映像2019.06.05

力を出しやすい環境づくりをしたとき、自分の想像を超えたものが生まれます

vol.003
映画『長いお別れ』監督
Ryota Nakano
中野 量太
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©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

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『湯を沸かすほどの熱い愛』で2016年の邦画界の話題を独占した中野量太(なかのりょうた)監督。3年ぶりの最新作『長いお別れ』は、認知症にかかりゆっくり記憶を失っていく父親と家族たちの愛の物語になりました。原作モノを手掛けるのは初めての中野監督に直木賞作家・中島京子の同名小説への思いや、作品のテーマである “家族”の雰囲気をリアルにつくる方法、監督として大事にしていることなどを教えてもらいました。

ユーモアとおかしみを忘れず、原作を分かりやすく組み換えてアレンジ

©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

『長いお別れ』は監督にとって初の原作モノですが、どのようにして脚本をつくったのか教えてください。

最初からこれまでとは違うことだらけでした。原作はいろんな登場人物が出てくる短編集なので、まず1本の物語にするところから始めました。そして考えたのが、時代と世代を分けるということ。病気が進む段階を4つに分けてそれを縦軸に、対して横軸は世代にしました。お父さんとお母さんの世代、娘たちの世代、孫の世代と分け、三世代みんな同じ時間が流れるので、その人たちがお父さんと7年間どう関わってきたのかを描こうと。この大きな軸が決まってからは原作の短編がひとつにまとまり、1本の物語となって脚本が進んでいきました。

登場人物が減ったりエピソードが追加されたりと大胆なアレンジをされていましたね。

中島先生にお会いしたとき、「原作の持つユーモアやおかしみだけは忘れないで、あとは自由にやってください」と言ってくださったので、相当自由にやりました(笑)。それこそ軸が決まってからは、原作では3人いる娘をコンパクトにするため2人にしたり、孫も1人にしておじいちゃんと密に関わらせようとしたり……。整理も上手くできましたし、オリジナル要素もかなり入れることができました。いい意味で自分の中にすべてを取り込んでそれを脚本という形で消化したので、自分の感覚で脚本をつくれたと思います。なので原作があることでの縛りや苦しみはなかった。逆にいい素材をいただけて本当にうれしかったですしありがたかったです。

これまでの監督の作品と原作は、どこか同じ空気感を持っているように感じましたが……。

僕が普段オリジナルでやっている映画は、常に家族を描いています。そして、その家族が状況が苦しい中、右往左往していて愛おしかったり滑稽だったりする姿を描いているのですが、原作もまさにそれで。お父さんは認知症になってしまって状況はどんどん厳しくなるのですが、読んでいるとクスクス笑えるところもあって。「僕ならこう撮るだろうな」みたいなことを考えながら読んでいたんですよ。そういう本ってあまりないのですが、初めてこれは自分が撮ることができるんじゃないかなと思いました。

文字では表現できないことを伝えることができるのが映像の力

©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

文字を映像化する難しさは感じましたか?

文字では面白いけど映像にすると表現しにくかったり分かりづらくなることって多いんですよ。とくに僕が怖かったのは、縁側で山﨑努さん演じるお父さんと蒼井優さん演じる次女の芙美が語り合うシーンです。病状が進んで言葉が出なくなったお父さんが落ち込んでいる娘に対して「ゆーっと」「くりまるな」という意味の分からない言葉で励まし、2人の心が通じ合っていると感じる原作では印象的なシーンなんですが、これを映像にするのってすごく難しくて。文字だと意味の分からない言葉を話しているというニュアンスがダイレクトに伝わるのですが、映像だと受け手の聞き間違いにも感じられたり、言い方ひとつで何をいっているの?感が強く出すぎちゃうんですよ。でもそれを山﨑さんが、何かを伝えたいという気持ちから振り絞って出た言葉をきちんと表現してくださって……。そしてそれを意味は分からないけれどその思いを受け取れる娘を蒼井さんが演じてくれて。あのシーンは本当によかったし、いいものが撮れたなと思いました。

映像と文字は表現の仕方が違うんですね。

映像にしたとき、想像できていることや言葉で説明できていることを形にするのは特に面白くならないんですよ。ニュアンスや思い、そこに漂う空気など、言葉では伝えることができないところまでを表現できるのが映像の強さですから。あのシーンは、映像が成立すれば文字よりもとてつもなく面白くなるシーンだと思っていました。そしてそれを成功させる、あの2人はお見事でしたよ。

作中の家族を本物にするため、毎回“家族づくり”を行っています

©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

中野監督の作品といえば絶妙なキャスティングも特徴のひとつ。今回も、記憶を失っていくという難しい役を演じた山﨑さんをはじめみなさんの演技が光っていました。

山﨑さんに関しては、本当に縁があったなと思います。オファーを出したときにすでに原作を読まれていて、映像化されるなら僕のところに話がくるだろうとおっしゃっていたらしいんです。そんな“この役はできる”と思っている方のところにオファーを出せるのは縁でしかないです。それを引き当てたというだけ勝っていましたね(笑)。そして演技は本当に素晴らしくて……。事前にしっかりと話をすることができたので、現場では僕が何かを注文するというより何を見せてくれるのですか?という楽しみの方が大きかったです。そのような感覚は蒼井さんも同じで。脚本を読み解く力がすごくあり、似ているな~と思いながら演出していました。そして長女を演じた竹内結子さんは、蒼井さんとは対照的な魅力を発する役者さんにお願いしたいと思いオファーさせていただきました。凛としながらもかわいらしい、ステキな長女になっています。

