デザインが社会の役に立ったり 社会を変えて行くためには 経営とうまくリンクすることが重要

Vol.87
株式会社エフインク 代表取締役社長 萩原房史(Fusashi Hagihara)氏

クリエイター同士でよく語られる「ブランド・デザイン」。製品やサービスだけでなく、企業としての在り方や個人など、様々な場面で「ブランド・デザイン」が求められている。

今回は私達が日頃よく目にする、数々の有名ブランドを立ち上げてきたブランド・デザイン・ファームとして知られる、株式会社エフインクを訪問。 「ブランド・デザイン」のいまについて、代表取締役社長の萩原房史さんにお話をうかがった。

ブランディングプロジェクトを通じて具体化された夢 「ブランドを包括的に創り上げるサービスを提供したい」

特典映像

萩原さんが株式会社エフインクを設立されたきっかけは?

昔、CI(コーポレートアイデンティティ)ブームというのがありましたよね。株式会社エフインクを設立する前は、CIのコンサルティング会社で数年間、アートディレクターとしてプロジェクトに参加していました。そこではCIの神様といわれる米国のグラフィック・デザイナー/ソウル・バスや、ドイツのインダストリアル・デザイナー/ルイジ・コラーニ、ハンス・ムートと一緒に活動していました。

この頃CIは社会的に注目される一方で、CIのノウハウを持った会社は珍しかった。そのためひとつの企業で10億円の予算がつくプロジェクトもありました。会社の社名・理念・コンセプトなどを見直し、企業のアイデンティティを創っていく仕事です。

こちらの会社で様々な経験をする中で、だんだん腑に落ちないというか、もっとこうしたらいいのにという気持ちが湧いてきました。本来企業はCIをきっかけとして、多くの人達に新たな価値を提供しながら変化していくものだと思うのですが、CIプロジェクトの発表がゴールになっているように感じたんです。

メーカーなら商品、飲食業の場合は店舗空間や味、それらを複合的に設計しないときちんとしたブランドにはなれません。ブランドを包括的に創り上げるサービスを提供したいと思い、1990年、私が27歳の時に株式会社エフインクを設立しました。会社設立前に、都市開発や設計に携わる会社の立ち上げに3年くらい参加する機会があり、CIのノウハウと建築・空間設計を融合させる経験もできました。

伝統的なお寺で、未来の夢を描いた子供時代。

CIやブランディングは「社会に貢献するためのデザイン」という目標の答えでもあったのですね。萩原さんの子供時代はいかがでしたか?もともと表現に興味があったのでしょうか?

ずっとデザイナーになりたいと思っていました。デザインが社会の役に立ったり、社会を変えて行くためには、経営とうまくリンクすることが重要ですよね。経営とデザインをどう調和させていくのか考えたとき、その答えのひとつがCIでした。CIやブランディングは、企業経営や事業戦略をどう形作っていくかということなので、自分のやりたい方向とぴったり合っていました。

子供の頃は、絵を描くのが好きでしたね。私の実家はお寺なので、檀家さんに配る資料用に、大量の紙が置いてあるんです。その紙が自由に使えて何でも書き放題でした(笑)。未来の乗り物など、こんなのがあったらいいなという夢を絵にしていました。ブランディングは事業として未来や夢をどう形にするかということなので、微かにつながっているかもしれませんね。

お寺で黙々と絵を描いている、子供時代の萩原さんのイメージが浮かびました(笑)ところでこれまで手掛けたプロジェクトの中で、特に印象的な事例は?

