大切なのはビジョンと自分ならではのプラン。『夏へのトンネル、さよならの出口』プロデューサーに聞く映画製作と興行への思い

Vol.202
株式会社CLAP 代表取締役/プロデューサー
Ryoichiro Matsuo
松尾 亮一郎
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©2022 八目迷・小学館/映画『夏へのトンネル、さよならの出口』製作委員会

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©2022 八目迷・小学館/映画『夏へのトンネル、さよならの出口』製作委員会

2016年に映画メインのアニメーション制作スタジオ・CLAPを設立した、アニメーションプロデューサーの松尾亮一郎さん。

アニメ制作におけるプロデューサーは、作品の企画を立てたり、制作費を調達したり、宣伝に深く関わったり、監督をはじめとする制作スタッフをまとめ上げたりと、制作スタジオや現場によって職務が異なります。そのような中で松尾さんはどのようなプロデューサーたらんとしているのか。2022年9月9日に公開を迎える最新作『夏へのトンネル、さよならの出口』の話題もまじえながら、お話をうかがいました。

 

同期の熱意を目の当たりにし、プロデューサーへの道を決意

アニメーション業界を目指した経緯やきっかけは?

この業界に進むきっかけとなったのは、子どもの頃からアニメ好きで、大学でアニメーション作品を制作するサークルに入ったことですね。当時はまだ8mmフィルムで制作していました。

「DAICON FILM」(1980年代初頭に活動していた同人の映像制作集団。庵野秀明監督をはじめ、後のアニメーション業界を牽引する若い才能が多数在籍した)を見習ってプロ顔負けの作品を作りたいよね、と熱意あるメンバーがいました。

入部した頃は「学生の部活動」ならではの気楽さがありましたが、数年して自分が部長になった頃には部員が減って部の存続すら危うくなってしまっていて。人数を確保するため気合を入れてポスターを作り、説明会も行って新入生を集めていきました。

アニメプロデューサーのお仕事を彷彿とさせますね。

この時はまだ必要に駆られてやっていただけで、プロデューサー意識といえるようなものはありませんでした。

 

その後は株式会社マッドハウスに入社されましたが、同社を選んだ理由は?


当時、アニメ雑誌の「月刊ニュータイプ」を読んでいたらちょうどアニメーション制作スタジオの特集をしていて、そこに掲載されていたスタジオぴえろさん(株式会社ぴえろ)やマッドハウス(株式会社マッドハウス)が求人募集もしていたので、応募しました。

いざ入社してみると、りんたろう監督、今敏監督、川尻善昭監督、平田敏夫監督など綺羅星のような方たちが大勢出入りされておられ有能なクリエイターも多く、沢山の影響を受けました。今思い返しても、この会社を選んで本当によかったと思っています。

キャリアのスタートは、アニメーション作品の制作工程におけるスケジュール管理や各部署の橋渡しなどを行う「制作進行」からでした。


大学のサークルでも似たようなことはしていましたが、やはり仕事となるとシビアさが段違いでした。しかも、関わる方たちも年長で、かつ凄腕のプロッフェショナルばかり。どのように向き合っていけばよいか、手探りの日々でした。

自分なりにこうしたい、ああなりたいという思いや目標は常にありましたが、制作進行~制作デスクを務めた最初の7年ほどはあっという間に駆け抜けていったように感じますね。

プロデューサーになられたきっかけは。

2003年から2004年にかけて1年間放送されたTVアニメ「デ・ジ・キャラットにょ」をやり終えたとき、達成感とともに、自分がどこか「慣れ」で仕事をしてしまっているような感覚に襲われました。

「慣れ」で仕事をするのは悪いことだと考えていた?

もちろん、必ずしも悪いわけではありません。ただ、悪い意味で「慣れ」に逃げてしまいやすい自分、迎合しやすい自分をよく分かっていましたので、自分にとって、この状況はあまりよくないなと。

当時はちょうど「30歳の壁」を感じていたこともあり、これからもこの業界でやっていくにはどうしたらよいか、自分がやりたいことはなにかをあらためて考えたら、映画を作りたがっている自分に気が付きました。実写、アニメ問わず映画も好きでしたので。

