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PEOPLEあの人に会いたい!

あまり重すぎず、少しだけ 何かに引っかかってもらえれば

Vol.9
俳優・映画監督 SABU(サブ)氏
 
SABUさんです。犬が人を噛んでもニュースにならないように、SABUさんが映画をリリースするのは、もう、映画ファンにとっては当たり前。しかし今回は、ちょっとニュースになっています。もうご存知の方もいらっしゃると思いますが、あの独特の作風の監督が、今回は小説を原作に脚本を起こしています。しかもその原作は、直木賞作家・重松清『疾走』(角川書店刊)。かなりの問題作。いわゆる社会派小説です。それだけでも興味津々なのに、主役があの「NEWS」の手越祐也さんということで、「いったい、どんな作品になるんだい?」と一部では、かなり、いろいろヒートアップしている。まあ、明らかにHOTな状態と推測し、HOTでホカホカのうちにお話を伺おうと今回のインタビューとなりました。

あのSABUが、初の原作もの作品。 手越裕也初主演でも話題の、『疾走』が完成した。

『疾走』が完成しました。作品への満足度は?

満点です。

毎回、役者さんに脚本を手渡すときに、「傑作です」と言い添えているそうですが、今回も?

はい、もちろん。

原作のある作品は初めてですね?

そうですね。ほんとにたまたま手にとった本で、誰かに薦められたというわけではありません。俺はここまで、たくさんの出会いがあっていろんなことを乗り越えて来たと思っています。『疾走』にも、出会うべくして出会ったと感じています。

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原作のどんなところが、SABUさんの琴線に触れたのでしょう?

主人公が、少年というところが大きいかな。前から書きたいと思っていたけど、書く機会がなかった。子供が、大人の作った環境に振り回されながら、どんどんタイトルどおり疾走していく。出来事の連鎖のすごさに引き込まれました。この物語は、俺の過去の作品と共通している部分もあると思った。それは、弱者が主人公という点です。

プレス用資料には、「家庭崩壊というテーマは、自分では作れない」――それが原作ものになった理由のひとつ、とありますね?

その通りです。上っ面だけでよかったら、俺にも書けるんですけど(笑)、ああいうテーマを掘り下げるのは、無理ですね。

あの原作を、どう撮ろうと考えた?試写を拝見して、原作ほど重くない仕上がりになっているなと感じたんですが・・・。

その辺に関しては、事前に重松さんとお話する機会がありまして、彼は、映画をR指定にはしたくないという意思を持っていた。それに関しては、我々も同感。わざわざ映画館に足を運んでもらって、お客さんを暗い気持ちで帰すつもりはなかった。だからそこは、充分に意識しました。テーマは原作どおりでも、最後にはどこかちゃんと抜けるというか、ちょっと気持ちのいい感覚が残るようなものにはしようと思った。

ナレーションを変えたのも、その意図で?原作では、すべて神父さんの語りですが、本作では最後のシークエンス以外は主人公に語らせてますね。

重松さんも、小説の語り手は神父だとおっしゃってましたね。でも、俺は、小説をそう読んじゃったんです(笑)、語っているのは主人公だと。「おまえは……」という語りかけを主人公にさせるなんてうまい!それがまた、途中から神父の語りに変わっていくなんて、さらにうまい!と感心してたんですが、違ってたみたい(笑)。原作者の本意は確認しましたが、脚本は自分がどう感じたかを優先して作りました。

逆に、その他の部分は、かなり原作に忠実でしたね。

原作に惚れたので、原作どおりと考えました。原作から受けたイメージをどう定着させるかだけにに集中して、脚本を書いた。あとは、尺を考えて、どのエピソードを削るべきなのかということに悩んだくらいですね。2時間を超える映画は、俺の望むところではない。90分前後の映画が一番気持ちいいと思ってますから。

しかし結局、125分になったことには、それなりに納得している。

観て、そんなに長く感じないので、これはこれでいいのだと思う。厳密に考えると、125分のうち5分ちょっとはエンドロールとかの時間だし(笑)。物語そのものは、2時間を切ってるからポリシーの範囲内だと思ってます。

原作には、原作の解釈や原作への思い入れが人それぞれにある。そこが悩みどころ。

主役のひとり、手越祐也さんとの仕事はどうでした?

すごく純粋で、まっすぐで、言った通りにしてくれる人でした。やりやすかったです。

キャスティングの決め手は?

目に力がある上に、角度によって寂しくも見える顔が決め手でした。何より、走れる(笑)。冗談はさておき、今回の作品は主人公が文字どおり疾走するシーンがたくさんあって、ちゃんと、かっこ良く走れる役者さんでないと成立しなかったんです。

映画初主演の手越さんを演出するにあたって、気をつけたことは?

