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「これまでで一番悲惨だった現場はどんな現場ですか?」

番長プロデューサーの世直しコラム Vol.129
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光

「これまでで一番悲惨だった現場はどんな現場ですか?」
若い制作の子にいきなりそう質問されて、即答することができませんでした。
「ちょっと考えてもいい?」
家に帰って考えてみることにしました。
いろいろ思い出して吐きそうになったのですが、
新人の頃、起こるトラブルの対処の仕方を知らない頃の現場がどれも悲惨だったなあ、
ということに自分の中で結論が出ました。

入社してすぐ、プロダクションマネージャーの新人アシスタントの頃。
1991年の夏のある日、出社したら会社の僕のデスクに張り紙がしてあった。
「○月○日、朝7時半、渋谷ハチ公前、ブラジル人80人ピックアップよろしく!」
と書いてあった。
制作の先輩からの指令だったのだが、ブラジル人80人???
なんだか意味がわからなかった。

書いてある名前の制作の先輩のところにその張り紙を持っていき
「なんすかこれ?」と。
ニタニタしながら先輩が説明してくれた内容はこうだった。

あるエアコンのCM撮影で、ブラジル人のサンバチームと、日本人タレント率いる日本人のサンバチームが、
渦を巻くように行進してエアコンのエンジンの機能を説明する。
ブラジル人のサンバチーム80人用の控え室代わりに、撮影用とは別にでかいスタジオを抑えているから、
そこでブラジル人の面倒を見て欲しい。
撮影しているスタジオから無線で指示を出すからそれに従ってブラジル人メンバーの出し入れをして欲しい。
「はあ、まあ、はい、わかりました」
ということになった。

○月○日の朝、渋谷のハチ公の前に行くと、
ハチ公前の広場にはブラジル人が溢れかえっていた。異様な光景。びっくりした。

負けていられないので、ブラジル人集団を相手に大声を張り上げて
「ブラジルのサンバチームのみなさ〜ん、集まっていただいてありがとうございます。
撮影の間、みなさんのお世話をする櫻木といいま〜す。よろしく〜。
順番にバスに乗ってもらいますから並んでくださ〜い」
と叫んだら、一気にみんなが僕のところに殺到して一瞬にしてもみくちゃになった。
「早くバスに乗せろ」それだけが彼らの言い分だったのだが、その時わかった。
彼らは列を作るという概念がないのだ。ゾンビに食われる普通の人のような光景になった。

ブラジル人たちは、浅草でサンバカーニバルに出ているようなサンバチームの人たちで、
日本に住んでいるし日本語はある程度はわかる。
わかるはずなんだけど「並んでくれ」はわからないみたい。
あと、「やめろ」と言っても通じない。

なんとか4色に色分けをしたシールを使って4台のマイクロバスに分けて彼らを乗せ、
今は無き大船の松竹大船撮影所に向かった。
80人を4台に分けて乗せると1台20人。
マイクロバスに20人乗ると、どの車も満杯である。僕は座る椅子がなかった。
先頭車両の一番後の荷物のスペースに座って大船まで行った。
先輩は俺のことなんか考えてもいない、ということがわかり始めた。

撮影所に着くと、撮影しているスタジオの横に確保してあったブラジル人用控え室の大きなスタジオに全員を入れた。
よくみると女性が50人くらい、男性が30人くらいだった。
すぐ準備させろ、という指令が出ていたので、全員サンバの衣装に着替えてもらった。
男のスペースと女のスペースの間には大きなカーテンで区切りがあるのだが、サンバの衣装に着替えた女の人たちは裸同然で、それをカーテン越しにのぞいていた男衆が興奮してなだれ込み、半裸の女性陣を追いかけ回し始めた。
「やめろ」「準備しろ」怒鳴ってもなかなか通じない。
しょうがないから調子に乗ってる男を一人捕まえて怒鳴った。「準備しろ」
そしたらその男が怒り始めて僕の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
迫力はあったがビビるわけにはいかない。統制が取れなくなる。
あ〜あ最初からこれか。ごみ捨て用の大きい青いポリバケツを蹴り上げて、
「俺の指示に従わない奴は帰らせるぞ。ギャラなんかもらえると思うなよ!」
と怒鳴ったらなぜかみんなおとなしくなった。

