WEB・モバイル2022.03.09

ミクシィ流「デザイン経営」から考える、デザイナーが自らの市場価値を上げる方法

Vol.201
株式会社ミクシィ デザイン本部 本部長
Yoshiyuki Yokoyama
横山 義之

国内SNSの草分け的存在となったSNS「mixi」を運営する株式会社ミクシィ。 現在ではひっぱりハンティングRPG「モンスターストライク」を始めとするデジタルエンターテインメント分野やスポーツ分野、ライフスタイル分野などにも進出し、積極的に事業領域を広げています。

その株式会社ミクシィでデザイン本部の本部長を務める横山義之さんは、デザイン事務所でグラフィックデザインやWebデザインを手がけた後にデザイン会社を起業。その後、複数のメディア関連企業で経営に近いポジションを歴任しました。

デザインとビジネス、2つの視点を持った横山さんが推進するミクシィの「デザイン経営」が目指すところとは?そして、横山さんが考えるこれからの時代に求められるデザイナーとは?

一企業の枠をこえ、デザイン業界や社会全体を見渡す横山さんに、組織作りのこと、デザイナーとしての市場価値を高める仕事への取り組み方などを、たっぷり語っていただきました。

デザインやクリエイティブで事業を支援するために、デザイナーの育成と連携強化に注力

ミクシィでは2018年4月に「デザイン本部」を新設したわけですが、設置の背景と狙いをお聞かせください。

経済産業省と特許庁が、デザインを活用した経営で企業の競争力をアップしようと『「デザイン経営」宣言』という報告書を公表したのが2018年5月でした。それからいろいろな企業がデザイン組織の構築に力を入れるようになってきたわけですが、ミクシィではそれに先立つ形で「デザイン本部」を設け、独自の取り組みをスタートさせていました。ですので、デザイン経営の枠組みの中に入るといえる側面はあるかもしれませんが、今、世の中でいわれているデザイン経営とは少し違った部分もあることを前提に、お話しさせていただきます。

当社の場合、モンスターストライクで会社が急激に伸びた時期があり、それに伴ってデザイナーもたくさん採用するようになりました。デザイナーにはそれぞれ、自分が思うデザイナー像とかクリエイター像があるわけですが、組織に属するからには当然事業成果にデザインの力を使うことを求められますし、マネジメントは事業のベクトルの中でデザイナー個人としてクリエイティビティが発揮できるよう環境を整えます。デザインチームが小さいうちは、デザイナーが増えた分だけデザインの生産性は向上しますが、一定数を超えると頭打ちになるものです。そうなると適切なマネジメントがないと、経営とデザインの現場がどんどん乖離してしまう。デザイン本部では、デザインの力を事業成果にきちんと結びつけるよう、あわせてデザイナーのモチベーションにも配慮しながら、マネジメントすることを心がけています。

デザイン本部の目的は、デザインやクリエイティブで事業を支援し、事業価値向上に貢献すること。さらにはデザインのケイパビリティを構築し強化していくことです。

デザイナーの成長促進や組織間の連係強化のために、デザイン本部として行っている取り組みはどのようなことがあげられるでしょうか。

一点は、デザイナーの評価軸を可視化すること。ミクシィには全社共通の等級制度があるのですが、デザイン職に求められていることがわかりにくいという声が現場から上がったため、デザイン職向けの指針を作成しました。Junior、Young、Middle、Senior、Masterに期待する「視座とスキル」やグレードの上がり方を示しながら、デザイナーが次にとるべき行動をよりイメージできるようにしています。

もう一点は、コミュニケーションの活性化です。組織が大きくなると、隣の人が何をやっているかわからないというようなことも起こります。デザイナー同士がお互いに制作物を見せ合ったり、レビューし合ったりすることもモチベーションのアップや新たな気づきにつながりますので、デザイナーの仕事内容を組織として意識的に発信しています。

さらに私の考え方を現場に伝えたり、現場のデザイナーが困っていることを相談したりできる場として、「デザイナー相談箱」というSlackチャンネルを運用しています。デザイナーが匿名でデザインに関する相談ができ、それに対して私が回答しています。それを社内の誰でもが閲覧できる、というのがポイントで、デザインの考え方や働き方に関して、物事の一面だけではなく異なるデザインの目を持てるようなヒントを皆でシェアすることに取り組んでいます。また、デザインマネージャーと私の対談コンテンツを公開したり、四半期に1回の頻度で「Designer’s Meeting」というイベントを開いてデザイナーのリレーション構築をサポートしたりしています。

デザイナーの成長、モチベーション向上、採用力アップなどの成果を実現

※撮影時のみマスクを外しています。

これらの取り組みで、組織にどのような変化がありましたか?