そんな家族をまっすぐにそしてかわいらしく見守っていたのがお母さん。松原智恵子さんの演技もかわいらしかったです。

松原さんは想定外でしたね。脚本では、もっと飄々としているお母さんのキャラクターでした。ただクランクインしてみたらどうもハマらなくて……。松原さん自身も書いてあることを上手にやろうとしてくださっていてどこか窮屈そうだったんです。実は現場では、松原さんは竹内さんと蒼井さんとで三姉妹のように僕の目に映っていました。それも、松原さんが三女にです(笑)。そのかわいらしさを活かせればと思い、プランを考え直して今のような形に。そうすることによって、お父さんのことを少女のように愛しているお母さんになりました。

そんな俳優陣が本当の家族のような温かい空気を醸し出していましたが、中野監督は作品の中で“家族”を生み出すために行っていることはありますか?

実はクランクインする前に、“家族をつくる”行事を行います。それは作品によって違って、『湯を沸かすほどの熱い愛』のときは母親役の宮沢りえさんと子どもたちで毎日メールをしてもらったりしました。今回は、お父さんの70歳の誕生日会にお母さんが「お父さんは認知症ですよ」と言って娘たちが驚くところから物語が始まるのですが、この家族らしさを出すためにも認知症になる前の誕生日会を知らないと芝居をやりづらいのでは?と思い、67歳の誕生日会をやりました。半分親睦会でもありましたが、料理やケーキ、劇中で出てくる三角帽も用意して誕生日会という形で行いましたね。そうやって空気をつくっていくと初日からその雰囲気はちゃんと出てくるんですよ。プロだからそのようなことをしなくても役になれるのですが、見えない大事なものを撮りたいと思っているので。それを引き出すために“家族づくり”は大事だなと思っています。

監督は人々のポテンシャルの高いモノを引き出すのが仕事

作品をつくり上げるための空気づくりや俳優の適性に合わせた事前プランの変更など、中野監督らしい映画づくりがあると思いますが、中野監督にとって監督とはどういう存在ですか?

色んなタイプの方がいると思いますが、僕はみんなが一番やりやすい方法の“土台”を考えてつくるのが監督の仕事だと思っています。だから初日から作品の世界に入りやすいように“家族づくり”をしているんです。当たり前ですが現場にはスタッフをはじめ俳優陣がいてその人たちがどれだけポテンシャルの高いものを出してくれるのか、それを引き出すのが仕事だと思っているので。

クリエイターとして大事なことは何だと思いますか?

いくつもありますが、僕が大切にしていることは「自分を疑う」こと。全部自分が正しいと思ってつくっていても面白くないんですよ。違うよと言われたときにちゃんと耳を傾けられるのか、それが大事かなと。そうしないと自分の想像だけの狭いクリエイティブになってしまいますから。とくに僕らの仕事は各部署にプロフェッショナルがいるんですよ。せっかくだからその人たちの意見も聞かないと。いいものをつくり上げるためには、1人よりもいっぱいの方がいいに決まっているじゃないですか。もちろん曲げない自分の信念を持ちながらですが。

そうやっていろんな人とつくり上げたものは思ってもみない素晴らしいものになっている可能性もありますよね。

化学反応が楽しいですから。やっぱり自分の想像を超えたときが一番興奮します。僕は自分で脚本を書くのですが、実は脚本の段階で頭の中で演出をしていて、映像はほとんどできあがっているんですよ。そしてそれを超えることはなかなかない。だって自分が考えていることを形にしているわけですから。でも、心を閉じずみんなの意見を聞いていくと、それを超える瞬間があります。自分の想像を超えたものが撮れたときはたまらない。今回の『長いお別れ』もそういうときが何度もありました。

取材日:2019年5月15日 ライター:玉置 晴子 撮影:(スチール)橋本 直貴

 

『長いお別れ』

©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

作品紹介欄 『長いお別れ』
監督:中野量太
原作:中島京子
脚本:中野量太、大野敏哉
エグゼクティヴ・プロデューサー:豊島雅郎
出演:蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山﨑努
北村有起哉、中村倫也、杉田雷麟、蒲田優惟人
配給: アスミック・エース
©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

ストーリー
父の70歳の誕生日。久しぶりに帰省した娘たちに母から告げられたのは、厳格な父が認知症になったという事実だった。 それぞれの人生の岐路に立たされている姉妹は、思いもよらない出来事の連続に驚きながらも、変わらない父の愛情に気付き前に進んでいく。 ゆっくり記憶を失っていく父との7年間の末に、家族が選んだ新しい未来とは――。

プロフィール
映画『長いお別れ』監督
中野 量太
1973年生まれ、京都府出身。2000年、日本映画学校の卒業制作『バンザイ人生まっ赤っ赤。」がTAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。その後、映画の助監督やテレビのディレクターを経て、『ロケットパンチを君に!』(2006年)、『琥珀色のキラキラ』(2008年)などを監督する。2012年、自主長編映画『チチを撮りに』を制作すると、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞するなど一躍注目を集める。2016年に商業長編映画『湯を沸かすほどの熱い愛』が公開。日本アカデミー賞主要6部門を含む合計14の映画賞で計34部門の受賞を果たした。独自の視点と感性で“家族”を描き続けている。

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