グラフィック2016.04.27

自然の美しさを傘に乗せて 日傘の魅力、絵を描くことへの向き合い方

Vol.126
Coci la elle(コシラエル)  日傘作家 ひがしちか(Chika Higashi)氏
2010年7月から「日傘屋 Coci la elle」というブランド名で活動している、日傘作家のひがしちかさん。ひとつひとつ手描きの絵柄や刺繍を施した、一点ものの「日傘」が評判となり、日傘の新たな価値観をつくりだしています。

2015年からは清澄白河にアトリエ兼ストアをかまえ、日々活動。現在は、日傘の「一点もの」だけでなく、絵や写真をコラージュしたプリント生地で雨傘やスカーフも製作しています。今回は、清澄白河の「Coci la elle」本店にお邪魔して、ひがしさんの表現の根底にある考えや世界観についてお話を伺いました。

 

自分ができるものは何かを考えたとき、「日傘」と出会った

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一点もので丁寧に作られた傘は、どれも素敵でこれまでの傘とは違った独特な世界観を描いているように思えます。

いろんな人がいるように、いろんな傘があっていいと思うんです。実用的な傘だけではなく、アクセサリーとしての傘があっていい。開いたときに「わっ」って楽しんで思ってもらえるような、そんな傘を作れたらと思っています。

「日傘」に出会い、作家となったきっかけはなんでしょうか。

もともと絵が好きでいつも描いていました。長崎の田舎に住んでいて、雑誌をいつも読んでいて、この中のことは全て東京にあるんだと思い、ファッションの道に進もうと上京しました。ファッションについてはさまざまなことを学びましたが、同時に、やはり自分で絵を描いてみたいなと思いました。自分ができることは何か、ずっと模索していました。ミシンや布が使えるので、はじめはTシャツやハンカチ、子供用アクセサリーなども作っていたんですが、どうもしっくりこない。

あるとき、「日傘」を手にしたときに何か相性が良いように思えたんです。それで、傘を学ぶために分解してパーツを調べたり、傘屋さんに電話して傘骨を集めたりと必死になってやっていった結果、少しずつ形になっていったんです。

現在は、ここ清澄白河で活動をされています。

自由に絵が描ける、倉庫みたいなところを探していました。普通の物件だと、壁が塗れなかったり穴が開けられなかったりと、自由に絵が描けるところが少なくて。こちらの場所はもともと倉庫だったこと、あと清澄白河という場所の名前もきれいだと思い、ここに決めました。最初はアトリエ兼住居として、その後2015年からはアトリエ併設のショップとして、日々ここで傘を作ったりいろんな方々に商品を購入していただいたりしています。

お店やブランドの屋号を「Coci la elle(コシラエル)」という名前にした理由は?

手作り感のある名前にしたかったんです。「こしらえる」という言葉が、日本語独特のニュアンスがあって温かみがあるいい言葉だなと思い名前にしました。 ひとつひとつに思いを込めて日傘をつくり、その作り手の思いを感じ取ってもらえたら、と日々思っています。

心を落ち着かせて、丁寧に作る

アトリエの床には、傘に絵を描いた際に飛び散った絵の具の後が残る。

アトリエの床には、傘に絵を描いた際に飛び散った絵の具の後が残る。

仕事や生活で忙しいなか、休みの日の過ごし方など、日々どのように過ごされていますか?

最近、子どもを産んで家のことが忙しいこともあり、一日の時間の使い方を考えるようになりました。例えば、朝の5時位にアトリエで、傘を描いています。朝の、あの匂いや光の感じが好きで。静かで集中して作業できるんです。日中はショップにいて、夕方には家に戻って家事をして、夜の9時から10時には寝るという生活をしています。

絵を描くためにしていることはありますか?

一つだけ、気をつけていることがあります。それは、心がキレイな状態であること、心配していることをクリアにしてから絵を描くことです。もやもやした気持ちのときは描かないです。自分の体調というよりも、気持ちや精神的なものに気をつけています。

それは、もやもやした気持ちで描いて失敗した経験があるからですか?

失敗の経験というよりも、絵を描くことに真剣に向き合いたいって思っているからです。 「日傘」は、白地の傘に下書きなく直接絵の具で描いています。この白地の傘に至るまでに、職人さんが時間をかけて裁断し、縫製して丁寧に作りこんで作ってくださっています。だからこそ、その一本一本を無駄にしたくない。一回一回を本番に、描く絵から出て来るにじみや色合いを丁寧に編み込みながら、いい傘を作ろうと考えています。

一本を仕上げるのにどれくらい時間がかかりますか?