それを(「デ・ジ・キャラットにょ」の)プロデューサーに相談したところ、当時マッドハウス所属の小池健監督が、アニメーション映画『REDLINE』(2010年公開。アニメーション制作はマッドハウスが担当)のパイロットフィルムの制作を始められるとうかがい、制作進行を担当したあと、別のOVA作品で初プロデューサーを経験し、その後『RED LINE』でプロデューサーとして参加させていただきました。ここから、今につながるプロデューサー業が始まりました。

制作進行からプロデューサーへ進むキャリアプランは、いつから描いておられましたか? 制作進行からは、演出(演出はアニメの設計図となる絵コンテを元に、キャラクターの演技や表情、行動などをアニメーターに伝えたり、各シーンの演出を考案・決定したりする役職)を経て監督、というキャリアをたどられる方も多い印象があります。

マッドハウスでの新人時代は、後に私と『映画大好きポンポさん』を手がける平尾隆之監督や、後に『進撃の巨人』を手がけることになる荒木哲郎監督が同期でした。彼らは根っからのクリエイター気質で、特に荒木監督は「作品づくりをしていない自分は生きている理由がない」というくらいの情熱を持っていました。

それを目の当たりにして、私は彼らと同じ立ち位置を目指すより、彼らを支え、彼らとともに作品づくりをする立場になりたいと感じました。それがプロデューサーを目指したきっかけです。

入社して最初の1ヶ月ほどでその道を見出してからは、いかにして制作デスク、プロデューサーとステップアップしていくかをよく考えるようになりました。

 

プロデューサーを続けて見えてきた、起業への思い

そうしてプロデューサーとなられるも、やがてマッドハウスを離れることになりました。

大きな挫折を味わってしまい、疲れ果ててしまったんです。「しばらく休まなければダメだ」という思いからの決断でした。

そこから半年くらい経った頃、マッドハウスで同期だった平尾隆之監督が、制作スタジオのユーフォーテーブル有限会社で劇場アニメ『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』を手がけており、専任のプロデューサーがいないから頼まれてくれないかという相談をもらって受けることにしました。

立場の上では「フリーランスのプロデューサー」として関わられましたが、マッドハウスでの社員時代との違いは感じましたか?

もちろん何もかもがまったく同じわけではありませんが、そういう「立場上の違い」のようなものは感じませんでした。当時の自分としては「心機一転、河岸を変えてまたがんばってみよう」くらいの気持ちでしたね。

ただ、「(当時の)ユーフォーテーブルが求めるプロデューサー像」と、「私がなりたいプロデューサー像」は違うんだというのは強く実感しました。同じ役職でもスタジオによって職務が異なるのはよくあることで、良し悪しの問題ではありません。その頃は自覚なかったのですが…。私は「自分自身の仕事なのだ」と強く感じながらプロデューサーをしたいのだと自覚しました。

そのような時に、次は片渕須直監督による大ヒット映画『この世界の片隅に』と出会いました。

『この世界の片隅に』は制作費をどのようにして捻出するかというところからのスタートで、まずは資金繰りに奔走しました。片渕監督の作品にかける情熱は本当にすごいものでしたが、制作費が確保できないことにはどうにもなりません。

そうした金策の日々を送るうちに「これはもう、自分で会社をやりくりしているようなものだ」と感じるようになり、起業への思いがどんどん強くなっていきました。

そうしてCLAP設立へとつながっていくのですね。

はい。独立しようと思ったときにふと気付いたのが、「自分のターニングポイントとなる仕事には映画の制作が多い」ことです。

CLAP設立前の10年間ほどを振り返ると、途中で頓挫してしまったものも含めると私は2年に1本程度のペースで映画制作に関わり続けていました。映画を作り続けるのは自分の中でとても大切なことなのだと思い返し、CLAPはアニメーション映画をメインに手がけるスタジオとして設立しました。

 

プロデューサーとしての自分、代表取締役としての自分

CLAPは2016年9月に設立されました。今、代表取締役を務められるうえで、それまでに培ってきたプロデューサーとしてのご経験が活かされている面はありますか?


