2020年は炎鵬がひっくり返す!「わたしは、私。」のクリエイティブを聞く

Vol.176
株式会社フロンテッジシニアクリエイティブディレクター
Shiro Ueshima
上島 史朗

西武・そごうの広告『わたしは、私。』をご存じでしょうか。お正月にポスターや映像が発表され、毎年注目を集めています。2020年の元旦、大きな話題になったのは小兵力士、炎鵬(えんほう)関の小さなビジュアル、そして普通に読むとネガティブなメッセージでした。

ただメッセージの最後で逆から読むよう促されます。そうするとキャッチコピーの“さ、ひっくり返そう。”そのままに、炎鵬関の相撲のような逆転劇が起こるのです!

元旦からネットを中心に盛り上がったこの広告。こちらを手掛けた株式会社フロンテッジの上島史朗(うえしま しろう)シニアクリエイティブディレクターにインタビュー。人々をあっと驚かせた広告制作の裏側をたっぷりとお伺いしました!

元旦の企業広告は2017年から。「わたしは、私。」はコーポレートメッセージにも採用

西武・そごうの「わたしは、私。」をキャッチコピーにしたお正月の企業広告は、2017年から始まり、今年で4回目だったそうですね。この企業広告は、どのような流れで始まったのでしょうか?

当社はもともと女性向けキャンペーンの一部を担当していました。西武・そごうの社長は「広告はお客さまを勇気づけることが大切」とのポリシーを持っていたので、例えば2016年の女性向けのキャンペーンで「何歳になっても自分の着たい服を着よう」という前向きなメッセージを伝えることとなりました。

このメッセージを伝えるにふさわしいキャラクターとして樹木希林さんに出演をお願いし、派手ではあるのですが希林さんだからこそお似合いな服を着ていただいて、広告を作り、インタビュームービーも撮影しました。

【西武・そごう】アドバンストモード 樹木希林さんオリジナルムービー

この反響は予想以上に大きく、最初は希林さんも「こんなチンドン屋みたいな服は着ないわよ」と冗談半分でおっしゃったりしたのですが(笑)。

カメラが回ると、そこには堂々と着こなしている希林さんがいらっしゃいました。映像の反響を伝えると、とても喜んでもらえましたよ。

もちろん、西武・そごう側も手応えを感じて、女性向けのキャンペーンにとどまらず、会社全体の広告として打ち出していきたいとの要望があり、2017年正月に、再び樹木希林さんを起用して企業広告を出そうと決まりました。

 

それまでもお正月に企業広告を出すことは、よくあることだったのでしょうか?

いえ、西武・そごうとしての企業メッセージを伝えるために元旦に広告を出すことは、久しぶりのことでした。元旦を出発点として、1年を通して企業として訴えていく大事なメッセージです。2017年は、前年の女性向けキャンペーンで伝えたメッセージを基本的に踏襲することは決まっていましたが、もう少し強いメッセージを打ち出す必要があり、再度練り直しました。

年齢を重ねると、迷惑をかけないように、目立たないように、色も形も抑えたものを着る傾向にありますが、希林さんを通して「着たい服を着よう」というメッセージを伝えたい。

誰にも流されない生き方を讃える言葉として「わたしは、私。」というコピーを書きました。

これを軸に広告を制作しようと決まり、結果として2017年の正月広告は、女性向けキャンペーン以上の反響がありました。

【西武・そごう】わたしは、私。樹木希林さんスペシャルムービー

その後も、西武・そごうは企業理念を刷新したのですが、そこでもコーポレートメッセージとして「わたしは、私。」を掲げています。ここまで大切にしていただけるなんて、クリエイターとしてとてもうれしいことですね。

ビハインドの状況を「さ、ひっくり返そう。」コンセプトにピッタリな炎鵬関をキャスティング

2020年の広告は、いつ頃から準備をスタートしたのでしょうか?

