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鎮魂歌が聞こえてくるのは?  Crossbones

Vol.73
London Art Trail 笠原みゆき
Requiem for Cross Bones 2018 ©Emily Peasgood

Requiem for Cross Bones 2018 ©Emily Peasgood

風にたなびく色とりどりのリボン。リボンは10メートルほどの鉄の柵に隙間なく結ばれていて、その一つ一つにはメッセージが書かれています。七夕祭りの飾り?ではなくて、ここはなんと墓地!? 今回はEU随一の高層ビル、ザ・シャードを見上げるロンドンブリッジにある墓地、Crossbones Graveyard (またはGarden) から。ロンドンブリッジ駅から徒歩5分。

Requiem for Cross Bones 2018 ©Emily Peasgood

Requiem for Cross Bones 2018 ©Emily Peasgood

Requiem for Cross Bones 2018 ©Emily Peasgood

Requiem for Cross Bones 2018 ©Emily Peasgood

柵の向こうから微かに童謡を歌っている子供の声が聞こえてきます。中に入るとそこは小さな庭になっていて、奥に進むと中世の時代を思わせる木製の質素な十字架立つ墓がいくつも並んでいます。近づいていくとさっきの歌声は消え、ガタゴトという鉄道の音、街の喧騒に混じって人の話し声や教会の鐘の音などが聞こえてきます。別の十字架に近づくと、今度は厳かな教会のコーラスが。葬儀か何かのようです。
さて、この墓地の歴史について触れておきましょう。歴史家のJohn Stowもクロスボーンズは16世紀には既にロンドンの独身女性のための墓地として知られていたと著書の「Survey of London(1598)」の中に記しており、その歴史は更に12世紀まで遡ります。
中世においてテムズ河南岸のこの一帯はロンドンで最も貧しい地区で、Liberty of the Clinkと呼ばれる、ウィンチェスター大主教の直轄地でした。 そこで、1161年に当時の大主教がこの地区で娼婦たちに自由に商いを行う権利を与えると、彼女達はウィンチェスターのガチョウ達(Winchester Geese) と呼ばれるようになります。一方で性労働者は、キリスト教の埋葬儀式や教会葬をすることが許されませんでした。( 教会って勝手ですね!) そして必然的にこの一角に彼女達、独身女性を埋葬する場が設けられます。 今も昔も変わらず、葬式や墓場は高価なもの。そこで、多くの赤ん坊や子供たちを含む貧しい人たちの遺体もまたここに持ち込まれるようになります。やがてそこは見知らぬもの同士の骨が祀られる場、Crossbonesと呼ばれ、一般的に知られるようになっていったのです。18世紀にはピークを迎え、19世紀に入るとおびただしい死体の数に腐臭が漂い、公衆衛生上の問題にもなると、墓場は1853年には閉鎖され、歴史から忘れ去られていきます。
作曲家、サウンドアーチィストとして知られるEmily Peasgoodは、今回Marge Festivalへの委託作品として“Requiem for Cross Bones 2018"と題した音のインスタレーション作品を作り出しました。1753年から1853年の閉鎖までの100年間のこの付近の音をBBCアーカイブなどを使って再現したもの、 急死した婚約者に捧げる歌を歌う若者の声、母親のおとぎ話にまどろむ永眠した子供の夢の歌、幻の教会葬(ここに埋葬した人達は誰も葬儀を行う事ができなかっため)そして、リピート。プロジェクトには地元の小学生も声や歌声で参加しています。先ほど十字架から聞こえてきたのはこれらのサウンドで、来場者が近づくと音が始まる仕組みになっていました。(次の映像を是非ご覧くださいませ。)

https://vimeo.com/275532543

さて皆さんは性労働者として亡くなっていった独身女性というと何才くらいの女性達を思い描くでしょうか。地下鉄ジュビリーラインの延長工事のため1990年代にロンドン博物館によって行われた発掘調査で回収した骨を分析したところ、その6割以上が16歳から19歳の女性の骨で占められていたそうです。発掘されたのは148体でしたが、実際にはこの僅かな土地にその100倍に当たる1万5千体ほどが眠っているであろうと推定されています。

インスタレーションの一部として来場者にメッセージを書いてもらうメッセージボードも用意されていました。
Requiem for Cross Bones 2018 ©Emily Peasgood

現在墓地は、クロスボーンズの友の会やBankside Open Spaces Trust (BOST)をはじめとする多くのサポーターとボランティアによって運営されています。テイトモダンの裏に位置するこの墓地、ちょっと足を伸ばしてロンドンの秘められた歴史に触れてみてはいかがでしょうか。





Profile of 笠原みゆき(アーチスト)

笠原みゆき

©Jenny Matthews

2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。
Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。

ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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