“価値への共感”でSNSはもっと読まれる!人を動かす情報発信の極意

Vol.197
合同会社イーストタイムズ 代表社員CEO
Koichi Nakano
中野 宏一

人や企業の魅力を発掘して共感者を集める新しい情報発信の手法で、企業や自治体の支援事業のほか、自社メディアによる地域プロモーション事業を行う合同会社イーストタイムズ。

代表社員 CEOの中野宏一(なかの こういち)さんは、新聞の校閲記者やITベンチャーを経て起業。ローカルニュースを取材し、Yahoo!ニュース上で月間1200万PVを獲得するなど、数々のヒット記事を配信してきました。

中野さんは「読まれる記事には理由がある」といいます。読まれる記事を書くためには何が必要なのか。記者時代からニュースの本質を見抜く力を培ってきた中野さんにお話を伺うと、これからのクリエイターに求められる情報発信のあり方も見えてきました。

校閲記者として感じた地域ニュースの価値

中野さんはこれまで、数々の“バズる記事”を配信されてきました。そもそも情報発信に興味を持ったきっかけはなんですか?

私が学生の頃は、ルワンダ内戦やコソボ紛争など、国際紛争が頻発した時期でした。大学と大学院では政治学を学び、国際紛争を止めるための方法を研究しました。先生は「国際政治は軍事力と経済力ですべてが決まる」とおっしゃっていましたが、僕は「情報こそ重要ではないか」と思っていたんです。

小泉元首相の郵政選挙では、メディアと情報を駆使して人々の認知を変え大勝しました。当時の政治学では説明のつかないことです。米国のオバマ元大統領の選挙戦や、イスラム国のSNSを使ったリクルーティングなどを研究するうち、情報発信によって国際環境や世論がどのように動かされるか、興味が深まっていきました。

ローカルの情報発信をされるようになったのはなぜでしょうか。

大学院生のときに、大手メディアの内側を知りたかったこともあり、約3年間、契約社員として朝日新聞の校閲記者をしました。地域面の校閲を担当して、「ローカルニュースって面白いぞ」と気づいたのがきっかけです。

実は、記者が書いた記事のうち、紙面に載るのは1/3程度。残りの2/3は、紙面の都合で削除されているんですね。ところが、一番面白いのは削除された部分です。事実関係の裏に隠された魅力的な話題が満載なんです。これを削除せずにニュースとして流したら、面白いのではないかと思いました。

校閲記者2年目には東日本大震災がありました。被災地の方の人生をひとりひとり克明に描いた震災報道に触れ、あらためてジャーナリズムが持つ力に驚くとともに、人の生きざまを伝える地域ニュースの価値を実感したんです。

大学で政治学を学んだ中野さんが起業しようと思った背景をお聞かせください。

校閲記者として働きながらも、インターネットが普及した時代において、紙媒体に頼った新聞社のビジネスモデルに限界を感じていました。一方、インターネットではPVだけを求める話題性の高いネットニュースが目立つようになりました。

このままでは、新聞社で価値だと感じた地域ニュースが消えてしまう。私が今やるべきことは、人々の生きざまを伝える新聞の役割を次の時代に残す新しいビジネスモデルの構築ではないか。そのためには、新しい情報流通の仕組みやメディアが必要だと思い、起業を決意しました。

ローカルニュースをどのように新しいビジネスモデルへつなげたのですか?