前年の夏ごろにコンセプト作りをスタートして、9月には最初の提案をしています。実は、今年は一番厳しい状況でした。というのも西武・そごうの経営規模を縮小し仕切りなおすというニュースがありました。

そして何より、前年2019年の安藤サクラさんを起用した『わたしは、私。』が、意図とは違う捉え方をされてしまったのです。ただ批判はあったものの西武・そごうは取り下げずに、ポスターを年末まで店内に掲示し続けました。広告会社として反省を抱えた状態でのスタートだったんです。

そのような状況の中、どのように広告を作っていったのでしょうか?また炎鵬関を起用した理由は?

西武・そごうが厳しさに直面していることに加え、社会全体にも閉塞感がある昨今です。2019年広告の炎上も含め、この状況を「すべてひっくり返す」というコンセプトの根幹は最初からありました。議論を重ねていく中で、一番ピッタリ合う言葉としてメインコピーの「さ、ひっくり返そう。」が生まれました。

このコンセプトに合うキャスティングを考えていたところ、クライアントから「炎鵬関はどう?」と提案がありました。実は最初は「えっ!?」とピンとこなかったんですよ。というのも、2017年の樹木希林さんから、2018年の木村拓哉さん、2019年の安藤サクラさんまで、メッセージを「語る」ことを大切にしてきたので「力士だとセリフを語ってもらえないな」と考えてしまって(笑)。しかも相撲ファンには人気ですが、当時はまだ知らない人のほうが多かった。

しかし、よく考えると、炎鵬関を知らない人が多いところから、「ひっくり返す」のはコンセプトに合っている。また、体が小さい炎鵬関は、明らかに体格では負けている大きな力士に土俵際まで追い詰められたところから逆転する相撲で、まさにひっくり返しているんですよね。これはピッタリなキャスティングだと納得してからは、炎鵬関の相撲を動画で見まくって、具体的な表現を考えていきました。

逆読みのアイデアが出たのは、プレゼン2日前!誤解されず驚きを伝えることを大切に制作

2020年の広告では、キャッチコピーを順に読んでいくと絶体絶命で諦めているのに、逆に読んでいくと「ひっくり返す」意味になる仕掛けが、大きな話題となりました。この逆読みのアイデアは、どう生まれたのですか?

グラフィック広告は、どうしても見た目のインパクトを求めがちです。それでは限界があります。今回はもともと、キャッチコピー、つまり言葉で驚かせる仕掛けを作りたいと考えていました。

プロジェクトメンバー間でアイデアを持ち寄った当初は、文字を多方向から読み取るアンビグラム(※)の案が多く出ていたんですよ。発見があると人に話したくなるので、その点では良いと思ったのですが、はやっているので正月だと他にも同じ表現の広告があるかもしれない、つまりかぶるかもしれない、と考えました。他の表現を探そうとディスカッションするなかで「1文字だけでなく、メッセージ全体を逆読みすると意味が変わるほうが面白いのでは?」というアイデアが出てきたんです。

とはいえ、それが出たのは、プレゼンの2日前(笑)。まだ粗いクリエイティブでしたが、4パターンを提案するなかの最後の一案として、逆読みアイデアを持っていきました。

西武・そごうのみなさまはこの企業広告について、提案時から驚きや発見を待っています。これは作り手冥利につきるプレッシャーでもあるのですが(笑)。とにかく今回は粗削りながらもこのアイデアを新鮮に感じていただき、採用となりました。

提案時は粗かったメッセージのクリエイティブも、チーム内で交換日記のようにやり取りしながら詰めていきました。

※アンビグラム:文字を本来の方向からだけではなく、斜めや逆さなど異なる方向や、鏡写しなどにしても読み取れるグラフィックのこと。

他に、クリエイティブでこだわったところはありますか?

