SSFF & ASIA新設のVR映画部門アドバイザーが語る、VR映像&VR映画の現在

Vol.153
株式会社eje 執行役員 VR 推進部 待場 勝利氏
2016年に“元年”と呼ばれる大きな転機を迎え、様々な分野で導入が進むVR。日本発・アジア最大級の国際短編映画祭「ショート ショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFF & ASIA)」でも、20周年を迎える今年(2018年)から学生部門とともにVR部門の新設が決定した。このVR部門のアドバイザーに就任したのが数々のVRプロジェクトを担当してきた株式会社ejeの待場 勝利(まちば かつとし)さん。今回は、そんな待場さんにVR映像およびVR映画の現状についてお訊きした。

2016年に“元年”を迎えたVR

まず、VRの基本的な解説からお願いします。

バーチャルリアリティ(以下、VR)というのは以前から言われていて、起源は1960年代ぐらいまで遡るみたいです。それぐらいVRの歴史は古くて、それが“VR元年”と言われる2016年を経て、ここ2、3年で再燃した感じです。VRは幅広い業界に可能性を持つツールで、PC、モバイルに次ぐ、インターネット利用の第三の波としてVRが利用されるようになるだろうと言われるぐらいインパクトがある新技術として注目されています。

世間的にもその頃からVRが一般的なものになった感じがありますが、何をもって2016年が“VR元年”と呼ばれているのでしょうか。

そもそも「Oculus Rift DK1」というPCベースのヘッドマウントディスプレイが2013年ぐらいに世へ出て、あれが今のVRの盛り上がりの原点になっていると思います。その後Oculus Riftを開発したOculus社はどんどん大きくなり、その後、Facebookが買収し、テクノロジーに興味を持つ一定層の人たちがVRという世界に関心を示したことが今の流れの発端なのかなと思います。

影響力の強いFacebookの買収なども重なり、元々あったVRの世界がより一般的になっていったのですね。では、待場さんご自身のキャリアについて教えてください。

私自身は元々テレビのディレクターから20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパンという映像ソフト会社へ転職し、その後、韓国のサムスンで「Gear VR」という、携帯をはめ込んで使うVRのリリースに関わりました。2015年にリリースした「Gear VR」はVRの認知を広げるキッカケになりました。

ユーザー向け機器のリリースが増え、VR元年へ向かう環境が整えられていったということですね。

はい。そして2015年の年末に、弊社、ejeで「VR CRUISE」という、おそらく日本初となるVRの映像ポータルをGalaxyの「Gear VR」用にローンチして、その翌年からVR元年が始まった感じだと思います。今回のブームは、今までの一時的なブームとは違い本格的にVRという可能性を信じている人たちが多く、VRがいろんな業界で実際に使われ始めています。

映像だけでなく、様々な分野で活用が進むVR

様々な業界で活用され、盛り上がりを見せるVRですが、実際にはどのような使い方をされているのでしょうか。

弊社は実写の映像を得意としていますが、VRの中では、映像は1つのツールという感じで、可能性は映像だけではないんです。VRの大きな特徴の一つに、コミュニケーションツールになる点が挙げられます。

コミュニケーションツールとしてのVRの具体例を教えてください。

大袈裟な話をすると、バーチャル空間の中に以前話題になったSecond Lifeのようなもう一つの世界があり、朝起きてご飯を食べてヘッドマウントを装着するともう会社にいて、会議にも出られて、ランチの時間になったらまたヘッドマウントを外して家に帰って、再び午後、VRで会社に行くという世界もそんなに遠い未来ではないという話もあります。

Facebookのマーク・ザッカーバーグ氏らが言っているのは、バーチャル空間で様々なことが行われる可能性があり、その中でショッピングができたり、アバター的なものを使って友人と待ち合わせをして、一緒に映画へ行ったり。生活自体がバーチャルの世界に変換されていく時代というのが、やがて来るかもしれません。

※ Second Life(セカンドライフ)は、3DCGで構成されたインターネット上に存在する仮想世界(メタバース)である。ユーザーはバーチャルな世界で好みのアバターになり、現実の世界とは異なる生活を送ることができる。

