映像2020.01.08

ドキュメンタリーでは表現できない感情を、映画なら役に乗せて伝えられるんです

Vol.010
映画『風の電話』監督
Nobuhiro Suwa
諏訪 敦彦
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©2020映画「風の電話」製作委員会

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第52回カンヌ国際映画祭批評家連盟賞などを受賞した『M/OTHER』や『不完全なふたり』など、シナリオのない即興芝居で作品を撮る諏訪敦彦(すわのぶひろ)監督。最新作の『風の電話』は、岩手県に実在する「天国につながる電話」として有名な“風の電話”を題材に、今を切り取ったロードムービーになっている。今回は、この作品が生まれた裏側や、即興芝居の魅力、ドキュメンタリーとフィクションの違いなどを語っていただきました。

8年という歳月を経たことで映せるものがあると思い、被災地にカメラを向けました


©2020映画「風の電話」製作委員会

岩手県に実在する“風の電話”を題材に映画を撮ろうと思ったきっかけを教えてください。

“風の電話”のことを知ったプロデューサーの泉英次さんから僕に「やりませんか?」とオファーが来たのが最初です。実はこれまで自分の企画でしか映画を撮ったことがなかったので、やってみたいなと思いました。

NHKのドキュメンタリーでも取り上げられた“風の電話”。あえて映画にすることへの思いや迷いはありましたか?

正直、“風の電話”についてよく知ることができるドキュメンタリーがあるのに、なぜフィクションにするんだろう?と最初少し悩みました。ただ、ドキュメンタリーを見たとき、少し居心地の悪さを感じたんです。僕もテレビのドキュメンタリーディレクターをやっていたことがあるので分かるのですが、あの番組に出ている方は、撮影させてほしいというこちらの思いを了承してあの場に立っているわけです。本当はその人にとって絶対聞かれたくないことだったりすると思いますが、それを僕たちに見せてくれている。だから感動するんですが、それって誰にも聞かれてないから思ったことを言える、本来の“風の電話”を映せているのかな?って。そう考えたらフィクションでやれることもあるんじゃないかな?と思いました。

8年という歳月を経て被災地を描いていますが……。

実は僕、今回初めて被災地に入ったんですよ。それまで僕はカメラを持っている人間だからこそ、あえて行きたくなかった。この仕事をしている人はみんな行きました。なぜ行ったかといえばそこに行くと写るから。行けば、今起きていることが写るんですよ。70年代は三里塚闘争や水俣病の問題があり、そこには闘争や患者さんがいてカメラで撮ることによって見えてくることもあったけど、それがなくなってからの日本は何も写らない国になってしまいました。そのためドキュメンタリーが個人や家族など内なるものに向かっていった。それが、震災という目に見える形で一気に問題が現れて、そこに行けば写るという状況になって……。でも僕はそこで、自分がその映像を撮ったからといって何が変わるんだと思っちゃったんです。そこに私の映像が加わったからといって、何の役に立つんだって。それが8年経ち、今だからこそ見えてくるものがあるんじゃないかなと思い始めました。

モトーラ世理奈さん演じる主人公・ハルが故郷で亡くなった友達のお母さんと会うシーンには、まさにその場所で生きてきた人の葛藤が垣間見られた気がします。

あのシーンはすごく大切なシーンです。子供を亡くしたお母さんは、我が子を思いながらも普通の生活に戻っていかなければいけない。時間をかけて彼女の中で気持ちの整理をつけていますが、ハルと出会った瞬間、自分の子どもが成長していないことを目の当たりにしちゃうわけです。それが8年の歳月だなって。8年経てば癒えてくる傷もあるけど、同時に深まっていくものもあります。それが一気に噴き出してしまう……。これは現実にある話なんですが、ある瞬間から子供の誕生日に何を贈ったらいいか分からなくなるんだそうです。自分が知っている子供は亡くなった歳のままですから。それってすごく悲しいですよね。いなくなった直後の悲しみとはまた違う別の悲しみ。そういう問題が8年という時を経て見えてくると思いました。

ラストのセリフはモトーラ世理奈の中から生まれてきたもの


©2020映画「風の電話」製作委員会

映画では、東日本大震災で家族が行方不明になって傷ついた心を抱えた少女・ハルが、8年ぶりに広島から岩手へ向かうロードムービーに仕上がっています。このようなつくりにした狙いはあるのですか?

