映像2022.03.03

『ブルーサーマル』橘正紀監督がチームワークで作った青い空~雲によって四季を表現しています

Vol.37
『ブルーサーマル』監督
Tachibana Masaki
橘 正紀
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橘正紀(たちばな・まさき)監督が、グライダーに青春をかける空に恋をした大学航空部の学生たちを描いた青春アニメ映画『ブルーサーマル』。 大学1年生の都留たまき(堀田真由)は、入学早々グライダーを傷つけてしまい、その弁償から体育会航空部の雑用係をすることに。サークル活動や恋愛などで充実した“普通の大学生活” に憧れて上京してきたたまきはかけ離れた環境に不満を抱くが、グライダーで初めて空を飛び立った瞬間、一面に広がる空の美しさに魅了されていく…。 ダイナミックな映像表現と豊かな心情描写が人気の橘正紀監督が手がける劇場版アニメ。アニメ監督の仕事について、美しい映像のつくり方、クリエイターとして大事にしていることなどを語ってもらいました。

スポーツを描くだけにリアルさとフィクションのバランスが大事

原作『ブルーサーマル ―青凪大学体育会航空部―』(新潮社バンチコミックス)を読んだときの感想を教えてください。

航空部という一風変わった部活動に入った主人公のたまきが周りを巻き込みながら“自分の居場所”を見つけるためにもがく姿を、明るくて爽やかなタッチで描いた等身大の物語だと思いました。

原作は5冊もあり、話数が多いテレビシリーズではなく、劇場版で収まるかどうか少し悩みましたね。どこかを圧縮しないと入らないのですが、たまきの成長物語でもあるので、順を追っていくことも必要で…。

グライダーの免許を取得して新人大会に出てと、段階を踏んでいく必要があるので、そこはグライダーの監修で入っていただいた丸山毅さんと原作者の小沢かな先生にいろいろ教えていただきました。どうしたら物語として嘘をつかずに成立するのかを考えましたね。

大学の航空部を舞台に「グライダー」という実際の競技を扱っているだけに、リアルさも必要だったのですね。

スポーツなのでルールから逸脱してしまうとちょっと違うなと思って…。そこがズレてしまうと引っかかって話には入れない人も出てくると思うんですよ。グライダーはエンジンが付いていないこともあり、競技自体が少し地味なんです。安全に飛ばなければいけないため、空中タイムトライアルの連続のエアレースであるレッドブル・エアレースみたいにものすごいスピードを出すこともできないし、ルール上、航空機自体があまり接近してもダメ。とはいえ物語としては見せ場も必要。スポーツとフィクションのバランスにはかなり気を使いました。できるだけ双方のいい着地点を見つけながら、エピソードを選んでいった感じです。

物語の面白さだけを取ってリアリティを失っても意味ないですし、どこを描くのかを選ぶことは大変ですね。

基本、物語としてたまきのひたむきさがみんなを助けていくという軸はズレないようにしようと思いました。もちろんグライダーも主人公のひとつですが、あくまでもメインはたまきのドラマにしなければならないので。まずはドラマをきちんと描きつつ、ディテールで物語に深みを持たせていった感じです。

主人公“たまき”が中心のドラマであることを忘れず1本の映画に仕上げました

監督としてアニメを作る上で最初に考える事はどのようなことですか?

人によって、作品によって違うと思いますが、僕は自分で演出をしたり、絵コンテを描いてキャラクターを動かしたりするのが好きなので、今回は天真爛漫なたまきをどう動かしていこうかを考えました。

飛ばしたり、跳ねたりさせてイメージを膨らませていくというか…。

今回の主人公たまきはキャラクターとしてはとても魅力的なんですが、実は家庭環境が意外と複雑だったりするんですよね。その部分をどうチョイスして1本の物語にしていくかは、最後まで苦しみながら作った気がします。

以前、テレビシリーズで「ばらかもん」(14年、日本テレビ系)という作品を監督したのですが、このときは主人公が成長していくように、原作にあるエピソードを入れ替えて整理していったんですよ。今回も、たまきのキャラクターをわかりやすくするために取捨選択をして。この作品はたまきが中心のドラマであることを忘れないで作っていきました。

「ばらかもん」はテレビシリーズですが、今回は劇場版なので2時間弱の物語。そのあたりの違いはありましたか?

テレビシリーズだとやはり時間をかけて描けますね。漫画『ブルーサーマル』は少し群像的な一面があって、たまきだけの話で物語がすすむのではなく、父親や姉、ライバル大学の羽鳥についても細かいエピソードが盛り込まれているんですよ。映画でそういったたまき以外の物語を入れすぎると物語がたまきから離れてしまうので今回はあえて盛り込んでいません。やはり物語の中心はたまきなので。映画は時間の制限もあるので、あくまでも中心はたまき一人にしています。
見終わった後、爽やかな気持ちになって劇場を後にしてほしいという目標を作りました。たまきの純粋さやピュアさにみんなが浄化されていくことを伝えたいです。彼女のようにプラスに考えていくと自然と周りも良くなることがあるんだよと。そういう思いが広がっていけば世の中、幸せになると思うので。

あくまでもたまきの物語に徹したのですね。そんなたまきの声を担当した堀田真由さんの声のお芝居はいかがでしたか?