グレードの構成比が変わりました。集計するようになった2年前は、基礎固めや自立を目指す段階のYoungが58%でいちばん多くMiddleは23%でしたが、2021年9月には主力のMiddleが46%でYoungは28%と比率が逆転しました。このことから、デザイナーの成長には一定の寄与ができたと思っています。

採用の面でもよい効果が出ています。組織の中でデザイナーにどんな役割を担ってもらいたいのか、どう成長してほしいのかを明確に説明することができるようになったため、ミスマッチがなくなりました。

グレードで評価が決まるので、今はこのグレードでオファーしますが、入社して1年で期待する基準をクリアすれば、成果に基づき次のグレードへの評価にコミットします、とオファーするようにしています。結果的に納得してご入社いただけるので、当然、定着率もよくなりました。

全社的にもデザイナーの採用に関する意識改革が進み、採用工程も大きく改善が進んでいます。ミクシィが大切にする価値観が共通化され、最終面接で私がお見送りするケースも激減しました。

デザイナーの意識改革やモチベーショアップのためには、どのような工夫をなさっていますか?

私自身の考えや考えに至る工程を、これでもかというくらい言語化することに時間を使っています。リモートワークや非同期コミュニケーションが今後後退することは考えにくく、ミクシィにはこれからも新しい仲間が加わっていくので、後からジョインするメンバーが組織の歴史や過去の取り組みを追いかけられる状態を作っておくことが、組織理解のスピードを早めると同時に深めるとも考えているからです。

もちろんテキストコミュニケーションだけでなく、オンラインでもリアルでも、1on1(ワンオンワン)等で、多くのデザイナーとコミュニケーションをとるようにも心がけています。

デザイナーと直接コミュニケーションをとる場合には、横山さん自身のデザイナー経験に基づいた形で話しをするのでしょうか?

1on1は、基本的には私が話したいことではなく、デザイナーが話したいことからスタートしますが、デザイナー自身の考えを聞いていると、自然と質問されることも多く、私の話をする機会もあります。私は不器用で、やってみないとわからないという考えで、トライの数は人よりきっと多いと思います。それでたくさん転んできた話や転びながらの葛藤の歴史とかを話しますね(笑)。最近話したことだと、たとえば、デザイナーをはじめとするクリエイターには、自分が他者と差別化できるほど自分の価値が上がっていく、という側面がありますよね。自分にしかできない、他のデザイナーにはできないものを多く持つほど、自分の価値は上がっていく。

一方で、組織で働いているからには、自分は全体の中の一員でもある。その両方を満たす葛藤が、現場でゴリゴリやっていた頃の私にはあったし、多くのデザイナーにもあると思います。

デザイナーはそういう生き物であるという前提で、コミュニケーションをとるようにしています。

組織のベクトルに合わせる方向で、どうやってデザイナーたちのモチベーションを上げていくのかは、大きな課題です。

そのために「周りへの貢献も評価に入れます」という話をします。自分だけにできることをオープンにすることは損だと思うかも知れないけれど、その代わり、同僚から新たなスキルをもらえることを伝え、そういう機会をつくることを提案します。

また、各グレードで求められていることを達成することで市場価値は上がるという話をして、グレードアップをモチベーションにつなげるように話しています。転職をしてもらいたいわけではないけれど、このフェーズで事業に対して何をすると、それは、他社でも求められている価値だ、と伝えます。

たとえばチームビルドについて、自分1人の生産性アップだけではなく、チーム5人10人のパフォーマンスを引き出せたら、それは他社も欲しがっている力だ、という情報を伝える。そしてその先に、どこの会社にも行ける価値を身につけてもらいたいけれども、それでもミクシィが好きで残っているという状態をつくりたい、という話もします。

こうしたコミュニケーションを続けることで、デザイナー組織全体の意識や、仕事に対する向き合い方も変わってきていると思います。

組織成果が上がっているのですね。

と、思いたいですね(笑) 常に効果測定をし、デザイナーが生き生きと働くことで全体のクリエイティビティが高まっている、その結果、会社の事業価値が高まっている、という状態を目指しつづけたいと考えています。

デザイン周辺の仕事にもコミットすることで、デザイナーとしての市場価値は上がる

デザイン本部の目的が事業をよくすることだとすると、デザイナーに期待されるものも今までとは変わってきますか?

