豊かなアニメ文化は、日本だけのお家芸ではない。ヨーロッパの作家と作品に、注目してみよう。

Vol.56
office H(オフィス・アッシュ) 伊藤裕美さん
2009年、加藤久仁生監督の短編アニメーション『つみきのいえ』(仏題:La maison en petits cubes)が第61回アカデミー賞で邦画初となる短編アニメーション映画賞を受賞し、話題となった。日本のアニメはジブリ作品だけでも、ロボットアニメだけでもないことをあらためて世に知らしめたわけだ。

今やアニメといえば日本のお家芸、世界最高峰の作品水準だと国民的な自負が形成されている。
で、そこ、どうなのだろう?本当に日本のアニメは、他国アニメの追随を許さない域に達しているのだろうか。ちょっとそれは楽天的すぎるだろうと、目を向けてみた。世界には、まだまだ私たちが知らないだけの優れたアニメ作家もいるし、素晴らしいアニメ作品もある。『つみきのいえ』が、アカデミー賞の前に最高賞を受賞しているフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭の出品作品を見渡しても、どれもこれも素晴らしい作品ばかりだ。
伊藤裕美さんは、office H(オフィス・アッシュ)を主宰し、欧米の上質なアニメ作品を日本に紹介する活動を長年つづける、業界の草分け的存在。アヌシー国際アニメーション映画祭にも毎年足を運び、状況を熟知している伊藤さんに、海の向こうの最新の動向などについてうかがった。
【公式ブログ】
「オフィスH(あっしゅ)-短編配給業太脚奮闘記」
http://blogs.yahoo.co.jp/hiromi_ito2002jp

この冬公開される『戦場のワルツを』を観れば
ヨーロッパのアニメの水準がよくわかるはずです
日本の多くのファンに、知ってほしいですね

――2009年、10回目を迎えた「カナダアニメーションフェスティバル」(CAF)
伊藤さんが海外のアニメと出会い、配給にたずさわるようになったのは今から10年ほど前。フリーの宣伝マンとして映画祭を訪れていたヨーロッパで、優れたアニメ作品が数多くあるのを知ったのがきっかけだった。フランス大使館後援の上映会や、短編専門映画館トリウッドとの共催によるアニメーション興行など、ユニークな活動を展開していった。

【伊藤さんのお話】
それらの作品が、ほとんど日本に紹介される機会がないと知り、なんとかならないかと考えました。フランスのアニメーション作品の上映権を借り受けての上映会を、フランス大使館のサポートのもとで実施したのが活動の皮切りでした。
2002年には、カナダ大使館のサポートを得て第1回の「カナダアニメーションフェスティバル」(CAF)がトリウッドを会場に実現。2009年9月には、通算10回目のCAFが実現し、着実にファンを獲得していると実感します。

日本には、海の向こうのアニメーション事情と動向が届きづらい。

まだ「東側」という概念があった頃、共産主義諸国が国家丸抱えで保護する芸術家の中に世界的なアニメ作家がいることはよく知られていた。しかし、ほとんどの日本人は、それ以上の知識も情報も持っていないと言える。紹介されることも少ない貴重な最新動向を、伊藤さんに聞くことができた。

【伊藤さんのお話】
たとえばヨーロッパでは、西欧の映画資本や芸術への助成をめざして東欧から芸術家の人材流出が進んでいます。カナダにはカナダ国立映画制作庁(NFB)があり、多くの才能を育て、世に輩出しています。
直近の現象として話題を探せば、ドイツにユニークな作品、人材が育っていることがあげられますね。長い間映画産業が脆弱で、人材が流出するばかりだったドイツに、人が戻り始めているし、育ちつつあるでしょう。アニメーションもそんな流れの中で、かなり隆盛の兆しを見せています。デンマークなども、人口たった700万人の国でありながら、ヨーロッパで第4位の生産実績を残すアニメ業界の活気が注目されています。