みんなを準備させ、スタジオに入れたのだが、スタジオの床には合成用の青いパンチカーペットが敷かれていて、
それにコースがテープで引いてあるだけ。カメラは天井に設置されていてどこにあるのかわからない。
サンバチームは合成で1000人ほどに増やすためパートパートで行進させられているだけで、本人たちには撮影されている実感がない。

スタジオには出演者が100人、スタッフが100人ほどいるので熱気ムンムンで蒸し風呂のように暑い。
リオのカーニバルの熱気を出すため冷房も止めてある。
その暑い中、行進だけ繰り返しやらされているブラジル人たちが怒り出した。
いつまでもナニやらせてるんだ?暑いだろう!喉が渇いた!思い思いのことを言う。
しかもスタッフの中で知ってる人間は僕だけなので僕にしか言わない。
暑いので扇いでやろうかと思い、カポックという照明に使う発泡スチロールの大きい板を半分に切って、
ガムテープで四辺を巻いて扇いでやったら喜んだ。
と思ったら背中に激痛が走る。
見たら真っ赤なハイヒールを背中に投げつけられていた。
「こっちも扇げ!」とでっかい羽をつけたサンバの半裸のお姉ちゃんが怒っている。
はいはいちょっと待ってね〜。
飲み物でアイスコーヒーのペットボトルを渡すと投げ返される。
ブラジル人はこんなコーヒー飲まない!こんなのコーヒーじゃねえ!めんどくさい奴らだ。

そんなことが繰り返され、スタジオと控え室を何往復もしていた。
手伝いに来ていた先輩の制作の人たちが、あいつ大変そうだから手伝ってやるか?と控え室に来るが、
状況を見てクルッと踵を返してスタジオに帰ってしまう。
「あっち行かないほうがいいよ」サンバの格好したブラジル人が80人、思い思いに暴れているのを大声で叱っている僕を見てびっくりしたんだろう。仕方ない。

近くの弁当屋では80個の弁当は断られてしまっていたので(スタッフ分の発注も入っていて)、
駅前のハンバーガーショップにハンバーガーとポテトとコーラを一袋にしたセットを80袋発注した。
お昼時になり、それを一人ずつ配っていたら、
「こんなもんで足りるか!」とか「私ベジタリアンだからこれは食べれない」とか、苦情が出たが無視した。
二つ持っていく奴も出る始末。
わかるんだけどごめんね。と思っていたら、歓声が沸いた。
なんだ?と思っていたら、なんだか一人だけ立派な弁当を食べてる奴がいてみんながそこに集まっている。
スタイリストチームの助手の女の子が、かわいそうだからとか言って自分の弁当を一人のブラジル人にあげちゃったみたい。

集団が僕の方を見たかと思うと詰め寄って来て、
「俺にもこれを食わせろ」その人数がどんどん増えて暴動みたいになった。騒然となった。
またゾンビに囲まれる普通の人みたいになってあっという間に取り囲まれた。こえ〜。
仕方がないのでスタジオの大きい扉をドス〜んと閉めて外から鍵をかけ、暴動が収まるまで無視することにした。
知らんよおりゃあ。
無線からは「ブラジルチーム、スタジオに入れてください」との指令。
「今は無理です」「なんで?」「暴動を鎮圧しております」「暴動?勘弁してよ」
俺が勘弁して欲しいぜ。

そういう感じで1日目の撮影が終わったのが夜の12時くらいだった。
先輩の制作の人に札束を渡されて、ブラジル人をうまく帰らせろ。と。 は?
「乗って来たマイクロバスで渋谷まで連れて行って、そこから先はタクシーだろ。
なるべく同じ方向の人は相乗りしてもらって、タクシーの領収書とお釣りを明日全額回収しろよ。頼んだよ」
と言われた。まじかよー無理だべー。
大船からだから、夜中の2時前くらいに渋谷に着いて、それから帰る方向ごとにブロック分けして4人ずつタクシーに乗せる。
どこまで帰るの?千葉。じゃあ2万円ね。と2万円渡したら、杉並方面に帰る奴が俺にも2万円よこせと騒ぐ。
君が最後に降りるのね?名前は?エスメラルダ。エスメラルダね、領収書とおつり。わかる?明日持って来てね。持ってこないとギャラから引くからね。どんどんメモしていく。エスメラルダ、1万円。