最近みなさんがよく目にされるところでは、二子玉川の再開発「二子玉川ライズ」のブランディングですね。再開発は地域の方々の合意を得ながら進めるので、長いプロジェクトでした。同じ東急系列では、マンションのBRANZ(ブランズ)も手掛けました。

またドトールの子会社、D&Nコンフェクショナリーの自社ブランド「東京ぼーの」では、商品企画、パティシエさんと味の打ち合わせ、パッケージ、売場の什器設計、プロモーションビデオなど、一貫してお手伝いをしました。こちらは商品企画から売上の実績をつくるところまで関わることができ、とてもやりがいを感じました。

歴史を持つ素材にブランドの力で新しい命を吹き込み、これまで見たことのない商品を創り上げる。

たしかに味わいもブランドの大切な一部。トータルに商品開発に関われるのは、刺激的ですね。いま手がけていらっしゃる新しいプロジェクトについてお聞かせいただけますか?

新しいプロジェクトでは、日本の帆布の7割を創っている倉敷の歴史あるメーカー「倉敷帆布」さんの新商品ブランド「IROKH(イロカ)」(http://www.irokh.jp/)を、株式会社バイストンさんとの合同企画として立ち上げました。ブランディング業務をアウトソーサーとして受けるのではなく、新たなブランドと商品を世に出し、売上の一部を享受しあえるモデルとしての新しい試みです。

IROKH(イロカ)

上(写真2点):IROKH(イロカ)公式ホームページのキャプチャ画像
下:IROKHロゴマーク

IROKH(イロカ)は他の帆布製品ブランドとどう違うのでしょうか?

IROKH(イロカ)はIdentity、Roots、Originality、KURASHIKI-HANPUの頭文字をとりました。これまで帆布バッグは安くて丈夫、ロハスな感じが多かったのですが、IROKHはオーストリッチ、エナメルにゴムのコーティング、ラビット毛皮など、帆布と異素材を組み合わせ、これまでにないものを創りました。パイソン柄を帆布にプリントした、リアルなパイソン風バッグもあります。IROKHのもう一つのラインは、昔から綿産業が盛んだった倉敷の児島地域の海や夕陽をバッグに表現しました。帆布の厚い生地に、グラデーションになるような刺繍を施した新しい試みです。いまはオンライン販売だけですが、ゆくゆくはセレクトショップ系に限定した販売を考えています。

どんな業界のブランド・デザインであっても、クライアントの夢と未来を形にすることは同じ。

お話をうかがっていると、これまで御社が手掛けてこられた実績には、不動産・流通・食品・ IT・美容・医療など、いろんなジャンルがおありですよね。業界によってブランド・デザインへのアプローチは変わりますか?

業界によって変わることはありませんね。共通項がほとんどだと思います。どの業界のクライアントも「商品やサービスを市場に導入することで、お客様に喜んでもらう」ことを考えていると思います。クライアントが描く夢や未来をデザインすることで、お客様(一般消費者)や広く社会に喜びを提供するという点は、どの業界にも共通するところです。 ただそれぞれの業界の習慣の違いはありますね。業界の中だけで物事を考える癖が染みついているクライアントは多いです。だからこそ、そこに違う業界の考え方を取り入れることで、おもしろい発見が生まれることがあります。私達がお手伝いした様々な業種・業態の仕事で得た経験やアイデアが、クライアントのお役に立つこともよくあります。クライアントと深くおつきあいをするほど、その業界の慣習に触れられるのはとても興味深いですね。どんな本を読むよりも、業界の生の声はノウハウになります。

ブランディングは、クライアントごとのオーダーメイド。

これまで多くのブランドを世に送り出してきた萩原さんにとって、ブランディングとはなんでしょうか?