1日に10本以上描くときもあります。描けないと思ったらもう描かない。あとは、メールの返信や机の整理、傘のハンドルやボタン付けなど他の手を動かす作業をしています。

スランプのような時期はありますか。そうした時に、気持ちを落ち着ける方法などあれば教えてください。

描けないのを無理に描こうとはしないです。描けるまで待つ。絵を描くことだけが神聖なものだとは思っていなくて、私の場合は日々の生活や暮らし方、傘を描く行為も全部がつながっているんです。傘を描くときは、純粋に描くことに向き合っています。自然に生活していく中で、そこから出てくる感情や気持ちが絵に表れてくるんだと思います。

「一点もの」で大事にされる傘づくりを

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最近では、日傘だけでなく雨傘やレインコートも商品として販売しています。これらはどのように作っているんですか?

雨傘やレインコートは、はじめに原画を書いてそれをスキャンし、プリントして撥水加工した生地でつくって作っています。たくさんの原画を組み合わせたコラージュが柄になっているものが多いですが、他にも、羽根や特別な生地を使った傘も作っています。私が絵を描いている日傘は描き終わるまで最終形が見えないけど、こうした特別な生地を使った日傘や雨傘、レインコートなどはある程度どういったものを作るか、最終形を事前に作りこんで制作している、というのが大きな違いかもしれません。

スタッフのみなさんと一緒に傘をつくられることもあるんですか?

はい、そうですね。日傘に使う特別な生地の裁断や傘の留めボタン付けなどはアトリエで行っています。みんなで作っているのが楽しいですね。作るときに気をつけているのは、こういうものを作りたいという「初期衝動」を大事にしています。ドアノブがかわいいからこれを付けてみたい、とか、傘が全部羽だったら面白いよね、という純粋なアイデアをきちんと形にしていくことでいいものができると思っています。最初の気持ちからだんだん外れちゃうと、ぜんぜんいいものにならない。同時に、一個一個、丹念に時間と労力をかけているので、完成するのに1週間2週間以上かかることもあります。

「Coci la elle」の作品はそうした一点ものが多いのが特徴です。時間と手間をかけて一点ものを作る思いとは、どのようなものですか。

日傘を作り始めたときから、ずっと考えていたことがあるんです。それは、世の中こんなにモノで溢れているのに、私がモノを作らなくてもいいのでは、というジレンマでした。ビニールで大量に作られた傘は、すぐに捨てられてしまいますし、なかなか愛着も湧きにくい。だったら、捨てられない傘や大事にされる傘、忘れた時にわざわざ取りに帰ろうと思いたくなる傘、壊れたら修理して長く愛着を持って使う傘があったほうがいいし、私が作るんだったらそんな傘を作りたいなと思い、一点ものにできるだけこだわっています。

一人とは違う、チームだからこそできることがある

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活動されて5年ほど経つなか、これからやってみたいものはありますか?

一番は「Coci la elle」というブランドを続けることです。実は、一昨年に会社法人にしたんです。「Coci la elle」という存在と自分で絵を描くということ、ものづくりと絵を描くことのバランスを取っていこうと思ったんです。私が作っているものは商品と作品の間と言えるものだと思います。そのなかで、「Coci la elle」という名前と活動をどう続けていくか。それは個人としてなのか会社としてなのか。日傘に絵を描く作家である自分と会社。そのそれぞれのあり方を今まさにバランスを取りながら考えていきたいと思っています。

会社化することで、1人ではなく組織としても活動できますしね。

それまでずっと個人事業主でやっていて、経理やお金のこと、棚卸しや原価計算といった数字や会計があまり得意ではなく、忙しさに奔走していたんです。

日々忙しいけれども儲からない。気持ちは元気だけど身体は疲れていて何も手を動かせない。手を動かせないから作れないのに、日傘を欲してくれる人はいて。スタッフとして働いていてくれる人もいるなか、どうにかうまいやり方はないのかを考えた結果、会社という選択をしてみたら私には合っているように思えたんです。自分ができないことを人に任せたことで、描くこと、作ることに集中することができるようになりました。

個人の作家として活動することと、会社の人間としてやることで、何か変わったことはありましたか?