VRは映像にとどまらずコミュニケーションツールとなりうるだけに、様々な使い方があるとのことですが。

多くの企業が模索しています。特に観光業界ではよく使われていて、例えば、ホテルの部屋をVRで体験してから予約したり、いろんな国の観光地を見た上で予約したり、営業ツールの1つとしてVRを使っている例もあります。不動産業界では、現地に物件を見に行かなくても、VRで見ることができたりします。

VRの使い方の模索は、2016年を機にいろんな業界で少しずつ始まっているという感じです。

VRが切り拓く映画の新世界

20周年を迎える「SSFF & ASIA」で、そのVRを使った部門が今年から新設されます。VRを使った映画についても教えて頂けますでしょうか。

20世紀フォックスにいた時に、映画『アバター』など3Dを扱ったことがあるのですが、VRは3Dで見た感覚ともまた違う衝撃というか、映像をやってきた人間として新しい映像表現の可能性を感じています。

これまでの映像は四角いフレームで画面を切り取るものでしたが、VRの映像は、そういう概念を覆して、全方位が画面になります。ヘッドマウントをかぶって映像を“見る”というより“体験する”感じでしょうね。この“体験する”というのがVR映像の面白いところで、その新しい見せ方を探っていくことは面白いチャレンジだと思います。

VR映画の現状について教えてください。

ゲームや教育、BtoBなどで使われていることが多いです。VR映画としては海外の映画祭で少しづつ取り上げられて来てはいますが、まだまだこれからだと思います。
国内でもVR映画の制作は少しづつ始まってはいますが、まだそんなに盛り上がっている感じはしないです。

ただそれは制作側の話だけではなく、見る側のリテラシーの問題でもあって、例えばヘッドマウントをかぶってVR映像を見せても、ユーザーは、これまでの映像を見る感覚で真っすぐ前方しか見ないんです。それは、“映像”ってなると、これまでのTVのように正面の四角いフレームを見るという固定観念があるからです。

「360度の映像なので見回してください」と言ってはじめて、首を動かして映像が広がっていることに気づく人たちが多く、見る側にも、啓蒙していかなければならない段階なんだと思います。

映画も昔、リュミエール兄弟の時代は記録映像であったり、ビックリ箱的な映像であったり、あまりストーリーはありませんでした。今のVRもまさにそうで、アミューズメント施設とかで喜ばれているのはすごく高いところを歩いたり、お化け屋敷のようなホラー系であったり、ストーリーを追わずとも直感的に分かるもので、瞬間的なコンテンツが多いと思います。

ただ僕らが今やっているのは、そういう世界の中でストーリーをどうやって作り出していくか、一歩進んでVRの映像表現を考えています。日本でもここ1、2年で少しずつストーリー性のあるVRの映像表現が始まってきています。

「SSFF & ASIA」VR映画部門に期待すること

待場さんがアドバイザーを務める「SSFF & ASIA」のVR映画部門に期待することを教えてください。

もともと私がストーリーのある映像を中心にやってきたこともあって、VRでストーリーテリングできる映像ってどういうものだろう? ということを模索しています。そしてそれが進んでいる場所・イベントはどこかと考えた時に、それが映画祭でした。

世界を見てみると、それこそサンダンス映画祭だったりベネチア国際映画祭がどんどんVRでストーリーテリングのコンテンツを作ろうとフォーカスを当てています。去年からいくつかの映画祭を巡って、VRで映像表現をしようとしている人たちが世界中にたくさんいることに気づきました。通常の映画を超えたストーリーテリングのコンテンツが作られてきています。もう少しすれば、ひょっとしたらVRが“次の映画”になるかもしれないという可能性を感じています。

VR映像を用いた映画の制作が、新たな兆候として世界で起き始めていると。

そうですね。そしてそういった作品をいち早く見れるのが映画祭だと思います。「SSFF & ASIA」では、作品の紹介だけでなく映画ファンが集まってVRの作品を観る中で、どうやってVRと接するかといったリテラシーを深める場でもありたいと思います。またVRを見せる際、何に注意しなければいけないか、という知見が開催する側にも貯まりますし、映画祭にはいろんな意味があると思います。