私は昔から、何かの企画が動く時には早い段階から関わりたいと考えていました。企画会議の場に呼ばれた時にはいろいろなことがある程度決まっていて、そこはそうなのかなと疑問を感じながらデザインする、という経験も多かったので。最初からディスカッションに参加し、企画をつめてコア部分の青写真を描くところからやりたい。企画をつめる段階から会議に参加する場合、私はデザイナーならではの強みを生かすやり方をしていました。たとえば、会議の場で「皆さんの意見をまとめると、こういうことでしょうか」とデザインラフにして提示するとか。絵を見せることによって、議論が活性化したり、意思決定が早くなることもありますから。そういう部分も、デザイン職がやるべきことだし、期待されていることだと思います。

特に事業会社のデザイン職は、事業に近い場所あるいは事業の始まりの場所にいるからこそデザインできるものがあって、これからはよりそうした仕事が重要になってくると、私は思っています。

今、一生懸命スマホ画面のデザインをしていたとして、その仕事は、未来永劫続くのでしょうか。今は機械より人間がやった方がよいものができるとしても、機械より人間がうまいといつまでも言い続けられるのかというと、わからない。

時流が変わり、そうしたデザインワークが機械に取って代わられたとしてもデザイナーとして通用する力が必要ですよね。未来に向けて、デザインが価値を発揮できる場所を広げていくことは、デザイナーひとりひとりが取り組み続けるべき仕事なんだと思います。

そうした企画力やビジネスプランを考える力を身につけるためには、どんなことを心がけて普段の仕事に向き合えばよいのでしょうか?

目の前で起こっていることの本質は何なのか、そもそもの問いは何なのかをいつでも考え続ける習慣を身につけるといいと思います。たとえばデザインの修正に対し、チェックする人は修正の意図をデザイナーに伝えるためにジャストアイデアを言います。だけどそれはあくまでジャストアイデアに過ぎない。その発言者のポジションによっては、極度に強く受け止められ必要以上にそのジャストアイデアに対して力を注ぎすぎてしまったり、言葉がひとり歩きしたりすることもあります。

大事なことはなぜ修正する必要があると考えさせてしまったかにあり、その解決策は修正に応える以外にもきっといくつも見つかるはずです。

また、自身の想いをただぶつけてしまうデザイナーが多いように見受けられます。

デザインしている時とデザインを提案する時の自分は分けて考えた方がいいです。提案の場では、デザインを守る発言ではなく、全員でそのデザインをより良くするディスカッションに集中した方がメンバーから信頼されるデザイナーになれると思います。デザインへの想いは胸の中にしまっておいて。

そのうえで、その場のメンバーは何を大切にしているのか、あるいはデザインの意図をどんな順序でどう言えば一番伝わるのか、提案のストーリーもデザインするようにしています。

 

デザインに対する考え方や仕事に対する向き合い方は、組織に属さないフリーランスのクリエイターにとっても大切なことですね。

昔、食品パッケージをデザインしていた時、先輩に「どんなにデザインがよくても、この商品が売れるか売れないかは自分たちには関係ない。CMとかプロモーションの力なんだよ」と言われたことがありました。若い頃私は、「デザイナーが商品の売り上げに責任を持たないでいいんですか?」と言って、生意気だと言われたことがあるんですけど(笑)。

世の中は確実に、その方向に動いている。組織に属しているかフリーランスかに関わりなく、そうしたあらゆるものをデザインしていくことにコミットしていく、あるいはデザイン周辺まで考えられる力を持つことがデザイナーの市場価値を高めることにつながります。考える力のあるデザイナー、クリエイターが増えてくると、私たちもよりいっそう仕事を組みやすくなりますし、仕事の質もさらに高めていけると思います。

自分も含めて「デザイン職よ、もっと頑張れ」と思っていますし、そのために自分たちの取り組みをデザイン業界やコミュニティに対してオープンに還元したいと考えています。ひいては私たちの取り組みが、微力ながらも各企業や社会全体がよりよくなることに貢献できれば、嬉しいですね。

取材日:2022年2月16日 ライター:橘 貴之、スチール:宮崎 洋

株式会社ミクシィ

  • 設立年月:1999年6月3日
  • 資本金:9,698百万円(2021年3月末現在)
  • 所在地:〒150-6136 東京都渋谷区渋谷2-24-12 渋谷スクランブルスクエア36F
  • URL:https://mixi.co.jp/

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

クリエイティブ好奇心をもっと見る

TOP