炎鵬関をできる限り小さく見せたところですね。フォルクスワーゲンの広告で『Think small. 』という名作があります。ホワイトバックにコンパクトなワーゲンビートルをぽつんと配置しているポスターは、大きいものが良しとされていた当時のアメリカでは「物事は小さく考えよう。」と伝えたコピーと相まって、大きなインパクトがありました。

これに感化されているところもあるのですが、メインビジュアルが小さいと人は逆に引き込まれます。いつかやってみたいと思っていました。

小さくすることに意味があるモチーフにはなかなか巡り会えないのですが、小兵力士ゆえに人々を魅了する炎鵬関こそ、大きく見せるのはもったいない。炎鵬関だとわかるギリギリのサイズにして、見た人が「あれっ?」と違和感を覚えて引き込まれるような表現にしています。

また、グラフィック広告ではメッセージの最後に「ここまで読んでくださったあなたへ。文章を下から上へ、一行ずつ読んでみてください。逆転劇が始まります。」と赤字で種明かしを入れています。これを入れるかどうか最後まで悩んで、炎鵬関の撮影中もずっとクライアントと議論していました。

正直なところ、入れないほうが表現としての完成度は高く、カッコ良い。ですが、伝える側のひとりよがりになりかねません。完成度の高いものを作って広告好きな人たちだけに伝えるのではなく、受け取る人すべてに誤解されず、しっかり驚いてもらえるメッセージを伝えようと、種明かしを入れることを決めました。

TwitterなどSNSで大反響!次に目指すは「さ、ひっくり返そう。」の具体的な展開

結果として、SNSを中心にものすごく話題となりましたね。

ポジティブに受け止めていただいた反応が多くて、ホッとしました。こんなにも多くの人に喜んでもらえて応援してもらえるなんて、なかなか経験できることではありません。2019年の広告ではいわゆる炎上も経験もしているので、このポジティブな声がどこかのタイミングで逆に転がり始めたら…とも考えて、気を引き締めています。

また「この時代にブランド広告にお金をかけて、モノが売れるのか?」という声もあります。それはその通りだとも思います。ですが、西武・そごうも含めた百貨店の現状では、年中大きな広告が打てるわけではないので、1度の広告で最大限のインパクトを与えることは大事。その意味では役割を果たせたかなと思っています。また、百貨店が話題にならない状況でもあるので、広告で人の話題に上ったことにも意味があります。

そして、これから具体的にどうひっくり返すのか、口だけではなく実行に移していくのか、次の展開が重要であることも分かっています。2020年元旦の「さ、ひっくり返そう。」はスタートなので、大事なのはこれからです。

ブランド広告をどのように実売につなげていくか、そこは永遠の課題だとは思うのですが、今回のように斬新で強烈な印象を残す広告があると、西武・そごうの印象が変わり、お店に行ってみようという気持ちになります。

そう思っていただけると嬉しいですね。イメージが変わった、という面では、「わたしは、私。」の企業広告を始めてから、就職したい企業のランクが大きくアップしたんです。あるランキングでは、部門別就職人気企業(流通)の1位なんです(出展:週刊東洋経済ONLINE ※文化放送キャリアパートナーズ 就職情報研究所2019年調べ)。

また世間へのメッセージだけでなく、社内の人が自分の会社に誇りを持てるようにすることも大切にしてきました。今年の「さ、ひっくり返そう。」のメッセージを「どうすれば具体的に実現できるか」と現場を動かす社員の熱が高まってきているので、すごくうれしいんです。

百貨店が小売りの中心ではなくなった時代に、現状をひっくり返そうとしている、西武・そごうの店舗や売場もチェックしてほしいですね。

クリエイターの皆さんがこの広告に注目していただけるのは、もちろんありがたいです。ただ店舗が近くにある方は、ぜひ実際に足を運んでみてほしいです。広告によって活性化している現場から、クリエイティブのヒントがたくさん得られるのではないかと思うので!

【西武・そごう】わたしは、私。|炎鵬の逆転劇 スペシャルムービー

取材日:2020年2月27日ライター:植松 織江

株式会社フロンテッジ

  • 設立年月:2002年4月1日
  • 資本金:1億円
  • 所在地:〒105-0003 東京都港区西新橋1-18-17
  • URL:https://www.frontage.jp/
  • お問い合わせ先:TEL 03-3596-0300(代表) FAX 03-3596-0365

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