まずは映画祭で魅力的なコンテンツを1人でも多くの方に体験して頂き、それが口コミでどんどん広がっていく。そういう状況が必要かと思います。少し時間が掛かると思いますが、エンドユーザーのリテラシーがもう少し高くなると、もっと面白いコンテンツも出てくると思います。
今回はどういう反応になるか、私も楽しみです。今、VRをやっているところは、ほとんどゲームやアミューズメント施設系が多く、映像系のクリエイターや映像が好きな人たちが集まってくる映画祭でそういう人たちがどんな反応をするのかとても興味深いですし、そこで新しい表現が生まれてくることを期待したいです。

“体感”できるVRならではの映画を

VRの映画を作る上で何が必要なのでしょうか?

今までの映像制作とちょっと違って、数台のカメラで撮った映像を360度に繋ぎ合わせるスティッチという作業やVRを見せるためのアプリケーションの開発など今まで映像制作になかった作業が必要になっています。またVRの特徴をきちんと理解しながら制作しないとVRとしての面白さが見出せません。一方でVRということにこだわり過ぎてしまって、きちんとストーリーテリングができていないと多くの人たちの共感が得られません。今までの映像制作に捉われない新たな感覚でVRを使って映画制作する人が必要になってくるのではないか?と思います。

待場さんが思われるストーリーテリングなVR映像の例があれば教えてください。

今、VRはホラー系とか、例えば何かから飛び降りるようなアトラクション系とか、刺激的なものが多いんです。でも、それはあまり記憶に残らない。ところが印象的な映画のストーリーというのは、いつまでも記憶に残るものだと思うんです。
そういう作品を作っていきたいと考えています。
そしてそのヒントとなるのではと考えているのが、以前、弊社で宮城県にあった松島水族館を撮影したコンテンツです。

松島水族館は88年間も続いた水族館で、東日本大震災と老朽化が原因で2015年5月に閉館しました。閉館する3ヶ月ぐらい前に撮影し、水族館のコンテンツとして東京や大阪で上映していたのですが、ある時、仙台でイベントをやることになり、そのコンテンツを持って行ったんです。その時、「また松島水族館が見られるんだったら行きたい」と言って、お爺ちゃん、お婆ちゃんから中高生まで大勢が集まってくれました。その時、あるお婆ちゃんが、「磯の香りがする」っと、涙を流しながら言ったんです。別に香りは出していないんですが、VRでは自分の視覚が全てその世界になるので、記憶がいろんなものを補完してくれるらしいんです。それでそのお婆ちゃんは当時のことを思い浮かべて、磯の香りを思い出したんじゃないかって。

まさに映像が記憶を刺激して、香りまでも呼び起したと。

VRの映像は、おそらく今までのフレームの映像とは違うインパクトで、 “体感させる”ことができるのかもしれません。

例えば、小学校の時、毎年お正月にお婆ちゃんの家に親戚が集まっていたんですが、あの食卓を撮ってVRにしたら、そこへタイムスリップしたような感覚になるかもしれない。そういう感覚を起こすことのできるツールとして考えれば、もっと使い方があるんじゃないかなと思います。

つまり、今までの映画の手法だけではなく、VR独自の可能性というものを模索すると、もっといろんな映像表現が出てくるし、VRならではの映画というものも出てくるのではないかと考えています。

取材日:2018年3月8日 ライター:長谷川 亮

待場勝利(まちば かつとし)・SSFF & ASIA VR部門アドバイザー

株式会社eje、VR推進部執行役員。大学を卒業後、アメリカで映画制作を学ぶ。TVディレクター、20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパンで日本語版プロデューサー、サムスン電子ジャパンではGear VRを担当。2016年から株式会社ejeでVRのコンテンツに関わる。数々のVR Projectを担当。ejeではVR CRUISEとVR THEATERの運営に携わる。

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