100万円の札束持って、深夜の2時に渋谷のハチ公前でブラジル人80人に取り囲まれている僕はどう見ても不審者である。
小突かれて、シャツを引っ張られ、髪の毛を掴まれている。
警官が二人やって来た。
「何してるんですか?」「話しかけないでもらえます?」「失礼しました」と。
よっぽど鬼気迫っていたのだろう。警官が去って行った。

次の朝も渋谷集合だった。来ない奴が出ると思ったが、意外にもみんな来ていた。
タクシー代の領収書とおつりを回収しつつ、大船を目指した。また座る席はバスにはなかった。
領収書は莫大な量になった。清算がめんどくせえなあ。と思った。
ブラジルの皆さんは昨日より少し言うことを聞いてくれるようになっていた。
気のせいかもしれないが少しづつ仲良くなっていた。雨がザーザー降っていた。

撮影所につき、昨日より少し勝手がわかった感じで撮影に入った。
無線でこれまでとは違う指令が出た。
雨が降っているので控室まで行って主役の大物女優さんをスタジオまで連れて来て欲しい。と。
映画の撮影所だからタレント控室が少し遠いところにあった。
女優さんを迎えに行き、車に乗せて、僕は助手席。スタジオの前に車を止めてもらった。
はい、ここで降ります。と元気に言って僕も車を降りようとしたその瞬間、目の前が真っ暗になった。
ものすごい音とガラスの破片。激痛。気がついたら水たまりの中に半分体が浸かって倒れていた。
嫌な感じがした。

僕らの車の前に止まっていた撮影所の美術の軽トラックが急にバックして、降りようとした僕の車のドアに激突していた。
僕はドアに挟まった形でそれをうけとめ、ガラスの破片を頭から被り、金属の時計のベルトが切れてメガネが割れた。
そして頭から血を流しながら水たまりの中に倒れた。一瞬気を失ったみたいで、
それを見ていたブラジル人たちが、大変だ、大変だ、と大騒ぎしながら僕を水たまりの中から引きずりだして軒下に転がした。
シンダシンダと騒いでいる。

気がつくとみんなが顔を覗き込んでいた。サンバの格好をしたみんなだ。
何が何だかわからなかった。
軽トラックの運転手が、「だいじょうぶですか?」と聞いて来たので、飛び起きてそいつに掴みかかった。
「大丈夫なわけねえだろう!この野郎」
それを見てブラジル人たちから歓声が上がる
「イキテルー」

救急車に乗せられて近くの病院に運ばれた。確か大船中央病院。
傷の手当てをして、全身レントゲンを撮った。幸いなことにどこも骨折はしていなかった。
頭を切っていたので大げさに血が出ていたが、顔の血と泥を拭かれ、包帯を巻かれ、うがいをして病院を出た。

病院を出たところでプシュっと無線が鳴って
「サクラギ?どう?骨折れた?」プシュ
「折れてませんでした」プシュ
「じゃあ帰ってきて、すぐに、大変なんだから。」プシュ
「あー、はい、わかりました」プシュ
走って撮影所に帰った。なんだよ無線、通じんのか、くそっ。

撮影所に帰ったら、撮影所のお偉いさんたちが並んで待っていた。
大丈夫ですか?大丈夫ですか?
メガネが割れちゃったので仕方なく度付きのチンピラのようなサングラス。
アロハシャツをきていたが左半分泥だらけ。血の滲んだ包帯を頭に巻いて
走って病院から戻ってきた。そんな僕にスーツの人が群がって大丈夫ですか?
と6回くらい聞かれているが答えようがない。
後ろで先輩制作が早くしろ早くしろ、ブラジル人をスタジオに入れろ!と叫んでいるからだ。

手伝いに来た他の先輩は、「まずいよ、こいつ帰らせたほうがいいんじゃない?」というと、
その先輩制作が「ダメだよー、誰があいつら仕切るんだよ?お前やんのかよ」とマジで怒鳴った。
手伝いの先輩は黙っちゃった。黙るんかい!
スーツを着た人たちもこりゃダメだって感じで退散して行った。
スーツの人が一人、帰り際に、あの美術は無免許なんです、と言った。だから車の運転が下手なんです、と。
はあ?冗談じゃねえぞ、逮捕しろ、と怒鳴ったら、ここは私有地内ですから、と少し笑って言った。
先輩がブラジル人を20人入れろ。と怒鳴った。
はいはい。やりますよー。