個人として作ったり描いたりするものは変わらないと思います。いつでも、一人で作家として戻ることはできるけれども、いまはここでできることをなるべくやっていこうと思っています。会社化して感じることは、たくさんの人が関わっていることでいろんな人の価値観で動く面白さがあると最近感じています。

理想を形にするために、どうするかをみんなで考えることで実現できることがある。 例えば、うちはほとんど残業をしないんですが、それまでは残業が当たり前みたいになっていて。「残業ゼロ」という理想を掲げてやってみたところ、そこに向けてみんながアイデアを出したり新しい取り組みをやってみたりして、本当に実現したんです。みんなでやれば意外とできる、それがすごく面白い。みんなでより良い場所にするために、それぞれで思ったことを意見しながら、より良くしていこうという環境があると思います。

1人ではできないこともみんなでやればできるようになる、ですね。今後は、チームやお店を増やそうとお考えですか?

うちは会社として大きく成長するというよりも、この規模がずっと続くような場所だと思っています。一点ものなので、作るものの量は限られてきます。もちろん量産品も作っていますが、かといって量産品ばかりを売るようなことはしたくない。自分たちができる範囲でできることをこれからもやっていきたいと思っています。

毎日のちょっとした自然をいつも愛したい

気に入ったものをランダムに貼っているという壁。ひがしさんのインスピレーションの痕跡が感じられる。

気に入ったものをランダムに貼っているという壁。ひがしさんのインスピレーションの痕跡が感じられる。

ひがしさんのもとに絵を学びたいと思う人が来たら、どんなアドバイスをしますか?

仕事のことや傘作りで教えられることはあるかもしれませんが、絵を描くことについてであれば、何も学べるものはないと思います。絵は人から学ぶものではないし、私よりも絵が上手な人はたくさんいるはずです。それよりも、絵を描きたいと思う人はどんどん描いていくことが一番の学びになると思います。手を動かして、描きたいという衝動に正直になることです。

あとは、絵を描くだけでなくいろんな所に行ってみたり、いろんな人と話してみたりすることだと思います。若いうちにできることをたくさんして、そのときにしかできない体験を積んでおくことが、その人を作り上げるものになると思います。

絵の参考にしているものや、インスピレーションを受けるものはありますか?

山や川、木々、光などの自然を、私はいつも美しいと感じます。自然が織りなす色にはかなわない。道端にある花を見つけて感動するし、離れて見るのと近づけて見るのでは姿は変わってきます。いろんなものを、いろんな角度からみると発見があって楽しいですよね。そうした意味では、自然が一番のお手本ですね。昨日見た夕日のあの色のグラデーションを出せないかな、とか、昨日茹でた枝豆のグリーンの色、野菜を切ったときの瑞々しい色合い、他にも、赤ちゃんが笑った顔、人にやさしくされたときの嬉しさとか、そうした人の感情から自分が感じた気持ちの色合いを傘に描いていくことができたら、といつも思っています。

毎日のちょっとしたことや発見は、普段忙しいとついつい目に入らなくなったり、忘れてしまいがちですよね。

当たり前のものでいいんです。星が見えるとか、夜が暗い、夜は眠くなるとか。そうしたことが東京だと当たり前でないように思えます。だからこそ、よけいに自然の色合いや変化を感じやすくて、そこに愛おしさがあると思います。それは、田舎から東京に出てきて、それまで当たり前だったものが当たり前じゃないと気づいたからかもしれません。自然の動き、心の声に耳を澄ますことから見えてくるものに、美しさがあるのだと思います。そうした自然を愛でながら、これからも絵に描いていきたいですね。

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取材日:2016年4月8日 ライター:江口晋太朗

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Profile of ひがしちか(Chika Hisashi)

日傘作家・コシラエル主宰。1981年長崎生まれ。日傘をキャンバスに見立てて絵を描いたり刺繍を施す一点物の日傘をつくりはじめ、2010年よりブランド「Coci la elle(コシラエル)」をスタート。翌年より雨傘やスカーフも展開する。独特の色彩感にユーモアを織り交ぜた斬新で詩的な表現で、作品とプロダクトの間の存在感を大事にしながら日常にときめきを与えるアイテムを生み出している。2014年:株式会社 ラ・メゾン・デ・クルールを設立。2015年に清澄白河にアトリエを併設したショップ「コシラエル本店」をオープンした。

Coci la elle(コシラエル) http://www.cocilaelle.com/

 
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