「一人の少女の旅を描き、最後に“風の電話”にたどり着く」と企画のときから書かれていました。最初は、熊本地震で被災した少女が“風の電話”の存在を知って旅をするという話だったんですが、それを僕の方で変えました。まずひとつが、旅を“故郷に帰る旅”にすることでした。かつて自分がいた場所、でも今は変わってしまった場所。記憶していたものと目に映るものが違うという関係から、見えてくるものがあるのではと思いました。そしてもうひとつは“風の電話”を目指す話にしたくなかった。彼女は行き場所もなく、死ぬこともできずにふらふらと旅に出てしまう。最初から目的を持って行動するのではなく、どうしたらいいか分からない状況から最後、“風の電話”にたどり着く。偶然訪れることで、話したいことが彼女の中から生まれてくると思ったんです。

ハルを演じたモトーラさんの“風の電話”のシーンは本当に素晴らしかったです。

僕の映画は基本的に即興芝居で、決められたセリフはないんです。なので彼女は撮影の終盤につれて何を話そうかとずっと考えていました。実はあのシーンは2回撮っていて、最初は彼女の気持ちがちょっとチグハグであまり上手くいかなかったんです。それを見た泉プロデューサーも、「最後に生きる希望を込めてほしい」と言っていて。僕はそれを彼女には伝えなかったんですが、二度目のテイクでは素晴らしい言葉が出てきて……。あれは本当に彼女自身がそういう気持ちになったからこそ出てきた言葉だと思います。モトーラはハルという役を通して、本当に“風の電話”で伝えたいことを話せた。台本にセリフが書かれていて、それを上手に演じていたとしても成立していなかったような気もします。

その人が何かを表現している姿が見たくて即興芝居の形をとっています

監督の作品といえば即興芝居で有名ですが、台本にセリフが書かれていないのですか?

決められたセリフはないですが、全くぶっつけ本番でやっているのかといわれればそういう感覚はないです。各シーン皆で話し合い、共通のイメージを持って撮影に臨んでいるため、俳優たちも何をやるべきか分かっている。逆に決められたことを言わなくていいため、何かを記憶して演技をすることもなく、相手が言ったことに対して素直にリアクションしていくのである意味でオープンマインドになる。セリフがあるとやっぱり自分の段取りになってしまう方も多いんですよ。モトーラさんとお会いしたとき、独特な身体感覚や時間を持っている人だと思い、決められたことをやるより自然にカメラの前にいるのが一番だと考えました。三浦友和さんや西島秀俊さん、西田敏行さんも彼女のことをすごく評価してくれたのもありがたかったです。

即興にこだわる理由はあるのですか?

過去の作品でも『ライオンは今夜死ぬ』は部分的に台本通りにやったのでそこまでこだわっていないですよ。ただ、先ほども言いましたが、ディスカッションしてイメージを膨らましていくと、演じる側も撮る側も皆、何を撮るかが頭に入っている。誰から何かを言われて動くのではなく、自分で動いている。これが素晴らしいと思いますね。僕はその人の表現をしている姿を見たいと思っているので。即興で何が出るか分からないから面白いのではなく、その人がかけがえのない存在としてそこにいることが大事なんです。

ハルは旅をしていく中でクルド人と出会いますが、あのシーンはドキュメンタリーだと聞いたのですが……。

あのシーンはほぼ現実で、皆さんに集まってもらって、一緒に食事をしている風景を撮らせてもらいました。そこでハルは同世代の女の子と話をしますが、そこは二人が自然に話せるように環境を整えました。クルド人は、埼玉県蕨市近辺に3000人近くいるそうですが、ほとんどの人が行き場がなくて……。仕事もできないし移動するにも許可がいる、でも国に帰ると迫害されてしまう。ハルはそこに自分の境遇を重ね合わせます。この風景って特別なように見えますが、ある視点から見たら普通にある風景なんですよ。ただ、僕はだからといって何かを主張したいとは思っていません。ただこれを見てほしい。日本には色んな風景があって、それを一人の人間の目線で見せられればいいかなと。何か特別なメッセージはないんです。同じように、本編で公平(三浦友和)の母親を演じた別府康子さんが語っていた原爆の話も、あの年代の広島の人なら特別な話ではないし、森尾(西島秀俊)のように第一原発で働いていた自分だけが助かって家族を失ったという人もいると思う。ここに描かれていることはそこまで特別なことではないんですよ。

どんなことがあっても自分が面白いと感じたことを信じてほしい

常に人を描いている監督が映画監督を目指したきっかけはなんですか?

監督になろう!と思ったことはないですね。ただ映画の側にいたいなという気持ちが強くて。インディペンデントの人たちと出会って、彼らの映画を手伝っているのがすごく楽しかったんです。始まりは高校時代、当時、実験映画という今でいうアートフィルムに近いものがあって、表現としての映画を知り、それなら自分もできるかもと思ったのがきっかけでした。その後、テレビのドキュメンタリーの仕事をしたりしましたね。

なぜテレビでもドラマではなくドキュメンタリーを目指したんですか?

テレビの仕事を始めたときに、テレビではフィクションを撮りたくないと思って。あの当時はまだデジタルもなく、ビデオの映像は深みのない即物的なものでした。なので、リアルタイムなものを捉えるのがテレビの面白さだと思う節があって……。フィクションを作る気は起こらず、カメラを担いでいろんなところに出かけて撮ってくるのが楽しかったんです。やっぱり人って素晴らしい表情を持っているし、演技では出せないものがあると感じました。ただあるとき、こうやって取材した人たちからいろんなことをいただいているけど、僕はみなさんに何を返しているんだろうと引っかかって。俳優さんとは何かを一緒に表現しますが、ドキュメンタリーはもらうばかりなんで。そのアンバランスさに気付いてからは、僕は俳優と仕事をすることを選びました。

ドキュメンタリーとフィクションの具体的な違いは何だと思われますか?