人を集めてチームを作り…というところだけを見れば、プロデューサーとしての経験も生きていると言えそうですが、やはり会社を経営していくというのは全然別の話で、それを日々痛感しています。

当初、社員は数人のみ、それも全員が気心の知れた人たちで気楽でした。ただ、会社を大きくするためには新しく人を雇う必要があり、当然きちんとケアをしなければなりません。その仕組み作りは大変でしたし、今も模索し続けています。

そうした中、2017年9月には平尾監督と再びのタッグとなる『映画大好きポンポさん』のアニメ化が発表されました。設立間もないスタジオの代表取締役と映画作品のプロデューサーを兼任されることになり、それぞれの業務にうまく折り合いが付けられないようなことはありませんでしたか。

『ポンポさん』は私にとっても大切な作品ですので、『ポンポさん』の現場ではそういうことはありませんでした。(プロデューサーとして)それが最良だったのかは分かりませんが、最終的には私自身も現場に入って着地させましたしね。この作品に携われて、本当によかったと思っています。

ただ、とてもよい作品を仕上げたつもりでも、思うようなヒットにつながらないこともあり、CLAPを立ち上げてからは作品づくりだけでなく地道に宣伝していく大切さも学びました。

作品の魅力を視聴者にしっかり届けていくのも、プロデューサーの大切な業務ですね。松尾さんが考える、プロデューサーに必要な能力はどのようなものでしょうか。

私にとっては「自分なりのプランをもって事にあたること」なのだと思います。

思い返してみると、若い頃は自分の考えを持つでもなく、周りの雰囲気に流されて進んでいくことが多かった気がします。仕事をしていると、既存のフレームワークそのままで、特に発展もなく、それでよしとしているような事例を目にすることもあります。そうした仕事を見ていると、「それが本当にこの作品にとってよいことなのだろうか?」と残念な気持ちになります。

もちろん、そうすることでうまくいくケースもありますので、一概に否定はできません。しかし、作品作りは生ものですので「通例にのっとれば成功する」という前提が常に正しいとはかぎりません。

ものづくり以外にも当てはまることだと思いますが、これまでの常識にとらわれず、置かれた状況を見つつ、適切なプランをひねり出して進めていくことが重要だと思っています。

 

『夏へのトンネル、さよならの出口』で美しい青春モノに初挑戦

2022年9月9日には、最新作となるアニメ映画『夏へのトンネル、さよならの出口』が公開されます。この作品に携わった経緯もお聞かせください。


旧知のプロデューサーから「小学館「ガガガ文庫」(同社が展開するライトノベルレーベル)の作品を原作としたアニメ映画制作の案件がある」と相談を受けたのがきっかけです。原作はあまりライトノベルを読まない私でも楽しめる美しい物語で、これはよい機会だと感じてお引き受けしました。

携わる作品を私の嗜好だけで決めると「映画作品の編集作業」にスポットが当たっている『ポンポさん』のようにマニアックな作品が多くなってしまいますので、これを機に、若手スタッフにも手が届きやすい作品も手がけていきたいと考えました。

映画化にあたり、どのようなことに気を付けられましたが。

映画版は主人公の塔野カオルとヒロインである花城あんずの2人に焦点をしぼったドラマにしてほしいというオーダーを受け、田口智久監督に脚本を書いていただきました。

当初のオーダーから想定していた尺を大幅に超えてしまい、、どのシーンを削ってどう編集したものかと、監督と頭を悩ませましたね。そうした中でも、”田口監督のアイデアで原作小説にはなかったモチーフも取り入れられており、原作とはひと味異なる見応えのある作品になっていると思います。

松尾さんは他媒体のインタビューで「プロデューサーは監督の最大の味方で、時には敵でもある」とお話されておられましたが、本作の現場ではいかがでしたか?

プロデューサーと監督はそれぞれの立ち位置の違いから意見がぶつかることもありますが、今回、そういうことはありませんでしたね。

本作は2021年6月公開の『映画大好きポンポさん』と制作スケジュールが一部重なっていたこともあり、新しくできたばかりのCLAPにとってなかなかのチャレンジでした。しかし、それも無事に仕上げられて、今は胸をなでおろしています。ぜひ、劇場でご覧いただければと思います。

『夏へのトンネル、さよならの出口』も公開を待つばかりとなり、まとめとして今後のことをうかがえればと思います。CLAPをどのようなスタジオにしていきたいと考えておられますか?

