映像2016.11.24

名前の出ない2日間の事

とりとめないわ 第15話
とりとめないわ 門田陽

人は途方に暮れるとヘンになるようです。僕が途方に暮れるとあんな行動をとるなんて思ってもみませんでした。

つい先日、出張で地元の福岡に2日間帰りました(出張なので、行きましたのほうが正確かな)。仕事の合間に空きがあったので、行きつけの場所をプラプラしていると、バッタリなつかしい顔に出会いました。会社は違ったのですが同じ業界で働く事務方の人。僕が福岡で勤めていたときに仕事でお世話になった人です。僕より少し年上で、とにかく明るくて声が高くて人なつこい笑顔で、おしゃべりが大好きなステキな女性。う~~、問題はその方のお名前が出てこないのです。う~~~、申し訳ない。

「うわー、なつかしー、ごぶさたー」と向こうから近寄って来られました。会社の同僚らしき人達4人と一緒です。僕も「お久しぶりです」と返事をしながら、名前が思い出せません。おそらく12、3年ぶりの再会です。すると先方は同僚たちに僕の話をし始めました。「この方は前は福岡にいて、協会の集まりとかでよくご一緒したのよねー」云々。そうです。その通りです。さらに同僚達に「同じビルにいたのよ」と話は続き「お名前は原田さんよ。ね、原田さん、そうそう先生よね、原田先生!」と僕をみんなに紹介します。「いや、先生じゃないですよ」と言う僕に「なにそんな謙遜を」という先方。どうしていいかわかりません。

原田?先生?名前だけをカン違いされているのか、それとも誰かと間違われたのか?と、そのときです。社会人特有の雰囲気が漂った気がしました。何となくですが名刺の交換をしそうな空気。まずい、これは絶対にまずいと直感しました。もしこの4人といま名刺の交換をしたら、おそらく彼らはなぜこの人は原田ではなく門田という名刺を出すのだろうかと妙に思うはずです。僕への疑問や不信はいいのですが、僕を紹介してくれた先方を傷つける(?)ことになったら困ります。そもそもその女性の名前を僕も忘れているのです。この状況は途方に暮れました。

一瞬の判断。僕はその女性に「ほんとに久しぶりなのに、いますごく急いでいまして、ごめんなさい」と左手を高く挙げてタクシーを止めて飛び乗りました。5人はうつろに僕を見ていました。僕はタクシーの運転手さんに「とりあえず天神」と告げると「とりあえず?」と聞き返されました。行く当てもなくタクシーに乗ったのは生まれて初めてのことです。人は途方に暮れるとフシギな行動をとるもんだと、自分のことを振り返っています。あれから数日たちますが、いまだにあの女性の名前は思い出せません。そして原田さんのこともナゾのままです。

さてこの出張、行きの飛行機は満員でした。通路側も窓側も取れず、やれやれと間に挟まれた席に座ったとたん「あ、門田さん!」と 隣席の青年から声を掛けられました。よく知った顔。前の会社の後輩です。「おー!偶然やねー」と言いながら名前が出てきません。 それから福岡までの1時間半、ずっとふたりで会話です。共通の知り合いもとても多く、話はどんどん弾みますし、固有名詞も沢山出てくるのですが、彼の名前だけが出てこないのです。機内は寒いくらいの温度でしたが、脇からは汗です。着陸間際に同じく後輩の湯治(ゆじ)くんの名前が出たときに、あ、彼も確か珍しい名前だったと気付き、出ました!思い出しました!!ゴメーン、芝剛(しばごう)くん、もう二度と忘れません。名前を思い出してからは不自然なくらい、「ねーねー、芝くん芝くん!」と必要以上に名前を呼んだのできっと彼はおかしいと思ったはず。

ところで、この出張。さらに東京に戻る便では、またもや偶然に昔の仕事仲間3人と会いました。これから3人で東京出張だそうです。カメラマンの知識たかしさんと、アートディレクターの常軒(旧姓鈴木)理恵子さんと、コピーライターの赤時(旧姓水島)理恵さん。知識常軒赤時。この3人同時での名刺交換はなかなか強烈だなぁ、という話はまたの機会に。

Profile of 門田 陽(かどた あきら)

門田陽

電通第5CRプランニング局
クリエーティヴ・ディレクター/コピーライター
1963年福岡市生まれ。
福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州を経て現在に至る。
TCC新人賞、TCC審査委委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。
趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

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