“ホン屋”と旅館にこもってシナリオの骨を決めていく、映画作りの至福の時間

Vol.030
井筒和幸の Get It Up !
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸
日活撮影所の樋口所長に、仕事を引き受けるついでにご馳走になった江戸前寿司は美味かった。「寿司食わば皿まで」じゃなく、「来年の封切り映画までガンバって」だった。

 

日活では、『男はつらいよ』や『トラック野郎』みたいなコメディは望んでいなかったと思う。生まれつきのカネ持ちと貧乏人、見栄を張ってるカネ持ちと落ちぶれた貧乏人、そんな風にあらゆる生活態度を区分けして図解入りで載せた『金魂巻』という人間カタログのような原作を参考にして、1カ所をいじくりまわして実写にするわけじゃない、まあ、クリエイティブには違いなかった。

 

こうなりゃ、また、相棒のホン屋(脚本家)の西岡琢也に踏ん張ってもらって作り上げるしかないと、気合を入れ直した。彼には樋口所長の方から先にネタは振ってあったようで、彼に連絡すると、「やるんでしょ、やりましょ」とすぐに言われた。『ガキ帝国 悪たれ戦争』(81)から久しぶりのタッグだった。

 

すぐに、日活撮影所の企画プロデューサーに多摩川近くの安い旅館に部屋を取ってもらい、企画のあらましの説明を受けて、企画部の何人かとあれこれと話を始めた。

 

映画はシナリオを作る時の話し合いが一番、愉しいものだ。原案があろうがなかろうが、どんな奴を主人公にして、どんな奴を「敵」とするのか。「悪」じゃなくて「敵」だが、その両柱のキャラクターを決めるために、この世の森羅万象から語り合うことが最も面白かった。

 

誰か先達が「映画のクライマックスは対決だ」と言ったが、思えば今までもそれを描いてきた。そして、初めの話し合いで、冒頭にこんな画面があるといいなと発想できれば、それがファーストイメージとなり、全体のイメージにつながるようにボクには思えた。脚本ができ上がるまでが「映像」で、そのイメージを火事場のような現場でどう再現するかが問題なのだと、あのフェリーニ監督の「8 1/2」(63)も教えてくれたのだった。

 

話し合いは誰かが聞いたマヌケな経験談や各自の可笑しな体験談になっていった。自分の恥ずかしい話まで出るようになれば、そこから脚本へスライドさせてもいいのだ。

 

大金持ちのブルジョアジーでもド貧乏なルンペン・プロレタリアート(70年代まで言われた階級語)でもなかったボクがピンク映画時代の頃、カネもなく実家に帰りつき、風呂場の狭い湯舟につかりながら屁を放ったところ、下痢腹だったためにカレースープみたいなのを一緒に噴出してしまい、慌てて湯舟から飛び出した話をしてみたら、西岡たちに爆笑された。

 

それが、売っても売っても貧乏なホカ弁当屋の主人公の男が、遊びにいったソープ(風俗店)でお嬢と一緒に湯舟に入っている時に同じことをやらかしてしまう場面に活用されたのだ。おまけに、この「糞尿譚」は、西岡脚本では主人公の御礼参りの後日談に繋がり、ソープにバキュームカーで乗り付けて糞尿を部屋中に撒き散らすそんな狂ったハコ(場面)まで書き込まれた。

 

旅館で二、三日か、そんなバカ話ばかりするうち、カネ持ちになった奴らと貧乏な奴らが中学の同窓会で集まって伊豆に一泊旅行に行き、そこで階級論争をし始める物語の屋台骨がなんとなく出来上がり、後は、そこに手足の骨やあばら骨や腰骨になるハコネタを見つけてシナリオにしていく、ホン屋の孤独な作業を待つばかりとなったのだ。

 

映画作りとは、かくも愉快なものだと改めて気づいたものだ。それは会社や観客より以前に、自分たちが最初の客となって楽しめるものをイメージして書いて撮ることだった。そして、一か月ほど、助監督たちや企画部と酒を飲む度、映画哲学を語り合うだけの日々が続いた。

 

「『ゴッドファーザー』(72)というのは、ほんとに全ショット、正しいキャメラアングルと正しいレンズを選んでるよな。あの撮影のゴードン・ウィリスは日本にいないのか。『ディア・ハンター』(78)もキャメラは正しいか。ヴィルモス・ジグモンドもすごいな』とか、『さらば冬のカモメ』(76)の撮影、マイケル・チャップマンのリアリズムは良いな」とか、そんな話ばかりしていた。映画を観たり作ったり以外に趣味は何もないし、そうやって生きていることが趣味みたいなものだった。

 

角川映画の次の企画がどうなるのか、日活を準備し始めたらすっかり忘れていたが、まあ、どうでも良かった。84年、師走に入って、ボクもますます忙しくなっていた。でも、このまま映画職人になる気は毛頭なかった。国鉄新橋駅の中のスタンドでカレーの生卵入りをいつも食べてたことだけ覚えている。

 

(続く)

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