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PEOPLEあの人に会いたい!

「自分が気づいた良いデザインを世の中の人に伝えたい!」 共感してくれる1%の人を見つければ、そこに、ビジネスチャンスがある。

Vol.139
建築家・デザイナー 寺田尚樹(Naoki Terada)氏
Profile
2003年有限会社テラダデザイン一級建築士事務所設立。2014年より株式会社インターオフィス取締役を務める。武蔵野美術大学非常勤講師を務める。プロダクトブランド「テラダモケイ」、「15.0%」など。2015年には、イトーキとインターオフィスによるファニチャーブランド「i+(アイプラス)」を立ち上げる。

大学卒業後、オーストラリアの設計事務所で働き始め、その後、イギリスの大学院に留学。帰国して、一級建築士の資格を取ったのが28歳。建築家としてのでデビューの時期は、決して若くはなかった寺田氏。建築家とプロダクトデザイナーに加え、3年前より、ヨーロッパのクオリティの高い家具と独自の空間デザインで上質な環境を提供する株式会社インターオフィスの取締役を勤め、今年から取締役社長兼COOに就任しました。「経営者」と「現役のデザイナー」を併行して行うバイタリティの源は何か?現在に至るまでの経緯をお聞きしながら、今を先行くクリエーターのルーツを探っていきたいと思います。

グラフィックデザイナーの父の背中を見ながら育った幼少期。模型が大好きな青年が選んだ道は、2次元の世界の父とは違った3次元の世界。

建築の道を選んだきっかけは何だったのですか?

私の父はグラフィックデザイナーでした。週末というと、お父さんにどこかに遊びに連れていってもらうのが普通だと思いますが、我が家の父は週末も事務所で仕事をしていることが常だったので、父の事務所へ遊びに行くことが、土日に家族で会うための手段のひとつでした。事務所にはいろとりどりの色鉛筆があり、本棚には様々なジャンルの写真集が並んでいる。見ているだけでも私にとってはわくわくする空間で、写植を切る手伝いをするのも楽しかった思い出です。そんな環境だったからでしょうか、小さい頃から「デザイナーの道へ進みたい」と自然に思っていたものでした。大学の進路を考えていた頃、ある大学の建築科のオープンキャンパスで、模型が沢山並んでいる光景に、プラモデルが大好きだった私は、楽しくてしょうがなくて、建築科へ進むことを決意したんです。父の仕事は2次元の世界であるグラフィックデザイン、私の選んだ道は3次元の建築の世界。内容は少々異なりますが、小さい頃からの環境から、自ずとクリエイティブの世界へ導かれていったのではないかと思います。

就職せずに海外へ行かれたそうですね?

はい。たいがい建築科を卒業すると、そのまま大学院へ進むケースが多いのですが、同じ大学の院ではないところに進みたいと思っていたので、大学の先生から海外へ行くことを勧められ、まずはオーストラリアの設計事務所で働き始めました。海外のスクールへ通うにしても、英語がわからなければ意味がないので、英語を学ぶことも兼ねて、オーストラリアで2年半実務経験を積みました。その後、ポートフォリオを作って、憧れていたスイスの建築家のもとへ。すると「3ヶ月待ってくれ」と言われて、イタリアの設計事務所で3ヶ月間バイトをし、再度連絡すると「もう3ヶ月待ってくれ」と。結局半年待ちましたが「あれ?これは見込みないな」と気持ちを切り替え、イギリスのAAスクールを受験し2年間、イギリスで過ごしました。

厳しかったイギリス時代が、後の「考え方」のルーツに。

イギリス滞在中の印象深いエピソードはありますか?

イギリスは、人種や階級の差別が他の国より明確で、人種によって仕事が分けられているような国ですが、建築を学ぶ学生にとっては、こんなにいい学びの場所はないと思います。街を歩けば世界的に有名な美術館や博物館が並び、学びの源となる建築物があちらこちらに点在している。学生が腰を落ち着けて学ぶには、うってつけの国だと思います。ただし、授業は厳しいものでした。日本では、課題を与えられ、その課題に突き進んで行けばよかったのですが、AAスクールでは自分で課題を作り、まずは先生にその課題についてプレゼンをしなければならない。その課題が認められて初めてゼミに入れるという厳しいシステムでした。自分の作った課題を一生懸命伝えること。英語で賄えないものは、図面や模型を作って必死に伝えなければ授業にさえ参加できない。そんな、切羽詰まった状況に立たされたことによって「なぜ、自分はこれをやりたいのか」を考え、「自立して考える力の源」を持つことができたんだと思います。イギリスでの経験は、まずは「伝えたいこと」がある事が大事であるという今の私の考えに大きく影響していることは間違いありません。

30代手前で帰国されて、周りの環境に焦りはありませんでしたか?

日本に帰国して、まずは1級建築士の資格を1年で取るという目標を立ててがむしゃらに勉強しました。日本では、資格があったほうが良いと思ったので、それに集中し宣言通り1年で資格を取りました。それから、就職活動をしましたが、AAスクールで作ったポートフォリオは、日本の建築事務所では相手にされず、知人の事務所でバイトをしたり、コンペに参加しながら、何とかやっていました。独立志向のある人たちは20代後半で独立していますし、30代前半となると、新卒でゼネコンに就職した同期達は、そろそろ管理職になり始める時期ですから、焦らなかったといえば嘘になりますが、何か発信したいと言う気持ちのほうが大きかったので、あまり周囲の状況には流されなかったことも事実でした。帰国後、5年かけて34歳で独立し、テラダデザイン一級建築士事務所を立ち上げました。

海外で建築家は、建築だけでなく、プロダクトも、舞台美術も、映画も……。何でもやる人。

独立後の経緯を教えていただけますか?