明らかに違うのは、役だからできることがあるということ。ドキュメンタリーの場合はあくまでも出ている人間はその人自身なのでヒドイことは言えないしできない。でもフィクションだと役というフィルターがあるので、ヒドイことも、自分だと言いたくないことも言えます。恥ずかしかったり情けなかったり苦しかったり、そういう部分が人間にはたくさんあるので、フィクションでないと探究できない領域はあると思いますね。

監督は子どもたちが映画を撮るワークショップにも力を入れていますね。

「こども映画教室」といって、子供たちがチームになって1本の映画をつくるワークショップを開催しています。2017年から日本の中学生も参加していますが、世界中の子どもたちが同じテーマで映画をつくり、その上映会をパリで行っています。子供ってそんなに自由でもなく過剰なファンタスティックな期待もないけれど、考え方をすぐに変える柔らかさを持っている。これが本当に素晴らしいんですよ。この間、いじめの話を撮っていたんですが、ラストがなかなか決まらず……。そして生まれたのが、いじめっ子といじめられっ子が一緒の掃除当番になり、次第にふざけていくうちに教室はゴミだらけ、そして心のわだかまりも取れて和解をするというエンディング。実際にそれを撮っているのを見ていいなと思っていたんですが、編集の段階で全てカットして……。理由を聞いたら、僕たちの気まずさはこんなに簡単に解決しないと言っていて。やっぱりそこにいる彼らだから感じるエンディングあるんだなと思いましたね。人を映すって面白いですよ。

最後にクリエイターに向けてメッセージをお願いいたします。

今の時代って、ちょっとでも分かりにくいと“悪いこと”で、分かりやすいことは“良いこと”という風潮があります。そういう価値観で動いている社会なので、変わったことをするにはすごく勇気がいります。だって、もし作って“分からない”なんて言われたら傷つくじゃないですか。やっぱり作り手は、“分かりません”と言われることが恐怖なんです。だからといって、誰にでも分かるものというのは何の表現でもない。どんなことも最初は、自分しか分からないのが基本なんです。それが自己満足と言われようが、自己も満足しないことは誰も満足してくれません。だから自分を信じてほしい。先生や先輩から言われることは半分聞くくらいで大丈夫(笑)。僕もめげそうなときにロバート・クレイマーという大好きな映画監督に「お前が孤独だと思うなら、自分がやるべきことをやっている証拠だ」と言われて勇気づけられました。そうやって自分を信じて、ものを作っていってください。

取材日:2019年11月19日  ライター:玉置 晴子 ムービー(撮影・編集):村上 光廣

『風の電話』

©2020映画「風の電話」製作委員会

2020年1月24日(金)全国ロードショー

監督:諏訪敦彦
出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、
   西田敏行(特別出演)、三浦友和
配給:ブロードメディア・スタジオ

 

ストーリー

高校生のハル(モトーラ世理奈)は、東日本大震災を機に、広島県に住む伯母広子(渡辺真起子)の家に身を寄せている。地震があったその日まで、ハルは家族と一緒に岩手県大槌町に住んでいた。あの日、津波が家族をハルから奪っていった。
ハルが学校から帰ると、広子が部屋で倒れていた。病院に運ばれ、静かに寝ている広子の胸に抱きつくと、ハルは病院を出ていく。誰もいない土地で、亡き家族への思いを一人泣き叫んだ。
泣き疲れてその場に倒れていたところに、軽トラックを運転した公平(三浦友和)が通りかかる。老いた母と二人で暮らす彼の家に連れてこられたハルは、広島で起きた様々な出来事について聞かせてもらう。公平に駅まで送ってもらうと、意を決して自宅とは反対方向の電車に飛び乗るのだった。

 

プロフィール
映画『風の電話』監督
諏訪 敦彦
1960年生まれ、広島県出身。東京造形大学デザイン学科在籍中から映画制作を行い、1985年、監督・制作・脚本・撮影を担当した短編映画『はなされるGANG』が第8回ぴあフィルムフェスティバルに入賞。その後、テレビドキュメンタリーも手掛け、1997年、映画『2/デュオ』で長編映画監督デビューを果たす。1999年に『M/OTHER』で第52回カンヌ国際映画祭批評家連盟賞など映画賞を受賞。その後、『H story』(‘01年)、『不完全なふたり』(’05年)『ユキとニナ』(’09年)などを発表し、シナリオなしの即興演出という独自の手法で手掛けた作品が話題に。2017年にはジャン=ピエール・レオー主演の『ライオンは今夜死ぬ』を発表。近年は「こども映画教室」の講師も行っている。

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