たまきは田舎から出てきた素朴でどこかぼけーっとしている部分がある女の子です。その雰囲気が堀田さんとうまくあった気がします。今回、声のお芝居は初めてとのことでしたが、とても上手でしたね。まだ絵コンテの段階で、こちらがこうしてほしいとお願いするとイメージ通りの声を出してくれて。無茶振りもしたんですが、すぐに対応してくれて本当に素晴らしかったです。堀田さんの媚びを知らない、素直な感じがたまきそのものでした。

美しい風景を描くために細かく採寸して3Dに落とし込みました

ディテールといえば、空の描写が繊細で本当に空を飛んでいるような気持ちになりました。

美術監督の山子泰弘さんのおかげです。非常に緻密な背景を描いてくださったんですよ。この作品は空が舞台ですから空で季節感を出さなければならなくて、最初にそこを話しました。空で季節感を出すには雲が大事です。夏には入道雲や湿気を含んだ大きな塊の雲が、秋には霧みたいな薄い雲など、雲の形で季節を再現してもらいました。アニメーションってえんぴつでレイアウトを書くことが多いのですが、曇ってえんぴつでは表現できないんですよ。もくもくした、いわゆる雲の形を書くくらいで、リアルな雲はレイアウトの段階では書けない。そうなるとやはりは美術さんの力が重要で、レイアウトで書いてあるところにリアルな雲を置いてもしっくりこないから、位置もいろいろお任せして。本当にいろいろなパターンの雲の種類を書いていただき、リアルな空ができあがりました。とくにたまきが最初にグライダーの体験飛行で最初に空を飛んでいくシーンでは、空の雄大さに驚く素直な気持ちに共感してもらえたんじゃないかなと思います。

今回は主人公たちの服装もシンプルなつなぎで、舞台も空と土手で、季節感を出すのは本当に大変だったんですね。

そこは少し悩みましたね。草と空しかないみたいなシーンも続きましたし。雲以外で季節感を出すのは植物くらいでした。花や芝の状態、同じ緑でも色の深さなど、たくさん相談しながら決めていきました。

今回、実際に大学生たちがグライダーの練習をしている場所があるので、そこを舞台にしています。取材に行って、それこそ滑空場とか合宿所とかは巻き尺とレーザーポインターで採寸して、細かく計って、備品から何から3Dで再現しました。正直、土手なんてどこまで効果があるのか最初は疑問でした。最終的にはきちんと計ったことで作品全体のズレが出ず、よりリアルになりました。写真は山ほど撮りましたね。利根川の奥には街があり、飛んだときはその街が見えるので街も忠実に描いたり…。実際にあの場所を知っている方にとってはかなりリアルだと感じてもらえる気がします(笑)。

そこまで忠実に再現することはよくあることなのですか?

さすがにレーザーポインターを使ったりすることはあまりないですね。実は3Dモデルで建物とかを作るのは実はもろもろ予算がかかっちゃうんですよ。
アニメは自分の見せたいアングルを割と自由に決められるのが利点のひとつなので、絵が描ける人は手で描いた方が絶対にレイアウトがビシッと決まる。いろいろな人に仕事を振っていくときには、3D化しておくとズレがなくてスムーズに進みやすいこともあります。いろいろな人が介在すると、物の高さがバラバラになって通しで見たときに違和感のある画になってしまうこともあるので。今回は細かく計って3D化したことがすごく正解でした。これによりとても美しい舞台を作ることができました。

3Dモデルを使うことは監督が注文したことなんですか?

いや、僕は手書きでいいかなと思っていました。まだ絵描きの絵を信じている部分があるというか(笑)。ただアニメーターの手書きの絵だと直す量が膨大でかなり苦労はするんですよね。今回は、山子さんが決断してくださって本当にありがたかったです。スタッフのみなさんの知恵と力が合わさって作品が作られていることを改めて感じました。

演出助手として経験していたことが演出家になっても活かされています

そもそも監督はどうしてアニメーション監督を目指されたのですか?

子どものころからアニメやハリウッド映画をよく見ていました。父親が好きで、スティーヴン・スピルバーグとかジョージ・ルーカスの映画をよくレンタルショップから借りてきて。何気なく観ていたら、何か物を作りたいという気持ちが芽生えました。『グーニーズ』(85年)はかなりお気に入りでしたね。宮崎駿さんの影響も大きかったです。13歳のときに『魔女の宅急便』(89年)をやっていて、映画っていいなって思いました。

高校生のころに24歳のガイナックスの若手が作った『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(87年)という作品を知り、とても驚きました。自分には一緒に映画を撮る仲間はいなかったですが、若くてもこれほど才能とやる気さえあればクリエイターになれるんだって分かって。そこから映画を作りたいと思うようになりました。最初は、実写とアニメ、どちらでもよかったんですよ。こだわりがなかったというか。アニメの方がどちらかといえば好きだし、いろいろできそうと思い、東映に入りました。