起業後、Yahoo!ニュースと契約できて、オリジナル記事を配信する「THE PAGE(ザ・ページ)」というメディアの記者をしました。新聞基準の記事であれば何を書いてもいい、という大きな裁量が与えられた仕事でした。私たちは自身に「記事は必ず取材して書く」というルールを定めました。つまり、取材しないまとめ記事は絶対に書かないと決めたんですね。

すると、ローカルのネタにもかかわらず、1記事あたり一晩で300万アクセスがあるなど、ものすごい数の読者がつきました。もちろん、Yahoo!ニュースというプラットフォームがあるからこそなのですが、ローカルな一般の人々のネタを書くだけで300万アクセスがある。価値をきちんと抽出して伝えれば、人が動くということです。そこにはタレントやキャラクターの力も、媒体力もいりませんでした。

ジャーナリズムの本質とは、その時その場に起きたことを現場にいる人達が伝えることだと考えています。各地の市民記者が情報発信する新しいメディアを作れば、メディアをベースに情報ネットワークのビジネスができるのではないか。その思いを胸に、創業以来「そこに生きる人々を伝える現場主義のインターネットメディア」として地域報道の可能性を追求してきました。

さらに、私たちがジャーナリズムで培った取材力と、Yahoo!ニュースで発見した“読まれる文章の書き方”を組み合わせれば、新しい形のブランディングやプロモーションを生み出せると考えています。

住民が自ら発掘した地元の魅力が共感を呼ぶ

現在の事業内容を教えてください。

大きく分けると、企業向けのブランディング・プロモーションサービス、ローカル向けのプロモーションサービスや地域活性化事業、そしてメディア事業を行う自社メディアの3つです。

先ほどお伝えしたように、私たちはローカルなニュースでも全国的な話題にできる書き方の技術を持っています。私たちの技術をもとに、さらに付加価値の高いコンサルティングを行うのが、企業向けサービスです。

一方、自社メディア事業では、その書き方の技術をすべての方々に開放しようと取り組んでいます。5年ほど前から、各地のビギナー記者の方々に対して、読まれる記事の書き方のレクチャースを始めました。これまでおよそ全国70カ所、約2000人にレクチャーを行っています。このフォーマットを活用して、企業や自治体と一緒に想いをもって地域と多様な関わりをもつ関係人工の創出といった地域活性事業なども行っています。

ローカル分野では具体的にどういった事業をされているのでしょうか。

例えば、『ローカル魅力発掘発信プロジェクト』という事業では、株式会社JTBと自治体、そして地元の住民の方々と協力して、地域固有の魅力的な人・モノ・場所・体験を発掘し、コンテンツ化して全国に発信し、ふるさと納税に活用するといった取り組みを行っています。北は網走市から南は阿蘇市まで、すでに9都市20回以上開催しました。

また、和歌山県と一緒に行っている『ローカル情報発信Lab. in 和歌山』では、県内のU・Iターン者を中心とする住民の方々が和歌山県での暮らしの魅力を発掘発信して、移住者が移住者を呼ぶ仕組み作りに取り組んでいます。

地域事業に取り組まれるなかで感じる課題はなんですか?

地域の魅力が可視化されていないことです。インターネットやテレビのメディアで東京やそれに続く大都市の情報ばかりが流れ、地域の情報はほとんど目にしません。多くの人はメディアからの情報を通じて自分の世界観を作っていきます。地域の魅力が可視化されなければ、その地域には魅力が「何もない」と捉えられかねないんですね。

その土地の本当の魅力は、産業や文化に根ざしたものであり、そこに住む人々だからこそ知っているものです。地域の魅力を自分たちの手で発掘し発信すると、地域のことがより好きになり、その気持ちが人を連れてきます。

やはりプロモーションのコツは、相手に関心を持ってもらう前に「自分たちが対象を好きになっていること」です。自分たちの価値がわからない状態で、いくら上塗りの化粧をしてデコレーションをしても、人はまったく動きませんから。

「意思」と「共感」が人を動かす

きちんと取材した記事が読まれるという、先ほどのお話に通じるものがありますね。魅力をわかりやすく人に伝えるにはどうすればいいのでしょうか。

私たちは地域での取材活動を通じて、読まれるニュースには一定の答えがあると思うようになりました。プロモーションやクリエイティブにはいくつもの正解がありますが、読まれるニュースの答えはほぼ一つに決まっているんですよ。