今は外部のスタッフにも頼っていますが、社内のスタッフ中心でアニメーション映画作品を作っていける体制を整えたいですね。アニメーション作品の制作は集団作業です。そして集団作業をするならば、代表取締役でありプロデューサーである私の「映画を愛し、映画を作りたい」という思いやビジョンを共有できる人が多いに越したことはありません。映画制作をメインに、というスタンスは今後も崩さずにいくつもりです。

また、特定の監督ばかりではなく、旧知の才能や、まだ見ぬ才能ある監督とも作品づくりをしてきたいです。そうしてさまざまな作品を手がければ、その経験が多様性となり、若手たちもしっかり育っていくのかなと思います。

最後に、同じ業界で働くクリエイターたちへのメッセージをお願いします。

うまくいっている時ほど、自分のことを疑ってみてもいいかもしれません。解決すべき課題が隠れているのを見落としているかもしれません。CLAPにも解決すべき課題はありますが、幸いにもそれをしっかり認識できています。どのような作品を作りたいかというビジョンを持ち、目の前の課題を認識して解決できるよう努める。これができているうちは、CLAPはこの先も映画を作り続けられるだろうと思います。

そのために、私は、クリエイティブと向き合う覚悟を持つことが大切だと考えています。本当にそのクリエイティブを納品していいのか、常に(自分に)問い続ける。9月9日に公開される『夏へのトンネル、さよならの出口』も、もしかしたら「このクオリティでは公開できません」と言われる事態になってしまう可能性もあったかもしれません。

しかし、常に覚悟を持って向き合い、できる手立てを打ったからこそ、満足のいくクオリティで仕上げることができました。私が言うのもおこがましいかもしれませんが、悪戦苦闘すれば道は拓けると思います。お互いにがんばりましょう。

取材日:8月5日 ライター:蚩尤 スチール:上岸卓史 動画撮影:村上光廣 動画編集:遠藤究

 

『夏へのトンネル、さよならの出口』

 

2022年9月9日(金)全国公開

 

鈴鹿央士 飯豊まりえ
畠中 祐 小宮有紗 照井春佳 小山力也 小林星蘭

原作:八目 迷「夏へのトンネル、さよならの出口」(小学館「ガガガ文庫」刊)
キャラクター原案・原作イラスト:くっか
監督・脚本:田口智久
キャラクターデザイン・総作画監督:矢吹智美
作画監督:立川聖治 矢吹智美 長谷川亨雄 加藤やすひさ
プロップデザイン:稲留和美/演出:三宅寛治
色彩設計:合田沙織/美術設定:綱頭瑛子(草薙)
美術ボード:栗林大貴(草薙)/美術監督:畠山佑貴(草薙)
撮影監督:星名 工/CG監督:さいとうつかさ(チップチューン)
編集:三嶋章紀
音楽:富貴晴美/音響監督:飯田里樹
制作プロデューサー:松尾亮一郎/アニメーション制作:CLAP
主題歌・挿入歌:「フィナーレ。」「プレロマンス」 eill
配給:ポニーキャニオン
製作:映画『夏へのトンネル、さよならの出口』製作委員会

公式サイト:natsuton.com  公式twitter:@natsuton_anime

©2022 八目迷・小学館/映画『夏へのトンネル、さよならの出口』製作委員会

ストーリ

ウラシマトンネル――そのトンネルに入ったら、欲しいものがなんでも手に入る。
ただし、それと引き換えに……
掴みどころがない性格のように見えて過去の事故を心の傷として抱える塔野カオルと、芯の通った態度の裏で自身の持つ理想像との違いに悩む花城あんず。ふたりは不思議なトンネルを調査し欲しいものを手に入れるために協力関係を結ぶ。
これは、とある片田舎で起こる郷愁と疾走の、忘れられないひと夏の物語。

 

 

プロフィール
株式会社CLAP 代表取締役/プロデューサー
松尾 亮一郎
株式会社CLAP 代表取締役/アニメーションプロデューサー 松尾 亮一郎 氏 株式会社CLAP 代表取締役。1999年にマッドハウスに入社し、制作進行としてキャリアをスタート。アニメ『進撃の巨人』シリーズの荒木哲郎監督、劇場アニメ『映画大好きポンポさん』の平尾隆之監督らと同期として肩を並べる。『BLACK LAGOON』や『マイマイ新子と千年の魔法』ほかでプロデューサーを務めたあと同社を離れ、フリーランスとして『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』、『この世界の片隅に』でプロデューサーを担当。2016年にアニメ制作スタジオCLAPを立ち上げ、『映画大好きポンポさん』ではプロデューサーを務めるとともに、CLAPがアニメーション制作を担当した。同氏・同スタジオの最新作となる劇場アニメ『夏へのトンネル、さよならの出口』が2022年9月9日より全国の劇場にて公開中。

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