「他人の夢」を実現することに 生きがいを感じている

Vol.20
株式会社あそぶとまなぶ代表取締役/元・リクルート社“創刊男” くらたまなぶ(Manabu Kurata)氏
 
1998年に株式会社リクルートを退社するまで、“創刊男”と呼ばれ、同社の屋台骨を支えた方です。出版界で“創刊男”と呼ばれるのは、ほとんどの場合“創刊編集長”、つまり編集者。しかし、くらたさんの場合は、もちろん情報誌を世に送り出しているんだけれど、それは同時に新市場開拓、新規事業立ち上げでもある。マーケッターであり、プランナーであり、事業開発者であり、同時に営業責任者でもあるくらたさんは、それまでまったく誰も「マーケット」とは気づかなかった分野に情報誌ビジネスを生み出しつづけ、世の中をあっと言わせつづけた方なのだ(この夏発刊の「リクルート『創刊男』の大ヒット発想術」(日経ビジネス人文庫)という著書にその辺くわしく記されています)。私たちが普段使っている「もの作り」という言葉に、「ビジネス作り」「市場作り」の側面が加わっているわけで、そのお話も異色と言えば異色。しかし、十分傾聴に値するお話、どころか目からウロコが落ちるお話のオンパレードでありました。

ロマン・ソロバン・ジョーダン。 まず、世の中のためになるのか。そうはいっても、稼げるのか。 そして、携わって自分が嬉しいと思えることなのか。

現在、職業、肩書きは?

商売で言えば経営コンサルタントになりますが、本当の本業は主夫。家事手伝い、無職ってことですね。あんまりそれを言うと、今お取り引きいただいている企業さんに怒られちゃうんですが、基本、それをご理解いただけるところとだけのお取り引きなので大丈夫だと思います。まあ、とにかく「働かない」ために会社を辞めたわけですから。

じゃあ、くらたさんの場合、独立するために会社を辞めたわけじゃないんですね。

違いますね。会社の早期定年制で辞めたんですから。早期定年だけど、自分では満期定年のつもりです。

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くらたさんのようなヒットメーカーが辞めちゃうのは、会社の痛手でしょう?

そうは言っても、限界があります(笑)。リクルートには25歳から20年間お世話になりましたが、ちょっと働きすぎでした。学生の頃から働いていたんで、人が19歳、20歳でするようなことをまったくしていない。青春を取り戻すためには(笑)、45歳はぎりぎりの年齢だと思ったんです。

基本的に引退。しかし、「どうしても」というお客様からの仕事だけを引き受けている。一種の“悠悠自適”ですね。現在、何を基準に仕事を引き受けている?

ロマン・ソロバン・ジョーダン。まず、世の中のためになるのか。そうはいっても、稼げるのか。そして、携わって自分が嬉しいと思えることなのか。その3条件を満たすものだけ引き受けさせていただいています。

で、やはり「立ち上げ」をやっている?

いや、違います。僕はメディアの立ち上げをやってきたので勘違いされやすいのですが、今お引き受けしている仕事にメディアはひとつしかないし、立ち上げではない仕事ばかりです。僕をよく知っている方は、立ち上げたメディアをすべて黒字にした部分を評価してくださっている。経営や運営にまつわる経験値を期待して、コンサルタントとして相談を寄せてくださるんです。

このサイトの読者であるクリエイターたちは、リクルート社の媒体あれやこれやを生み出した企画者としてのくらたさんに興味を抱くはずです。

そうですね。たぶんそういう興味を持っていただけるのだと思います。ただ、僕は企画者でもあるけれど事業責任者でもあり、どちらかというと後者への自負のほうが強いのかもしれない。生み出し、軌道に乗せる。つまり黒字にする。いわゆるクリエイターの方々は、黒字にする部分にまで関わることは少ないようですから、そこがちょっと違うかもしれない。

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くらたさんは、クリエイターではない?

自分がクリエイターだという自覚はないです。

どこが違う?

