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できないかもしれないという不安

番長プロデューサーの世直しコラム Vol.142
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木 光

働き方改革が叫ばれて時間がたってきましたが
画期的なアイディアとか、劇的な変化とか出てきたのでしょうか?

僕のいる会社はかなりそこを重視していて随分働き方も変わりました。
新しいルールがどんどんできていきますし、
新しいメンバーで仕事をすることも増えてきました。
いいことだと思います。
僕の若い頃に、それやって欲しかったなあと思うようなことも多々あります。

CMプロデューサーやプロダクションマネージャーは会社に所属している人が
多いんですが(最近はかなりフリーランスの方に助けてもらいますが)
それぞれが人気商売です。同じ会社に所属していても個人に仕事の話が来るので
人気のある人とない人では随分仕事の量が違います。違うものでした。

自分がプロダクションマネージャーの時には、比較的人気のあるプロデューサーに
つくことが多かったため、とにかく家に帰れませんでした。
家に帰らないと一番困るのは風呂です。

会社のトイレの手を洗うための洗面所で全裸になって、蛇口からお湯を出し
撮影の時に持っていく小道具ボックスの中から、セットの床とかを拭くための
ウエスと言われるボロ布を引っ張り出して丁寧に洗い、体を拭いていました。
お風呂に入ってるような、「あーん」という声を出しながら体を拭くだけ。

よくわからない、水のいらないシャンプーという商品があり、どういう原理かわから
ないままシャンプーした気になっていましたが、あとで粉みたいなものがボロボロ
頭から出てきてキモち悪かった覚えもあります。

常に5~6本以上の企画が同時進行していた覚えがあります。

働き方改革に伴うルールの変更を見ていて、そしてそれに対応する若い子達を
見ていて、あの頃の自分と結構違う空気感が流れているのを感じるのです。
その正体が何だかわからなかったのです。

若い奴らに、トイレの手洗いで全裸になって体を拭くような生活をしないと
一人前にはならないぞ。と言いたいわけではありません。やって欲しくない。

実は、あの頃でも帰ろうと思ったら帰れたからです。
自分が納得しなかった。まだやる事があるはず。まだやれる事があるはず。
抜けたことはないか?改良できる点はないか?そういう気持ちでした。
それが何だったのかというと、僕にこの仕事は難しすぎて
「できないかもしれないという不安」といつも戦っていたということだと思うのです。
そして、できなかったら嫌だ。かっこ悪い。と思っていたということになります。
いまでもそうですね。昔ほど怖くはないけど「できる」という過信は持てないのです。
毎回違ったことをして、一度やったことは絶対にやらない仕事だからそう思うのでしょう。
ビクビクしていました。だから帰れなかった。

不安に思うことはあまり良くないことかもしれませんが、危機感と緊張感は
常にあるべきです。
プロデューサーやプロダクションマネージャーの仕事で
「できない」ということは、コミュニケーションでの失敗を意味します。
スタッフ全体の意思統一ができていない。とか、次何を撮影するのかわかってない
とか、何を待ってるのか、誰もわからないまま撮影が中断しているとか。

特にプロダクションマネージャーは、監督とスタッフの間で、監督の希望を
自分の中に一旦取り込んで、予算やスケジュールのフィルターを通してから
「こうしましょう」と説得力のある言葉で技術者に伝える。という技が必要です。
監督には監督の都合。カメラマンにはカメラマンの都合。があるように
プロダクションマネージャーには大きな都合があります。咀嚼プレイをしなきゃいけない。

最近の現場を見ていると、その意識が少し薄いような気がするんです。

例えば
現場を仕切っていたのはプロダクションマネージャーだったはずなのに
最近の現場にはフリーの「助監督」がいる事が多いです。これまたフリーで
助監督をやれるような人はめちゃくちゃ優秀な人たちなので、バンバン仕切る。
いてもらうととっても助かるし、プロデューサーとしては随分助けてもらっています。
プロダクションマネージャーとしても、とっても楽ができます。

ただ、自分が今、プロダクションマネージャーだったとすると、悔しくないのかな?と
思う時があります。自分の言葉と態度で現場を仕切る。かっこよくコントロールする。
無駄なことはさっさとやめて、監督も納得して時間内に終わらせる。
現場を仕切っているのは俺だ、金を握ってるのも俺だ。という中心を示す。
レンズのサイズを見てカメラに写っている範囲を理解して画面ギリギリに
カチンコを入れて、片手で打つ。みたいな事も含めて。
予算も自分で仕切って組んだところに収まるようにする。そういう事が僕には快感だったからです。

毎日寝ないで仕事をする。というのは美徳でも何でもありません。
仕事が遅いだけかもしれない。能力が無いと思われるかもしれない。
仕事の量をセーブされるのは本当にいい事だと思うのです。人気商売だったとしても
健康に生きるために仕事をしているわけですからね。
病むほど働く必要はない。

その反面、お金をもらってやっていることは、お金を払った人を満足させて返さなきゃいけないのは変わらない事だし、自分がお願いして集まってもらったスタッフに「いい現場だった」と思って帰ってもらいたい。

だから、「できないかもしれないという不安」という危機感と緊張感を常に持つべきです。
何とかなるっしょ。は間違いです。多分。
自分の言うことがちゃんと伝わらないかもしれない。という危機感は、常に相手側に立って
自分の言うことのわかりやすさを追求しようという態度を生むからです。

意図的に仕事の量が減らされるならば、それをチャンスと捉えて、じっくり一つ一つ不安を消していく作業をするべきだし、自分の仕事の質を上げる楽しみを持ってたいものです。

その意識がないと「働き方改革」に失敗して、仕事が減った分、給料も減るでしょう。
怠け者を量産するだけの、レベルの低い、魅力的ではないCM制作現場を生み出すことになってしまうような気がするのです。 作られるCMのレベルも然り。

「働き方改革」は仕事の量を減らそうという改革で、仕事の質を下げてもいい、という話ではないからです。そういう意識でプロデューサーがプロダクションマネージャーをリードしていくべきです。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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