嘆きのピエタ

ミニ・シネマ・パラダイスVol.12
ミニ・シネマ・パラダイス 市川桂
嘆きのピエタ http://www.nagekinopieta.com/

「ギド中」といわれる先生がいたなぁ、と、「キム・ギドク」という名前を見ると、いつも思い出します。 大学の映像作家の先生で、「ギド中」だけでなく「北野武中」でもある人でしたが・・・。 「キム・ギドク中毒」にかかっている人は本当に多いと思います。 キム・ギドク好き、というよりも、中毒という言い方がほんとうに相応しい感じで。

私も彼の映画が公開になると、無償にムズムズと観たくたまらなくなって、気づいたら行っている、みたいなところがあります。 キム・ギドク映画はそれくらい強烈で、個性的で、凶暴で、なのに誰もが素晴らしいと感じることができ、世界的に評価されている。 これまで20作近い映画を作り、世界三大映画祭(ベルリン、ベネツィア、カンヌ)すべてで受賞歴があります。

1960年韓国生まれ。 17歳で工場で働き始め、その後軍隊に入ったときには「とても軍人に向いている」とまで言われたにもかかわらず、30歳で絵の勉強のためフランスに渡り、その後36歳で「鰐~ワニ~」で映画監督デビュー。写真で見ると目がきつく釣り上がり、とても怖い顔をしています。

これまでの監督作をどう紹介したらいいのか、なんとも言葉で表せないのですが、「韓国の鬼才」と呼ばれるに相応しい作品群で、日常の生活を基本としながらも、その設定やストーリーは奇想天外に近い。 オススメとしては、 「春夏秋冬そして春」、「サマリア」、「うつせみ」、「弓」 あたりを観ていただけると、ギド中の素質があるかどうかはすぐに分かると思います。

そんなキム・ギドクの最新作「嘆きのピエタ」が公開になり、 梅雨の雨の中、ワクワクドキドキしながら文化村ル・シネマまで行きました。

30年間、天涯孤独で育ってきた主人公のガンドは、闇金融の取立て屋。 ガンドは返済が出来ない債務者に対して、手を切らせたり、ビルから飛び降りさせたりして障害者にし、その保険金をもらうといった悪魔のようなことを平然とやってのけています。 そんな彼の元にある日突然「捨ててごめんね」と泣きながら謝り、自らを「母」という女性があわられます。 真意のほどが分からず、ガンドは混乱し反発しますが、勝手に部屋に上がったり、無理やりご飯を作ったりする自称・母に対して、次第に心を開くようになります。 母の愛を知ったガンドは、極悪非道な仕事をきっぱりとやめます。しかし母が何者かに誘拐されたことをきっかけに、母が突然現れた理由が分かり、物語は思いがけない方向に走り出し、衝撃的なクライマックスを迎えます。

・・・と、私の拙い文章力であらすじを書くと、なんだか平凡に思えてしまうのですが、観ごたえとしてはぜんぜん普通ではない、です。 食べ散らかした魚料理のトゲトゲとした骨、お風呂場に内臓らしきものが散らばっていると思えば、市場で生きた鶏を買ってきているシーンがあったり。勝手に家に入ろうとする母に対して、ドアに手がかかっているにもかかわらず、その上からドアを何度も閉めようとし、ドアと壁の間で母の手は何度も強く挟まれます。黒いアイメイクでより凶暴な顔のガンドが、次々と取り立て屋として、あの手この手で障害者を"量産”していきます。 そういった描写がありながらも、登場人物の心理描写が重なり、最後は涙がこぼれてしまいます。

印象的なのが、ラストシーンが暗転してから、エンドロールが流れるまでのブラックアウトが通常の倍以上あったこと。 すべてが闇につつまれて、強烈な余韻を膨らませられます。

映画館はお年寄りから、若い映画好きっぽい人でいっぱいで、こうやってまた「ギド中」なるものが産まれるのでしょう。 「嘆きのピエタ」は第69回ヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞受賞。 2008年に突如として映画界を去り、山籠り生活をしていたキムギドクの渾身の一作だと思うので、 ギド中候補の方は、ぜひ足を運んでいただければと思います。

「嘆きのピエタ」(原題:Pieta)

「嘆きのピエタ」(原題:Pieta)
監督:キム・ギドク/104分/製作年:2012年/製作国:韓国
キャスト:チョ・ミンス/イ・ジョンジン
映倫区分:R15+
配給:クレストインターナショナル
http://www.u-picc.com/pieta/

Profile of 市川 桂

市川桂

美術系大学で、自ら映像制作を中心にものづくりを行い、ものづくりの苦労や感動を体験してきました。今は株式会社フェローズにてクリエイティブ業界、特にWEB&グラフィック業界専門のエージェントをしています。 映画鑑賞は、大学時代は年間200~300本ほど、社会人になった現在は年間100本を観るのを目標にしています。

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