独立後、初めて手掛けた住宅の設計が、なんと住宅専門誌の表紙に掲載され、どれだけ注文が殺到するのだろうと浮き足立っていたら、全く仕事がこなかったんです。変わりすぎている家で、要は、やりすぎちゃったんですよね(笑)。一般の住宅としては受け入れてもらえなかったようです。その後は、商業建築や映画館のインテリアやなどに携わりました。 日本では「建築家は建築を設計をする人」という固定概念がありまですが、海外では少々違います。アーキテクト(建築家)は建築もすれば、プロダクトや舞台美術もするし、映画を撮ったりもする。何でもやってる人で、海外の建築家に憧れて海外へ行ったので、日本に帰ってきてから、まずは、住宅をやったんですけど、プロダクトデザインなどいろいろなことをやりたいという想いがあって、そういうことを思っていると、自分の顔も「何でもやる人の顔」になってくるものです。そういう顔になってくると、自然と依頼がくるようになるから不思議なものです。

「顔」って大事ですね。今では、建築の設計からプロダクトのプロデュース、加えて経営者という沢山の顔をお持ちですね。

そうですね。色々なことをやりたいという気持ちは今でも持っているし、継続できていると思っています。紙で作った『テラダモケイ』のヒットの後、同じくプロダクト全体のプロデュースからデザインまで手掛けた『15.0%』がヒットしたんです。この2つの代表的なプロダクトの結果が、自分の中で経験値として新しい道が開けたきっかけとなったと思います。自分だけが気づいた良いデザインを世の中に発信しすれば、共感してくれる人がいて、そこにビジネスチャンスがあるということを実践できた事例でははないかと思います。

「人の気持ちを幸せにするよい空間とよいプロダクト」の提供がデザイナーであり経営者である、私の最大の目標。

photo : Kenji MASUNAGA

今、なお現在進行形で、デザイナーと経営者という立場を兼任されていらっしゃいますが、今、ご自身が思うご自分のあり方についてお話いただけますか?

インターオフィスにお話をいただいたさい、魅力的だったのは、デザイナーに経営者をということでした。今までデザイナーがこういった企業の経営者になった事例がなかったので、新たな挑戦として今の道を選んだわけです。デザイナーが経営ビジネスを行うことで、デザイナーの思いを社会や文化に繋げたいと考えています。インターオフィスでは、家具の輸入販売のほか、空間デザインや家具のデザインを手掛けています。株式会社イトーキと協働し「i+(アイプラス)」という家具ブランドを新たに立ち上げました。それと同時に、日本にはまだまだ知られていない海外のクオリティの高い家具を紹介し、その文化を伝えることに、この会社の意義を持ちたいと持っています。だから、経営者オンリーにはなりたくないんです。同時進行で実践を積んでいるからこそ気づけることってありますよね。デザインと経営のバランスを意識しながら、プロダクトや設計を通して、人が幸せな気持ちになってくれることが最大の目的です。椅子を売ることが目的ではなく、使う人が幸せになることが目的です。仕事をしていると時に、手段と目的が逆転してしまうことがありますが、デザイナーが経営者になることによって、その勘違いの逆転を回避することができるのではないかと思います。だからこそ、経営者と現役のデザイナーという立ち位置を併行していくことこそが、私のミッションではないかと思うのです。

人とちょっと違うところを見たり感じたりする。 自分だけが気づいたことを伝える。これこそがクリエーター。

最後にクリエーターに向けて応援メッセージをお願いします。

そもそも、クリエーターって、同じ物を見ても、人とちょっと違うところを見たり、感じたりする意識が普通の人より強いと思うんです。他の人が気づいてないことに自分だけが気づいたとき、それを伝えたい、教えたいと思うことがクリエーターの使命だと私は思っています。ちょっとしたことに問題意識を持ち、無意識のうちに同時進行して考える意識が大切。決して、世の中に媚びてはいけない。自分がいいと思ったことに共感してくれる人は必ずいます。世界中の人々の中で1%でも共感してくれる人を見つけられたらビジネスは成功します。ごく少数だけど、自分と同じ感覚で共感してくれる人が世界のどこかにいるはず。今は、インターネットで情報を世界に発信できる便利なツールもあるので、ビジネスチャンスは昔より恵まれていると思います。ひとつの物をありとあらゆる角度や視点から見たり、何度も何度も試行錯誤して、自分だけの気づきを見つけられた時、一歩前進した自分に出会えると思います。頑張って下さい!

取材日:2017年5月1日 ライター:鍋島まどか

寺田 尚樹(建築家・デザイナー)

1967年大阪生まれ。1989年明治大学工学部建築学科卒業後、海外での経験を経て1994年英国建築家協会建築学校(AAスクール)ディプロマコース修了。2003年有限会社テラダデザイン一級建築士事務所設立。2014年より株式会社インターオフィス取締役を務める。武蔵野美術大学非常勤講師を務める。プロダクトブランド「テラダモケイ」、「15.0%」など。2015年には、イトーキとインターオフィスによるファニチャーブランド「i+(アイプラス)」を立ち上げる。

URL :
株式会社インターオフィス
テラダデザイン一級建築士事務所
テラダモケイ
15.0%

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