高校生のころは漫画を描いていたと聞いたこともあるのですが…。

部活で描いたりしていましたね。でも撮りたかったのは映画で。もちろん大友克洋さんみたいに、自分で描いて監督もできてしまうパターンもありますが、それはかなりムリな話で(笑)。となると、演出を学ぶのがいいかなって。当時の東映は演出試験というものがあり、会社に居る人なら誰でも試験に参加できて、渡されたシナリオでいい絵コンテを上げて合格したら演出家になれたんですよ。それが魅力的だったのですが、僕が入ったときにはそのシステムが一旦凍結になり、試験を受けられず2年ほど演出助手をすることになりました。

演出助手から演出家へ移行は順調でしたか?

僕は早く演出になりたかったんです。あるスタッフが東映動画を辞めると聞いて、その人に演出をやりたがっている演出助手がいることを外で宣伝してくださいとお願いしました(笑)。そこからはトントン拍子でしたね。2週間後くらいに話を聞いてくれる監督さんが現われたり…。とはいえ、そのときの僕は演出助手として演出家を見てきて、仕事についての知識は学んだんですけど、当たり前ですが実績はないんですよ。

そうなったらできることをするしかない。絵コンテを描いてきてと言われたら、1週間で仕上げるなどスピードで勝負しました。そこからそれなりに結果を残して評価をもらっていって、演出家としてキャリアが始まった感じです。そして長かったと思っていた演出助手としての2年間の経験は、かなり有意義な経験だと気づかされました。いろいろな人と関わり、どうやって仕事を動かしていかないと次のセクションが詰まっちゃうとか、演出の基礎となる大切なことを学んだ感じで、演出助手としての経験があるから今があると思います。

改めて、クリエイターにとって大事なことは何だと思われますか?

いっぱい経験することだと思います。例えば何かショックなことがあったり、何かの反動で爆発させた気持ちの表現の仕方って、自分の経験からしか出てこないと思っていて。自分がフラれたときにどう落ち込んで、何を言われて振り切れたのか…など、ツラい当時の思いや行動はすべて絵コンテに活かされていきます。例えば落ち込んで悲しんでいるときに橋をとぼとぼ歩くのって表現としては少し凡庸じゃないですか。そういうとき、自分はどうだったのか、そのストックが自分の中にあるのって本当に強みになると思うんですよ。そしてその自分の中から生まれたものが多くの人に共感してもらえると最高です。自分の心の中にあるアイデアの引き出しをいっぱいにしていくことが大切だと思います。アイデアの選択肢は経験からしか出てこないので、世の中のことをいっぱい知って、いろいろなところに出かけて、いろいろなことをする、これが大事です。

あとは、映画を100本観るより、好きな映画1本を何度も観る方がいいと思っています。自分の琴線に触れたものからテクニックを学ぶのはもちろん、いいと思ったシーンをロジカルに見つめていくと、何か方法が見えてくると思いますよ。

取材日:2022年2月17日 ライター:玉置 晴子 ムービー撮影・編集:村上 光廣

『ブルーサーマル』

© 2022「ブルーサーマル」製作委員会

3月4日(金)公開

“ブルーサーマル”とは、青空の下で発生する上昇気流のこと。 うまく乗ることができればグライダーをより高く押し上げてくれる。まさに、“つかまえたら幸せになれる風”だ。 そんな奇跡のような上昇気流を求めて空を旅する大学生の、青春アニメ映画が誕生! 映画館の巨大なスクリーンが、美しい青空へと姿を変える!

出演:堀田真由 島﨑信長 榎木淳弥 小松未可子 小野大輔
白石晴香 大地葉 村瀬歩 古川慎 高橋李依 八代拓 河西健吾 寺田農
原作:小沢かな『ブルーサーマル ―青凪大学体育会航空部―』(新潮社バンチコミックス)
監督:橘正紀
脚本:橘正紀 高橋ナツコ
主題歌:「Blue Thermal」SHE’S(ユニバーサル ミュージック)
挿入歌:「Beautiful Bird」SHE’S(ユニバーサル ミュージック)
アニメーション制作:テレコム・アニメーションフィルム
製作:「ブルーサーマル」製作委員会
配給:東映
コピーライト:© 2022「ブルーサーマル」製作委員会

公式HP:blue-thermal.jp

映画公式Twitter/Instagram:@eigabluethermal

プロフィール
『ブルーサーマル』監督
橘 正紀
1976年生まれ、千葉県出身。1996年より東映アニメーションで演出助手としてキャリアをスタート。Production IG作品「攻殻機動隊S.A.C」シリーズの演出や『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』では絵コンテを担当。着実に実績を重ね、初監督作品となったテレビシリーズ「東京マグニチュード8.0」(08年)では第13回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞。「ばからもん」(14年)、「プリンセス・プリンシバル」(17年)、映画『プリンセス・プリンシバル Crown Handler 第1章』(21年)などを監督。

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