントにこれを新人である自分がやるのか?という、信じられない物量の仕事が降ってきましたね。

新人時代に特に印象に残っている仕事は?

当時、大晦日はTBSのレコード大賞とNHKの紅白歌合戦が同じ日にあり、時間も少し重なっていました。レコード大賞の受賞者は最後まで残らなくてはならず、TBSがある赤坂からNHKがある渋谷まで急いで移動して、紅白でも「たった今、レコード大賞を受賞した◯◯さんが到着しました!」なんて中継をしていましたよね。当時はレコード大賞も紅白も国民的なイベントで、受賞者の赤坂から渋谷への移動は、それこそヘリコプターでも使って移動しているんじゃないだろうかというくらい大掛かりな雰囲気で放送されていたのですが、赤坂から渋谷までは、実は単純にタクシー移動だったんです。新人の時、そのタクシーの予約をするのが自分たちADだった(笑)。どんな国家的な大移動かと思っていたら、ペーペーの新人が予約するタクシーだったなんて!と驚きながらもタクシー会社に電話をかけると、大晦日だからどこも予約できなくて断られまくる。ここで予約できなかったら、レコード大賞から紅白へ移動するという年末の風物詩がなくなってしまうのではないかと、焦りました(笑)。世の中を動かしているのは、実はADだったと(笑)。

まさかあの移動が、新人ADのタクシー予約の腕にかかっているとは、私も知りませんでした(笑)。

まだ正式な配属にもならず、バラエティ番組の収録を見学していた時、ゲストが飲み物をこぼしたことがあって、思わず走り寄って拭きに行ってしまったのですが、現場の経験があるスタッフは、収録中だったので、拭きに行ってもいいのかどうか、指示待ちの状態だったんですよね。僕はまだ見学段階の素人だったので、とっさに拭きに行ってしまった。でもそれを、あとですごく褒められたんです。その考え方も新鮮でしたね。
ゲストが飲み物をこぼして、スタッフが慌てて拭いている。その絵は、『バラエティ視点』で見ると、すごく面白い。『バラエティ視点』とは、テレビの『ワイプ画面』の目線で、ある状況を別の『ワイプ画面』から見ると、一見悲惨な状況でも面白くなるんですよ。面白いかもしれないから、迷ったらやってみる。やってみて傷になれば思い出になって、時間が経ったときの目線だと面白いかもしれない。

脱走も失業も失恋も『ワイプ画面』で見ると、まだ足りない。大きなマイナスは大きなプラスに転じやすい!

会社員時代、角田さんは、どんな社員でしたか?

仕事はそれなりにやっていましたが、つるむのが苦手なので、常に疎外感は抱えていました。
僕、一度、3ヵ月脱走しているんですよ。脱走しているのに総合演出になれたんです。これは面白いことだぞ、と先輩にも言われたんですが、バラエティ視点だと脱走していることは面白いんですよ。
脱走するほど辛いのは悲しいことで、失業も失恋も大きな失敗も悲しいことだけど、バラエティ視点で見るとひとつの失恋や失敗ぐらいじゃまだ面白くない。足りないんです。もっと失恋して失敗しないと面白くない、と感じるようになるんで、『バラエティ視点』を持っていると、自殺しなくなるのではないかと思うんですよ。
TBSを辞めたのも、もし失敗してもこれをネタにして本を書けるな、という風に『ワイプ画面』の目線で見たら面白いと思って決断しました(笑)。

確かに、すごく悲惨な状況だと自分では思っていても、別の視点から自分を見てみると、楽になることはありますよね。

これはある先輩から教わったことですが、「楽しいことがあったら、辛いことがなくてはいけない」「楽しいばかりじゃ辻褄が合わない」のが、人生なんです。僕は絶対値が大きいほど、楽しいことは楽しくなると思っていて、波風がないゼロに近い状態はつまらない。大きなマイナスは大きなプラスに転じやすいんです。
揉め事が生じるとボヤで済むうちに消そうとするのが普通ですが、その先輩からは「燃やしまくって火の海にして、焼け野原になった後に一緒に家を建てようと言うんだ」と教わりました(笑)。

おもしろ原理主義で、面白いことがやりたい。出口はネットかテレビか、パッケージも考えどころ。

角田さんは、Goomo(2012年にサービス開始したインターネット動画配信サイト。2012年終了)の立ち上げなど、テレビ業界ではいち早くデジタル事業に取り組んでおられますが。

僕は「バラエティプロデューサー」と名乗っていて、「おもしろ原理主義」で面白いことがやりたいだけ。TBSの社員時代から、面白いことを表現する出口はテレビだけではなく、イベントでも本でもインターネットでも何でも良いと思っていました。その時は、インターネットが出口として向いている面白いことがあったから、インターネットでやってみたいと思ったということです。