まず、あまり作ってこないで、とお願いしました。ふたりで一緒に主人公を作っていこうと。手越君はリハーサルをするとつたなく感じるんだけど、出来上がった映像を見ると妙にリアルになる。たどたどしい台詞回しや、最後まで言い切らない言葉づかいなんかが結果的に素晴らしかった。だから、そこを基点に役作りを進めました。台詞は綺麗にしゃべっているけれど、何も伝わってこない演技はよそう。だから、台詞を覚えることは必要だけど、練習はしてこないというのが約束でした。自分も役者なのでよくわかるんですけど、役者って、うまくしゃべりたいしうまく映りたいんで、どうしても変な間をとるもんなんです(笑)。手越君に限らずですが、あの年代の子たちは、その間がない。いわゆる普通の芝居なら自分がしゃべって、相手がしゃべって、また自分がしゃべるという間が生まれるんですが、間なんて関係なく、自分の台詞をしゃべり通す。でも、そのリズムが本当に面白かった。

ちなみに、この作品中、一番驚いたのは中谷美紀さんの存在感でした。

俺の映画の女優は、みんな綺麗なんです(笑)。綺麗に撮ることを絶対条件としていますから。中谷さんは原作を読んでいて、作品への思い入れはかなり強かった。それが役作りにも反映されたんだと思います。素晴らしい演技でしたね。仕事への取り組み方も、驚くくらい真摯な方でした。例えば、手越君と英恵ちゃん(ヒロイン・エリ役/韓英恵さん)のふたりだけのシーンのリハーサルでも、必要と感じたら時間を惜しまずに現場に来てくれるんです。もちろん、自ら進んでです。

原作ものを手がけてみての感想は?

楽チンは楽チンなんです。答えは原作にある。困ったら原作に帰ればいい。出来上がっている物語を脚本に起こせばいいわけですから、オリジナルに比べて体力的には楽です。ただ、原作があるということは、原作の解釈や原作への思い入れが人それぞれにある。スタッフたちにも、それぞれに違う思い入れがあったりするのが大変と言えば大変でした。

歌舞伎の演出をすることになったとしたら、自分の観たい、ちゃんとした歌舞伎を作る。 演歌をやるとしたら、やっぱりちゃんとした演歌を目指す。

この映画の作風は、これまでと違いますね。

まず、笑いがないですね(笑)。ただ、これまでもまず緊張があって、そこから笑いがこぼれるという狙いを持って作っていて、その緊張に関しては一緒だと思っています。だから特別変わったことをしたという感想はないですね。

ただ、演出家としては新境地に足を踏み入れているように思うのですが。

そういう意識はないですね。例えば歌舞伎の演出をすることになったとしたら、俺はちゃんとした歌舞伎を目指すと思う。新しい要素を入れたり、新しい解釈を入れたりということは狙わない。自分の観たい、ちゃんとした歌舞伎を作る。演歌をやるとしたら、やっぱりちゃんとした演歌を目指すと思うんです。そういうことなんだと思います。

前々からおっしゃっている、「映画館から出た後に、ちょっとだけ何かを考えさせられる映画」?

そうですね。あまり重すぎず、少しだけ、観た方が何かに引っかかってもらえればと思います。ただ、まずは映像の面白さとかの、上っ面の部分で楽しんでもらいたいですね。映画なんて所詮娯楽なんで、そこから何かを学び取ってもらおうとは期待しないし、そういうのは好きではありません。映像とか、展開とか、芝居とかを楽しんでもらった後に、何がしかのメッセージが残れば、それで充分に嬉しい。

今後も原作ものを手がける可能性はある?

あります。その作品に惚れることが必要条件になると思いますけど。

次回作は?

オリジナルです。『疾走』の前から書いているものがあって、今、脚本作りに取り組んでいます。

『弾丸ライナー』は、脚本は作ったけれど、監督する気は全然なかった。

今回も役者としては仕事をしていませんね。自作に、出演はしない方針なんですか?

1、2、3作目は自分にも役を振りましたが、4作目からは出ていません。出るとちゃんと撮れなくなるんです。現場で思い浮かぶことも多い監督なので、出演してるとわけがわからなくなる(笑)。実は、今回、寺島進さんにやっていただいた鬼ケンという役があるんですが、その配役が長いこと決まらなかった。重松さんとその話をしたら、「あの役のイメージに一番近いのは監督です」と言われましたけど、やる気にはならなかった。結果的に寺島さんにお願いして大正解だったと思います。

子供の頃、学生の頃は、映画監督への憧れなんて持ってたんですか?

なかったです。禿げオヤジのする仕事だと思ってた(笑)。もちろん監督の名前なんて、全然知らなかった。

現在、メインの仕事は監督?

そうです。

俳優サブを惜しむ声は?

ないんじゃないかな、やるのはチンピラばかりですから(笑)。でも、コメディはいけるような気がするので、もう少し歳をとったらチャレンジしたいとは考えています。

兼業の意識は、まったくないんですか?