端的にいえば、夢と未来をデザインすることですね。そこで大切にしているのは、クライアントとの共感です。クライアントと私達の共感がなければ、夢と未来は実現できない。クライアントとの共感をベースにブランドを創り、そのブランドが育つ中で世の中に感動をもたらすことがブランディングだととらえています。

クライアントとの共感を創るルールは特にありませんが、敢えて挙げればクライアントをよく理解することだと思います。クライアントを深く理解しないうちに、表現に取りかかることはありません。クライアントと私達スタッフがお互いに理解し合う中で、ふとクライアントが潜在的に持っている夢や未来に気付くことがあります。するとそこからはトントン拍子にプロジェクトが進んでいきます。

クライアントの中で問題が顕在化していない場合は多いですね。「事業の伸び悩みで、会社のシンボルを変えたい」というご相談をいただいても、お話をうかがうと問題は別なところにあることもあります。お客様に支持されるにはどうしたらよいか、企業としてのブランドコミュニケーションを考えたときの答えは、クライアントによって様々です。

私は「ブランディングは楽しくやりたい」といつも思っているのですが、クライアントへのインタビューの中で、見えていなかったテーマが浮き上がってくる瞬間は本当におもしろい。クライアントと一緒に考えながら、最適で無駄のないカスタマイズされた戦略を提供するのが弊社のアプローチです。共通したメソッドはなく、毎回お客様ごとのオーダーメイドです。

ブランディングとは、自分の価値を見つめ直すことでもある。

萩原さんの仕事への飽くなき好奇心や情熱を強く感じました。ところでブランディングにおける課題については、どうお考えでしょうか?

ブランディングという言葉には、様々な理解と解釈があります。みんなが多様なイメージを持ち、異なる意味で言葉を使っていることが、ブランディングをわかりづらくしているのではないかと思います。広告の一環・シンボルを変える・PRで認知を高める・価格競争に左右されないポジションを得るなど、どれもブランディングの一部です。これらのパーツをブランディングと誤解している人が多いようです。

ブランディングとは、自分の価値を見つめ直すことでもあります。ところが自分には必要ないと思っている企業が結構多いんですね。自分の価値を見つめ直し、そこで見えてきた夢や未来に向かって挑み続けることもブランディングです。進行形の「ing」がついているように、ブランディングには終わりはありません。常に変化し続けることがブランディングの課題であり、醍醐味なんです。

企業や製品だけでなく、「文化」のブランディングも手掛ける。

CI同様、ブランディングもスタートであって、ゴールではないということですね。では最後に、これからのブランディングについておうかがいします。

ブランディングへの取り組みには、いろいろありますよね。ブランド・デザイン・ファームには、グローバル企業のブランド価値拡大を専門にしている会社もありますが、弊社はクライアント規模の大小を問わず、実利あるサービスを提供していきたいと考えています。避けることができない経済のグローバル化にブランドとしてどう立ち向かうのかという発想も、たとえ小さな市場でもお客様に支持されるお店をつくるのも、どちらもブランディングです。弊社としては、片方の軸にも偏ることなく、クライアントをサポートできるようになりたいですね。

先程ご紹介した倉敷帆布の事例は、プロダクトブランドとしてのお手伝いでした。倉敷帆布は元々地域ブランドです。倉敷帆布の文化としての歴史や価値を知っていただき、ファンになってもらうために、「倉敷帆布の経緯(経糸と緯糸)の未来」をコンセプトとしたwebサイトを協力企業と一緒に12月末くらいに公開する予定です。今度は「文化ブランド」として、倉敷帆布のお役に立てるのはとても光栄です。日本の素晴らしさを誇れるブランドが、自信を持って活躍するお手伝いができるのは大きな喜びですし、こうした取り組みは今後いろいろなところで必要とされていると思います。弊社としても、今後積極的に活動していきたい分野のひとつです。

取材日/2012年10月25日 取材・文/ぱうだー

Profile of 萩原 房史

株式会社エフインク 代表取締役社長 萩原房史氏

株式会社エフインク 代表取締役社長

CIのコンサルティング会社、都市開発や建築設計の会社を経て 1990年に、F-INC.(エフインク)を設立 以来、ブランド戦略の立案・コンセプト策定からブランドデザイン開発、そして商品やショップデザインなどのブランド体験まで包括的にサポートを行う。

◆F-INC.(株式会社エフインク) http://www.f-inc.com/
 
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