現在は、テレビ朝日とサイバーエージェントが運営するAbemaTVやフジテレビ系のホウドウキョクなど、インターネット放送局が話題になるのは珍しいことではなくなりました。

本当の意味での「ネット」になりましたね。ネットの中にテレビも新聞も、既存のメディアが組み込まれてきている。おもしろ原理主義者としては、面白いコンテンツを作ったら、ネットの中でどうやってパッケージするか、そこも考えどころになってきていて、TBSを辞めた理由のひとつもそこにあります。どうしてもテレビは番組というパッケージが存在していて、そこに面白いコンテンツを詰め込んでいたのですが、そこから解放されてパッケージから考えたかったんです。
ただ、結果として、テレビが向いているものもあります。

例えば?

テレビ局とベンチャー企業は相性が良いと思うんです。テレビ局は常に新しい企画を求めていて、ベンチャー企業は新しい企画のビジネスシミュレーションの場があったほうがいいですよね。
例えば、斬新なレトルト食品を作って売りたいというベンチャー企業があるとして、製造工場の確保や流通、広告などにいきなり大金を突っ込むよりは、テレビで開発現場や試作を追いかけて、番組を作る。盛り上がったら見込みありと判断して、本格生産する。商品が売れるにはストーリーが必要なご時世ですが、テレビで追えば勝手にストーリーが付いてきます。

人の才能を消費しない、古くしない。サステナブルなインターネット放送局を立ち上げ!

独立されて、今後は活躍の場がますます広がっていきそうですね。

(2017年)7月に24時間放送のインターネット放送局を立ち上げる予定です。「サービスするテレビ」をコンセプトに、人をネタとして消費しない、古くしない放送局を目指して制作します。

「古くしない放送局」とは?

これまでテレビ局は焼畑農業的な番組制作をしていて、面白い素人さんを見つけたらネタとして取り上げて、そこから先はどうなっても知らない。ちょっと尖ったキャラを持っているタレントさんを見つけたら、盛んに取り上げてブレイクさせて、その後は知らない。一過性で消費していく番組作りをしていましたが、それをサステナブル(持続可能)なものにしていきたいんです。
例えば、ビフォーアフターを見せるような番組なら、落差がないと面白くないからと、不健康そうなスッピンを見せてから化粧をしたり、散らかり放題の部屋を見せてから整頓したりしますよね。でも、出演してくれた人の不健康そうなスッピンや散らかり放題の部屋を全国に晒して、その後のことは知らない、というのはヒューマニズムに欠けると思うんです。スッピンや散らかった部屋がなくても成立する番組を作っていきたい。
同じように、タレントさんもブレイクやブームの後は「古い」と言われたりするのですが、その言い方は本当におこがましい。タレントさんの才能を消費しない、古くならない番組作りを目指していきたいですね。

新しい放送局が楽しみです。では最後に、若いクリエイターにメッセージをお願いします。

今の若い人たちはとても真面目で素晴らしいと思います。 ただ、すごく具体的なことを言うと、僕たちが若い頃に比べると海外に行ってない。お金がないとか時間が作れないとか言いますが、本音は怖いんですよね。海外に行くことは、異文化に触れるという大きな側面はもちろん、ひとつひとつの細かな手続きまで、すべてがトレーニングだと思うんですが、そのトレーニングが足りない。
それからあと、クルマに乗らない人が多い。都内にいる限り、クルマに乗る必要はないし、電車移動で十分。それはもちろんわかっているのですが、クルマを運転することで、わかることや知れることがあるので、乗ってもいいのではないか?また、同じように学歴に関しても、学歴で人を判断するのはありえないという大前提があった上で、良い学校に行くことでわかることや得ることがあるので、学歴があってもいいのでは?ということです。
最後にもうひとつ、大事なこと。疲れたら休みましょう。辛ければ逃げましょう。僕も3ヵ月脱走しました。休んでもすべてが崩壊することはないし、『バラエティ視線』で見たら面白いかもしれませんよ。

取材日:2017年5月31日 ライター:植松織江

角田 陽一郎 (バラエティプロデューサー)

1970年、千葉県生まれ。1994年3月に東京大学文学部西洋史学科を卒業。同年4月に株式会社東京放送(現:TBSテレビ)に入社。「さんまのSUPERからくりTV」や「中居正広の金曜日のスマたちへ」(現:「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」)ほか、数多くの番組を担当。TV以外の分野でも、映画監督や動画配信会社の設立、執筆活動など幅広く活躍。2015年12月に発刊した『「24のキーワードでまるわかり! 」最速で身につく世界史』(アスコム)はベストセラーに。2016年12月にTBSを退社。現在はさまざまな企画や商品のプロデュ―スに携わる。

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