ニュースとは「伝える価値がある情報」です。クライアントの伝えたいことを重視する宣伝広告と違い、ニュースには必ず、伝える価値のある情報が含まれていなければなりません。

「伝える価値がある情報」とは、「社会の大きな流れは何か」と「人間が生きるとは何か」という2つの要素を示していることです。これらを含めて発信した情報は、人に伝わりやすくなります。

加えて、見出しにニュース性があることも大切ですね。ニュースやプレスリリースは、後の方になると徐々に読者が離脱して、読まれない傾向があるんです。ですから、見出しにニュースの要素となる「時事性・話題性・社会性・普遍性」を簡潔に入れ込むと、より“読まれる記事”になるはずです。

なぜ「伝える価値がある情報」は人を動かすのですか?

強力な意思は、脚色されたプロモーションよりも強烈で、人の動員力が強いものです。私は震災報道を通じて、そうした事例をたくさん見てきました。
あるバスの運転手さんが潜水士の免許を取得して、冬の三陸の海に一人で潜っています。津波で行方不明になった奥さんを探し続けているのです。その人が潜水の練習をするときは、世界中から取材がきます。

世界中から取材が来るほど人を圧倒する強力な意思は、震災に関係なく、どんな人や会社にもあるものです。人が生きているかぎり、「私たちが生きているのはこういうことである」「私たちはこういうふうに社会を動かそうとしている」という意思が必ずあります。
強い意思を書き取って発信し、生きるとは何かという問いや社会をどう変えたいかという意思に対する強力な共感者を集めていく。私たちはこの手法を「戦略情報発信」と呼んでいます。

この「戦略情報発信」はSNSとの相性がよく、例えお金がなくても、強力な思いの発信さえあれば共感者が集まって人や社会が動きます。その発信による効果は、プロモーションやブランディングのほか、企業採用など、さまざまな分野に役立てることができます。

クリエイターに求められるのは価値を伝えられる能力

今後の展望をお聞かせください。

人々の購買行動を例にすると、インターネットが登場する以前は大量の宣伝広告によってほぼ決められていましたが、これからはサービスや商品の提供者の思いに共感する人たちが利用したり購買したりするようになると感じます。

誰かに与えられたフォーマットに自分を合わせるのではなく、消費者自身が価値を選び取って、自分自身の持っている価値を確立できる。情報発信のあり方を変え、価値への共感で社会が動く世界を実現させたいと考えています。

最後に、ブランディングやプロモーションにたずさわるクリエイターにアドバイスをお願いします。

価値があるものが選ばれる時代には、マス媒体ではない情報発信によってクライアントの価値を高め、ファンを作ることが重要になります。クリエイターはクライアントの要望を最大限に実現するというよりは、クライアントが価値を体現してファンを獲得するためのお手伝いをする存在になっていくと思うんですね。

実は、クライアントすら価値を自覚できていないケースは多いんです。これからのクリエイターには、相手から価値を抽出してわかりやすく伝える能力が必要になるでしょう。「現場を見て、驚きや発見を伝える」というジャーナリストの能力に極めて近いものです。

情報発信のあり方が大きく変わっても、クライアントのニーズはなくなりません。今後は価値を伝えられるクリエイターが、ますます求められていくと思います。

 

取材日:2022年1月24日 ライター、スチール撮影:小泉 真治 ムービー撮影:村上 光廣 ムービー編集:遠藤 究

 

プロフィール
合同会社イーストタイムズ 代表社員CEO
中野 宏一
1984年、秋田県湯沢市生まれ、埼玉県育ち。東京大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。大学院在籍中に朝日新聞東京本社にて校閲記者を3年間経験。大学院修了後、株式会社プラスアルファ・コンサルティングに入社。Twitterのビッグデータを用いた世論分析システムの企画開発を手がける。2015年、イーストタイムズを起業。ローカルニュースの取材・発信の経験を活かし、地域のブランディングやプロモーションを企画・実施している。 合同会社イーストタイムズURL:https://www.the-east.jp/

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