芸術と商売の違いでしょう。もちろん、ほとんどのクリエイターさんはその間で、それぞれのポジションを持って活動しているはずですが、クリエイターを名乗る方はやはり、芸術に寄っている方が多いと思う。芸術は「自分」が軸で、商売は「他人」が軸。明らかに僕は「他人」軸で活動してきたし、今もそうです。極論すると「自分の夢」になんか興味はなくて、「他人の夢」を実現することに生きがいを感じている。その辺がもっとも違うところだと思う。

広告や商品開発に携わっているクリエイターたちは、明らかにその「他人の夢」のために活動している。だからくらたさんのお話は、とても参考になると思います。

僕の場合は、最初に携わったメディア開発が「とらばーゆ」だったのが幸運。だって女性のための転職情報誌でしょ、僕は男だからどう頑張っても女にはなれない(笑)。のっけから、“究極の他人の夢”を手がけたわけです。ずいぶん叩きのめされました。

ヒアリング(市場調査)で「叩きのめされる」エピソードは、「リクルート『創刊男』の大ヒット発想術」でも紹介されてますね。ということは、14回叩きのめされたわけですね。

14回なんてもんじゃないですよ。創刊にいたったのは14ですが、ボツにした企画はその3倍はあります。それぞれ企画段階でたっぷり叩きのめされていますから。

企画もすれば、経営もする。なんか、スーパーマンのように見えます。

僕にとっては企画も経営も同じ。どちらも自分の側に答えがない。外側にしか答えがないので、外に聞く。聞いて聞いて、聞きまくって答えを見つけ出すという作業は共通しているんです。

発想として大切なのは、その時他者に「喜びは何?」と質問する のではなく、「怒りは何?」と質問するところから始めることです。

「リクルート『創刊男』の大ヒット発想術」を読んでの感想を率直に言います。既存のマーケティング論などに縛られずオリジナルなメディア開発手法を編み出したくらたさんは、天才だと思う。

天才ではないです。まっとうな努力手法ですよ。場数、人数、回数。繰り返しになりますが、「とらばーゆ」で、女性を対象にしたがゆえに叩きのめされ、鼻っ柱を折られまくったのが、大きな幸運だった。評論家などがわかったように「ニーズ」と記しているものは、掘り下げると「不満」」であり、時には「怒り」や「悲しみ」であることを発見したのです。

叩きのめされ、鼻っ柱を折られる。くらたさんのようになりたいと思う人にとって、キーワードはその辺にありそうですね。

秘術を伝授しましょう。結婚している方は配偶者、そうでない方はパートナーに類する方に、年に一度「俺の悪いところどこ?」と聞く作業をしてみてください。実はこれ、けっこう難しい。まず、いざ聞こうと思ってもなかなか言い出せない。次に、十中八九、いわれたことにムカーっとくる。でも、ここで反論や言い訳はしちゃいけないですよ。大切なのは、全部を受け入れようと気張ったりしないこと。もちろん受け入れられることは受け入れる。そして「受け入れられないこと」は、「受け止めて持って帰ること」が大切。今受け入れられないことは、持って帰って受け入れられるようになるまで待つ。受け入れられるように努力する。時間が経つと、「やってみようか」と気持ちが変わったりもする。実は、企画開発のためのヒアリングもまったく一緒。100聞いて100受け入れる必要はない。受け止めて、持って帰って、そのなかから1か2の使えるものを見つけ出す。この作業を心がけるようにすると、公私ともに、心身ともに、回路が開いていきますよ。

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クリステ読者へのメッセージをお願いします。

もちろん、自分のなかから何かを生み出し、発信したいというタイプのクリエイターがいてもいい。ただ、僕が共感し、エールを贈るのは、他者の怒りや悲しみを解決するためにものを作るという方々です。そういうクリエイターがもっと増えていいと思う。単刀直入に言えば、「生きている間に稼ごうよ」です。ものを作って報酬を手にするということは、誰かを喜ばせたことへの対価です。誰かを喜ばせるために、試行錯誤してほしい。発想として大切なのは、その時他者に「喜びは何?」と質問するのではなく、「怒りは何?」「悲しみは何?」と質問するところから始めることです。

Profile of くらたまなぶ

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1952年生まれ。 中央大学法学部卒。 78年株式会社リクルート入社。 以来、20年間に「とらばーゆ」「フロム・エー」「エイビーロード」「じゃらん」「あるじゃん」「ゼクシィ」「ダヴィンチ」など14の情報誌の創刊に携わる。社内外で「創刊男」の異名をとり、様々な新市場を創造した。新規事業開発室長、編集制作統括室長などを歴任。今日のリクルートを築き上げた中心人物の一人。

<くらたさんの創刊リスト> 1980年「とらばーゆ」 1982年 「ベルーフ」 「フロム・エー」 1984年「エイビーロード」 1990年「じゃらん」 1992年「MOOKシリーズ」 1993年「ゼクシィ」 1994年「赤ちゃんのためにすぐ使う本」 「ダヴィンチ」 「生活情報360(サンロクマル)」 1995年「じゅげむ」 「50からの新道楽BOOK」 「あるじゃん」 1997年「ザッピィ」

 
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