ブラジル人たちを呼びに行ったら、控室に歓声が上がり、
「ヨカタナー、イキテタカ、ミンナデシンダて言ってたぞー」とバンバン背中を叩かれた。 やめろ、痛いだろ。

それでも撮影は淡々と続き、またスタジオでは、さっきまで死んでたはずの僕に暑いだの喉が渇いただの言う人たちをカポックで扇いだりしていた。 車のドアに挟まった手も足も痛かったがそんな事を言える状況じゃなかった。
痛いと言ったところで何も変わらないからだ。

そんな中、大物女優さんが僕の横にやって来て
「サクラギさん、大変ですが頑張ってくださいね」と囁いてくれた。
え?なんで名前知ってるの?まあどうでもいいや。うれし〜。超嬉しい。
見るに見かねて声をかけてくださったんだろう。天にも昇る気分だった。
その人のちょっとファンだったからだ。
単純なもんだ。それだけで気が晴れたような気がした。
その一つ前の撮影では、意地悪で有名な大物女優さんにひどくいびられたから
声かけてくれたその人が天使に見えたのだ。泣きそうになった。

そんなこんなでブラジル人のパートが終了したのが午後6時くらいだった。
早く終わってよかったね。
ブラジル人を着替えさせて、マイクロバスで大船駅までピストン輸送する。
僕は駅で待っていて、大船から東京までの回数券を80枚買って一人ずつ配る、
と言う作戦。
だが、またしても回数券を早くよこせと言う感じで取り囲まれ、髪を引っ張られ、シャツを引っ張られ、包帯まで引っ張られてもみくちゃになった。痛い痛い放せ、馬鹿野郎。

帰宅ラッシュの大船駅の構内で、またしてもゾンビに襲われた人みたいになっていたが、もう普通の人ではなかった。
雨でずぶ濡れ、体半分泥だらけの青いアロハシャツを着た、チンピラのようなサングラスをかけて、頭には包帯。血が滲んでる。時間が経って左目の周りは真っ黒だった。ガラスの粉をいっぱいかぶっていてなんとなくキラキラしている。 どっちがゾンビだかわからない。
帰宅する人たちが、何やってるんだろうな?この人。と言う目で通り過ぎてゆく。
もう恥ずかしくもなんともない。早くサバキたいだけだった。早く帰れ畜生。
そう思っていたが、ありがとうありがとうと言って泣きながら抱きついてくるブラジル人の女の子もいるのでまあいいかと思った。痛いんだけど。ニコニコして見送った。

やっと全員さばいて、晴れ晴れとした気分で、控室を片付けようとスタジオに戻ったら、体のでかいブラジル人がまだ3人ほど口いっぱいに頬張りながら弁当を食べていた。 僕を見るなり「お、帰って来た、お疲れさん」と言った。
「お疲れさんって、あんた、帰んなきゃダメじゃん。何してるの?」と聞いたら、
「俺は、あのブラジル人たちを仕切るために来た〇〇と言う者よ。
お前、よく働くねえ、感心したよ。ウチで働かない?
お前がなんでもやっちゃうから、俺やることなかったよー楽チーン。」と言った。
ブラジル人め。殴ろうかと思った。

と言うのが平たく書いても長くなるような一番悲惨な撮影現場の話です。
「これまでで一番悲惨だった現場はどんな現場ですか?」
と聞いた若い衆にはこの原稿を送ってあげようと思いました。
この話は酒を飲みながらするとめちゃくちゃウケるんだけど、みんなは必ず聞いて来ます。
「よくやめませんでしたね」と。

「やめるわけねえじゃん。こんな経験、普通の仕事してたらできないんだぜ。
高校のバスケ部の方がはっきり言ってきつかったしな。こんなことより。
当時、俺はこうやってBIGになっていくんだよ。って本気で思ってたモンね。
これが俺の『成り上がり』ですよ。おれにはCMがあった。なんちゃってな。」
と答えるようにしています。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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