2019.10.06

木編に南で「楠」。この字はなんと読む?

横浜
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一
拡大

中国でクスノキを指すのは、本来はこの字。日本でも「樟脳」に名を遺す

拡大

中国ではタブノキを指していた文字だが、日本ではこの字がクスノキを意味するようになった

拡大

日本でタブノキを意味するのは、この字。「楠」の字をクスノキに取られたので、新たに作られた「国字」である

生命力にあふれる「照葉樹林」

 

木々は冬になれば葉を落とす。

松や杉以外の、葉が広い木々はみんな葉を落とす。

これは北日本出身者にとっての常識。

 

だが本州の太平洋岸以南の地域には、冬でも葉を落とさない、それでいて葉が広い木々がある。
シイにカシ、ツバキ、イスノキ。いわゆる「照葉樹」だ。

太陽の恵みをすべて受け止める、冬でも落ちることのないツヤツヤした厚い葉。
それら照葉樹が寄り集まった照葉樹林は見るからに濃厚な生命の息吹に満ち溢れている。

冬でも降雪を見ない気候条件と相まって、北日本の出身者には羨ましいかぎりだ。

 

照葉樹林の王・クスノキ

 

さて、それら照葉樹林の象徴とも言える木を上げるならば、クスノキだろう。

樹齢数千年にもなる長寿の木。大木ともなれば直径は数メートル、高さは30メートルを下らない。
それでいて樹皮は優しく、葉は照葉樹ながら涼やか。若葉を摘んで揉みしだけば爽やかな香りが手に移る。
巨大な材が得られるため古代から舟材に使われ、材から芳香を放つ特性も相まって、古代日本では仏像の材料として重宝されていたという。

全身から芳香を放つ像ならばありがたみも一層増したことだろう。

 

クスノキは「楠」か「樟」か?

 

さて、クスノキ。

「くすのき」とワードに打ち込んで変換すれば、すぐさま「楠」と表示される。

木編に南…実に南国、照葉樹林の王にふさわしい。

だが変換候補の下に目をやれば「樟」という字に目が留まる。
クスノキの材木を細かく砕いて蒸留すれば、ひと昔まえに防虫剤の定番だった「樟脳」という物質が作り出せる。

あるいは大阪には「樟蔭」という名を冠した学校名が存在する。

気候温暖な大阪、西日本では、古代の丸木舟はクスノキ製だった。
大阪湾沿岸の遺跡からは、弥生から古墳時代に作られたクスノキ製の巨大な丸木舟が何艘も出土しているという。

 

楠」

「樟」

どちらが「正しい」字なのだろうか。

 

中国式にはクスノキは「樟」

「楠」はタブノキ

 

漢字はもともと中国で作り出された文字。

中国での用法を正統と見るならば「樟」が正しい。

 

3世紀ごろ、日本のどこかにあった古代国家「邪馬台国」が記載された中国の歴史書「魏志」
その「倭人伝」には、邪馬台国に生えている樹木のひとつに「櫲樟」があるとされている。

では、「楠」の字はなんなのだろうか。これは同じくクスノキ科の照葉樹、タブノキを指す文字だった。
だが両方の文字が日本に伝わってきた際に、頻繁な取り違えが発生するようになる。

古代からクスノキは丸木舟や仏像の材料として有用だったため、歴史書にも頻繁に載っている。
「古事記」にはイザナギとイザナミの「国生み」の段に「鳥之岩楠船」なる神が登場している。
また「日本書紀」によれば、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した後、あご髭を抜いて放って杉の木に変え、胸毛を抜けば檜に、尻の毛はコウヤマキの木、そして眉毛は「櫲樟」に変えたという。
そして「杉と櫲樟は舟材に、檜は宮殿の材木に、コウヤマキは棺桶に使いなさい」と勧めたとのことだ。
古代人は樹木の使い方を適材適所で知り尽くしていたと同時に、「楠」と「樟」の混同も根深いものだ。

 

なおクスノキは、「古事記」では「楠」と記され、日本書紀では「樟」と明確に書き分けられている。
一方で「風土記」では両方の漢字、ともに使用されている。この理由は不明である。

 

さて、中国では「楠」だったタブノキ。
これも照葉樹林を代表する樹種であり、ブロッコリーのように濃厚に盛り上がる樹形は生命力にあふれている。
葉や樹皮に独特の粘り気があることから、その粉末が線香の「増量剤」として使用され、
頑丈な材木は舟材としても有用。用途によってはクスノキ材以上に高値で取引されるほど。

さて、タブノキは「方言名」が非常に多い木だ。
現代の標準和名「タブノキ」はもともと九州地方での名称。
近畿や関東では「イヌグス」「タマグス」。漢字で書けば「犬楠」「玉楠」。

これが、「楠」と「樟」の混同の遠因でもあったろう。

 

「楠」の字をクスノキに奪われたタブノキ。現在の漢字表記は?

 

「楠」の字が本来はタブノキ。
だが「タブ」とワードに打ち込み、単漢字で変換すれば「椨」の字が表記される。

この字の来歴はどうなるのだろうか。

「椨」の字は、中国に存在しない。日本で作られた「国字」である。
それも、タブノキを古代よりタブと呼んでいた九州地方において作られた文字らしい。
タブの「ブ」の音の連想から、木編に「府」を作りとする。
「府」の字は「府中」「大阪府」の用法にもあるように、「中心地」「都」の意、タブノキの音と共に、有用性の意も込められているという。

 

「楠」。木編に南という、あまりにも端的な字形ゆえに、より目立つクスノキに字を奪われてしまったタブノキ。
だが、まさに「楠」な照葉樹林の主要樹種として旺盛に生育している。

 

さて…

「木編に北」という字はないが、もし「木北」なる文字があれば、何の木を指すのだろうか。
シラカバだろうか、あるいはエゾマツかトドマツだろうか。

プロフィール
フリーライター
角田陽一
1974年生まれ。2004年よりフリーライター。美術品レビュー、アウトドア、そして出身地・北海道の歴史や文化をモチーフに執筆。著書に『図解アイヌ』(新紀元社)などがある。

日本中のクリエイターを元気にするメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP