映像2022.04.06

「想いのバトンタッチを描きたい」瀬々敬久監督が重松清の名作『とんび』を阿部寛×北村匠海で映画化

Vol.38
『とんび』監督
Takahisa Zeze
瀬々 敬久
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瀬々敬久(ぜぜ たかひさ)監督が、いつの世も変わることのない親子の絆を描いた重松清の小説を映像化した『とんび』。
幼いころに両親と離別し家族の愛を知らずに育ったヤス(阿部寛)は、昭和30年代の高度経済成長期、息子のために運送業者で必死に働く。妻の事故死によりようやく手にした幸せが崩れ悲しみに沈むヤスだったが、叱咤激励をする街の人々の力を借りて息子・アキラ(北村匠海)を育てていく。
これまでに2度TVドラマ化された不朽の名作を映像化するにあたり感じたこと、クリエイターとして大事だと思うこと、今後の展望などを語っていただきました。

映画ならではの構成を見つけることで新たな『とんび』を描く

原作は、二度もTVドラマ化されている重松清の小説「とんび」ですが、どのような印象をお持ちでしたか?

人情話的というか、誰しもが親しく読める国民文学に近いと感じました。そのうえ群像が素晴らしい。本来はヤスとアキラの話ですが、2人だけではなく登場人物の誰を取り上げても主人公になれるくらい一人一人がよく書き込まれています。その中でもやっぱり印象的なのは、海雲(麿赤兒)、照雲(安田顕)というお坊さんの親子。“人間は生まれて、生きて、死ぬ”という仏教的なテーマさえもどこか感じられるというか。小難しくはないですが、説法のように小説が成り立っていて、非常に大きな物語性を感じました。

重松清さんの小説は昔から読まれていらっしゃったのですか?

同世代であり、育った土地も干拓地があったりする同じ瀬戸内地でどこか似ているので、自分と近しいものとしてずっと読んでいました。
最初に読んだのは97年に出版された「ナイフ」(新潮社)です。「ナイフ」は人を殺すことはどうして悪いことなのか?というテーマで書かれており、自分自身も興味があったテーマで面白くて一気に読みました。
また「疾走」(角川書店)という映画化もされた小説には、少年少女が開拓地を走るシーンがあり、私自身の地元の風景を彷彿させて感情移入して…。いつかは重松さんの作品を映像化できればと思っていました。

映画は小説とはまた違った構成になっていますね。

ヤスとアキラの数十年の物語とヤスが昭和最後の年に上京してアキラと会う1日を並行して描写しています。この独自の構成は映画ならでは。フラットに年月を追っていくだけではちょっと冗長になるかと思いましたし、映画は文学とはまた違うので。2つの時代が流れることで映画ならではの見せ方ができるんじゃないかと、単なる小説の焼き直しだったらつまらないわけで。この構成を思いつかなかったら映画にはなっていなかったと思います。

人と人との関わり合いの大切さをあえて今、感じてほしい

物語は高度経済成長期が舞台。人々の関係が密接だった時代の物語をあえて今、映画化する事に関して、どのように思われましたか?

今は、「地縁」と呼ばれるいわゆる共同体みたいなものがどんどん失われている時代。昔は子育ての仕方も隣近所の人が教えてくれたけど、今ではネットで検索するなどして、地域の人が周りの人を助けるという関係が失われています。
ただコロナ禍により個が重要視される世の中になってあらゆることを自分でやらなければ仕方がないと思う一方、人と人のつながりや人が人を助けることの大切さを改めて感じていて…。僕たちはもう一度、人とのつながりを再確認していくことが大切だと感じました。この映画を見て、考えていただきたいです。

今回、ラストシーンには小説では描かれなかった“今”が映し出されています。

ヤスは今の時代にいたらパージされてしまうと思うような人物で。そのようなヤスが生きていた時代だけではなく、“今”を描くことで想いのバトンタッチをしたいと映画独自のラストシーンをつくりました。アキラの息子が「おじいさんって幸せだったのかな?」と聞くのですが、そこが非常に重要で。家族への愛情や人への思いやりの大切さが次の世代につながっていくことを伝えられたらと思っています。

人とのつながり、世代のつながりが描かれているんですね。

インターネットによるダイレクトではないつながりが発展している今、ある意味、みんながつながりを求めているんじゃないですかね。現実的なつながりがなかなか厳しい時代の中で、ネット上でもいいからつながりたいと思っているというか。やはり人間、孤独では生きていけないところがあるはずなんで。今回、映画で人と人との感情のふれあい、世代のつながりを改めて感じていただきたいです。

阿部寛さんの爆発力と北村匠海くんの受ける芝居で唯一無二の親子が生まれた

主人公のヤスを演じた阿部寛さんの演技はいかがでしたか?

僕はあまり細かく演出しないタイプで、基本放任主義なんですよ。そういうことで好きなようにやってほしいと伝えました。改めて演技を見ると、阿部さんは爆発力がすごい。俳優さんが感情の高ぶりをつくるには、ある程度、段取りと助走が必要だったりするんですよ。そのために僕たちはいろいろ準備をしたりして…。阿部さんは段取りを必要としないくらい、一切の助走なしでそのとき感じたことを爆発できる。すごいと感じました。

阿部寛さんとは前作の『護られなかった者たちへ』(21年)など、何度もタッグを組まれていますよね。今回の印象はいかがでしたか?

『護られなかった者たちへ』に関して言うと、阿部さんは絶えずフラットな立場でいました。佐藤健さんという主演がいたので今回とは役割が違うというか…。相手の演技に合わせるというスタンスだったと思います。いわゆる“受ける”芝居。対して本作では阿部さんが中心。阿部さんからすべてが発せられるという立場なので、準備段階から作品に対する立ち向かい方が違いました。衣装のズボンの丈を何度もやり直すなど細かい部分まで役へのこだわりを感じたというか…。俺が引っ張っていくぞという座長感がありました。対してアキラを演じた北村匠海くんは受ける芝居でした。阿部さんの剛速球をきちんと受けていましたよ。

阿部寛さんと北村匠海さんの2人でつくった親子像が年を重ねるごとに変化していくのが魅力的でした。

時代が変わっていくことで2人の関係性が変化していきます。北村くんが演じるアキラは、登場時は思春期なので父親に対する反発があります。年をとることで徐々に反発することの気まずさに変わり、社会的な経験もして父親を超える部分もあると感じてきたりして…。そういうアキラの変化を北村くんは理解して見事に演じていた。素晴らしかったです。またヤスを演じた阿部さんも同じ。だからこそチャーミングで愛らしいという共通点のある親子をつくりあげてくれたのだと思います。

他人の意見を取り入れて自分の世界を広げていくことが大事

監督は大学卒業後にピンク映画を多数制作していた獅子プロダクションに入られていらっしゃいますが、最初にピンク映画からキャリアをスタートしたのはなぜですか?

見るのが好きだったというのはありますが、僕が20歳くらいのころは、日活ロマンポルノやピンク映画は結構、作家主義的な映画が多かったんですよ。予算は安いですけど、セクシーなシーンをつくれば後は好き勝手つくれるみたいなところがあって(笑)。非常に実験的で、刺激的な面白い映画がたくさんつくられていました。
また、滝田(洋二郎)さんや周防(正行)さんら若い監督も次々と生まれていて、どこか若い人が集まる場所でした。ピンク映画は3年助監督やれば監督になれるって言われて。早く監督になりたかった僕にとっては大変ありがたかったです。ただ助監督をやっているその3年は酷かったです(笑)。例えば電話を取るときに借金取りからの連絡かもしれないので社名を名乗るなと教わったりと、今思うとめちゃくちゃ。そして給料も安い。僕は30歳前には監督になりたいと必死で、なんとか29歳で監督になれました。
今でもあの時代には戻りたくないな(笑)。それくらいツラすぎる20代後半でした。

ツラい時代が今の監督をつくったのですか?

ものをつくる上で大事なのは場所と仲間だと思います。そこに行けば誰かと会えて、何かが生まれる場所。人がつながれる場所なら、飲み屋でも何でもいいんです。当時は制作プロダクションがその場所だったと思います。多分、それ以前は撮影所だっただろうし、2000年くらいからは映画学校がそういう役割も担っているんじゃないでしょうか。場所については時代と共に変化していますが、やっぱり1人ではつくれないと思うので…。
自分自身そうですが、自分の好みの中でつくってしまいがちです。それは非常に楽しいかも知れないけどやはり限界がある。だから、違うタイプの人と出会い、その人が介入することで作品は変化していきます。人と出会うことで刺激を受け、新しい世界を見つけられると思います。

監督は、今回の『とんび』だけではなく『ヘヴンズ ストーリー』(10年)などの作品で“生と死”を描き続けていますが、いつ頃から“生と死”に興味を持たれるようになったのですか?

昔からだと思うんですよね。90年代くらい、フジテレビのドキュメンタリー番組「NONFIX」にピンク映画の監督として取材を受けて、このあいだ見直したんですが、そこですでに「死ぬのが怖い」と言っていて。まぁ子供のころから怖かったんですよ。死んだ後の世界を想像して夜眠れなくなったり…。死んだ後の世界って自分はいないわけじゃないですか。それなのに時間は永遠に進んでいく。それってどこか気持ち悪いと感じ、不安になっていくというか…。別に身近な死を経験したわけではないのにそのことで頭がいっぱいになったりして、変わった子供でしたね。その漠然とした謎を今も追求している所はあるのかもしれないです。
『とんび』でもヤスという人物が生きた時代とアキラの時代、そしてその次の世代の時代を描きたいと思いましたし、やっぱり根底は変わっていないです。死んだ後の世界、自分はいなくても想いのバトンタッチは残っていく……。死を超えるものがあるとしたら想いしかないんじゃないかな。とはいえ答えが出ることではないし、そのときの感じたことを撮っていけたらとは思っています。まぁさすがに年を重ねたことで子供のころより死が怖いとは思わなくなりましたけど(笑)。

精力的に作品を生み出されていますが、今後、描きたいことを教えてください。

『とんび』のような商業映画を撮る一方で、『ヘヴンズ ストーリー』や『菊とギロチン』という自分たちの撮りたいものを仲間でつくっているインディーズ系の映画があって。年齢的にも働けるのは10年あるかないかと思うので、あと1本、インディーズ系の映画をつくりたいです。
ものをつくる初期衝動というのは、自分が見たいものをつくるところからからきていると思うんですよ。そこに立ち戻りたいというか。一般性がないものだったりするのですが、それでも突き通したいという気持ちがあります。

取材日:2022年2月17日 ライター:玉置 晴子 スチール:橋本直貴 ムービー撮影・編集:村上 光廣

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『とんび』

ⓒ2020「とんび」製作委員会

4月8日(金) 全国劇場公開

出演:阿部 寛 北村匠海 杏 安田 顕 大島優子
濱田 岳 宇梶剛士 尾美としのり 吉岡睦雄 宇野祥平 木竜麻生 井之脇海 田辺桃子 田中哲司 豊原功補 嶋田久作 村上 淳
麿 赤兒 麻生久美子 / 薬師丸ひろ子
原作:重松 清「とんび」(角川文庫刊)
監督:瀬々敬久
脚本:港 岳彦 音楽:村松崇継
配給:KADOKAWA イオンエンターテイメント

ストーリー

日本一不器用な父と、 皆の暖かい手で、僕は大人になった―
これは、僕の<家族>の物語。

日本一不器用な男・ヤスは、愛する妻・美佐子の妊娠にも上手く喜びを表せない。幼い頃に両親と離別したヤスにとって、“家族”は何よりの憧れだった。時は昭和37年、瀬戸内海に面した備後市。アキラと名付けた息子のためにも、運送業者で懸命に働くヤスだったが、ようやく手にした幸せは、妻の事故死によって脆くも打ち砕かれる。悲しみに沈むヤスだったが、人情に厚い町の人々に叱咤激励され、彼らの温かな手を借りてアキラを育ててゆく。
時は流れ、高校3年生になったアキラは、東京の大学を目指し合格を勝ち取る。だが、別居の寂しさを素直に伝えられないヤスは、「一人前になるまで帰って来るな!」とアキラを突き放す。そして昭和63年、久々に再会したヤスと大人になったアキラだったが──。

主題歌:ゆず「風信子」
公式HP:https://movies.kadokawa.co.jp/tonbi/
2022/日本/カラー/ビスタ/139 分
©2022『とんび』製作委員会

プロフィール
『とんび』監督
瀬々 敬久
1960年生まれ、大分県出身。大学在学中に自主映画を監督。卒業後、向井寛主宰の獅子プロダクションに所属し、ピンク映画の助監督として活躍。1989年、『課外授業 暴行』で監督デビューし、ピンク大賞新監督賞を受賞。『RUSH!』(01年)や『感染列島』(09年)など話題作を数多く監督する中、自主映画『ヘヴンズ ストーリー』(10年)を制作し、第61回ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞、NETPAC賞の2冠を獲得。『アントキノイノチ』(11年)で第35回モントリオール世界映画祭イノベーションアワードを、『64-ロクヨン-』前編(16年)で第40回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。クラウドファンディングにより『菊とギロチン』(18年)を手がける。その後も『糸』(20年)『護られなかった者たちへ』(21年)など次々と発表。『ラーゲリより愛を込めて』(22年公開予定)の公開が控える。

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