ヤングアダルト向け作品のクオリティとバリエーションは、日ごとに豊かに。

欧米のアニメ状況の中で、伊藤さんが今もっとも注目しているのは「ヤングアダルト向け」作品とのこと。

【伊藤さんのお話】
向こうの作品でも、子供向けのものはやはり子供向けで、私たちが観て面白いと感じるものは少ない。ただ、おとな、あるいはヤングアダルトに向けた作品群は優秀な人材が多く流入していて、企画も手法もきわめて豊富なバリエーションを見せています。毒のあるメッセージを上手に作品に仕上げる作家も次々に生まれています。そのような隆盛を示す作品のひとつが、たとえば『戦場でワルツを』(アリ・フォルマン監督/イスラエル)でしょうね。アニメーションという手法を用いてドキュメンタリーを撮るという際立って意欲的な企画が、見事に作品化されています。

「丸抱え」こそなくなったが、芸術育成の観点から制作資金を助成する制度と環境がある。

つまり、ヨーロッパ、そしてヨーロッパと大西洋をはさむ北米では、日本のファンが想像する以上に活発にアニメがつくられているということ。その旺盛な制作力の背景には、これも日本人にはあまり知られていない、日本にはない環境があるという。

【伊藤さんのお話】
東欧の「国家丸抱えの作家保護」は姿を消しましたが、西欧諸国には芸術育成のためのさまざまな助成が存在します。映画やアニメーションも当然その対象で、平均すれば、総予算の3割ほどは公的助成を期待できるのです。
さらに言えば、優秀なプロデューサーが、インディペンデントでたくさん活躍しています。会社の後ろ盾のないプロデューサーなど、日本では信用力の点でまったく相手にされないものですが、 EU諸国やカナダでは、企画さえしっかりしていれば、プロデューサーがさまざまな助成制度を利用できます。公的なお金が後ろ盾となって、信用力となっていますから、民間の出資者も安心して資金提供できるのです。

大切なのは、紹介するルートの確保。あとは、観た人が評価すればいい。

そんな環境を背景に、刻一刻とクオリティの高い作品が生まれているが、現状そのほとんどが日本未公開のまま。状況は改善はおろか、さらに悪化しつつあるように、伊藤さんの目には映っているという。そこをなんとかしたいとの思いで、伊藤さんが活動しているのは言うまでもない。

【伊藤さんのお話】
ヨーロッパのものが入ってこないし、時とともにさらに入ってこなくなっているのはアニメーションに限らず、映画についても言えることです。日本の観客がヨーロッパの素晴らしい映画やアニメーションに触れる機会が減っているのは、とても残念です。
もちろんヨーロッパのものがすべていいと言うつもりはないし、評価は観客がくだせばいい。だからこそ、作品を紹介するルートだけはちゃんと確保し、観たいと思う人のもとに作品が届くようにしておかなければならない。私はそう思うのです。
素晴らしいものの存在を知らずに、「日本のアニメが一番だ」と思っている人がいるとしたら、不幸と言わざるを得ないでしょうね。

インディペンデントが活躍できる環境こそが、状況を変えるカギになる。

<インタビュー対象者> 伊藤裕美さん office H(オフィス・アッシュ)主宰

<インタビュー対象者>
伊藤裕美さん
office H(オフィス・アッシュ)主宰

欧米の優れたアニメーション作品を知る機会が少ない、つまり紹介するルートが脆弱なことの元凶は、「新しい考えを形にする」人が育たないことにあるようだ。ために必要なのは、インディペンデントが活躍できる環境が必要だと伊藤さんは言う。

【伊藤さんのお話】
つまりはマンネリなのです。昔ながらのビジネスモデルで映画興行を考える人が多いから欧米アニメーションも、短編アニメーションも、ヨーロッパ映画も「儲からない」の一言で敬遠する業界関係者ばかりになってしまっている。
海の向こうのアニメ制作がインディペンデントプロデューサーの活躍で活況を呈しているのは、インディペンデントでしか出てこない斬新な発想が資金を獲得する環境があるからだと、私は感じています。日本のアニメ制作、映画制作の世界にもそれが必要ですし、興業や配給を含めた業界全体にそういう動きを期待したいですね。資金獲得の道、労働環境など変えていってほしい点が山ほどあると感じています。

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