ないですねえ。役者は、演出力があって何かを引き出してくれるような監督とならやってみたいですけど。「監督やっている人なのでわかってんでしょう。好きにやっていいですよ」なんて言われて、困り果てるのがオチだと思ってます(笑)。

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影響を受けた監督は?

ないです。何しろ、監督の名前を知らないんですから(笑)。記憶をたどると、初めて意識したのはまだ役者だった頃。オーデション受けると、「最近どんな映画を観たか」と聞かれる。そこで通な作品をあげると「わかってるな」となることに、ある日気づいたんです(笑)。そこでかたっぱしからビデオを観たことがありました。例えば?ちょうどその頃は、デビット・リンチとか黒澤明とかですね。黒澤作品なんてそれまで観たことなくて、白黒で、昔の映画で、どんなもんだよと思いながら観て、あまりの面白さにびっくりしたのを覚えてます(笑)。今もその状況にあまり変わりはありません。海外の映画祭に行くと、俺なんかより外人たちのほうが日本映画に詳しい。「ミゾグチ」とか言われても、観たことないから困ります(笑)。

でも、例えばデビュー作などは、無意識のうちに誰かの影響を受けたものになったりしそうな気もするのですが。

いや、なかったですねえ。当時はVシネマによく出ていて、それより面白いものをというのが目標で作っただけですから。『弾丸ランナー』は、実は、アイデアと脚本は俺が作ったけど、監督する気は全然なかったんです。出演者の3番目くらいに自分、って感じ。この作品の成功が、役者としての成功のきっかけになればいいなと考えていた。でも、そうこうするうちに「脚本書いたのはあなたなんだから監督もやれば」とプロデューサーが言い始めて、メガホンをとることになったという、いい加減ないきさつなんです。

着想も動機も現場にあった映画なんですね。

そうですね。しかも、当然、それ1本きりのつもりだった。次回作なんて考えてもいなかったんだけど、「面白いらしい」という噂が広まって、撮影中に「何か、もっと面白いのは書けないか」とオファーが来ちゃった。それが『ポストマン・ブルース』です。結局あの年は、年に2本撮っちゃいましたね。

走るなと注意されている場所で走り続けるような映画を作り続けたい。

海外で評価されている。それに比べて国内での評価が低いという自覚はある?

そうは思ってないけど、海外に行くと驚くほどファンがいてくれるのは事実です。チャンスがあったら海外でやりたい気持ちはありますね。最近は、日本でも中途半端に有名になってきたなあ(笑)とは思ってますよ。特に今回は、バジェットも過去最高だし、配給だって角川映画さんで全国規模で公開される。この作品以後は、状況は明らかに変わると予感しています。

ここまでの歩みを振り返ってもらえますか?

まだ途中ですね。だからこれからも、今までどおりでいいと思います。あまり真面目になりすぎると小さくまとまっちゃうと思うので、今までどおり楽しくやりたいです。自分の売りは、常識じゃないもの、笑いの起こらないはずのところで笑いが起こるようなものを作ることだと思う。だから、だんだん慣れて、その感覚が常識的になって、薄くなったりするのが怖いですね。常識はずれな奴が走っている。走るなと注意されている場所で走り続けるような映画を作り続けたいです。

Profile of SABU

profile

1964年/和歌山県出身。1986年『そろばんずく』(森田芳光監督)で俳優としてデビュー。初主演映画『ワールド・アパートメント・ホラー』で、第13回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞受賞。1996年『弾丸ランナー』で脚本・監督デビュー。そのアクション描写と独創的な語り口が国内外の各所で注目を集める。その後も話題作を手がけ続け、特に海外の映画祭で高い評価を獲得。第4作『MONDAY』はベルリン国際映画祭3度目の出品にして、国際批評家連盟賞を受賞。その後、デビュー作の『弾丸ランナー』が全米約20都市でも公開(英題 『Non-Stop』)、シカゴ国際映画祭では“SABU監督特集”が開催され、Gold Plaqueエマージングアーティスト賞を受賞した。2002年公開の『DRIVE ドライブ』は、カナダ/ファンタジア映画祭2003で、最優秀アジア映画作品賞を受賞。長編第6作となる『幸福の鐘』では、これまでの作風を一転。SABUワールドの新境地と評された本作品は、第53回ベルリン国際映画祭にてNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞した。2005年に入ると、『ハードラックヒーロー』に続いて2年ぶりにV6とタッグを組んだアクションコメディー『ホールドアップダウン』を脚本・監督。そして、『疾走』では第1回ニュー・モントリオール国際映画祭コンペティション部門に正式招待された。

【作品】
1996年『弾丸ランナー』2002年『幸福の鐘』
1997年『ポストマン・ブルース』 『A1012K』※ショートムービー 『アンラッキー・モンキー』2003年『ハードラックヒーロー』
1999年『MONDAY』2005年『ホールドアップダウン』
2001年『DRIVE ドライブ』 『疾走』 <2005年12月、シネスイッチ銀座、池袋シネマサンシャインほか全国ロードショー>
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