スペース2019.01.09

自然、地域、家族とのつながりを生む建築で、豊かなくらしを提案

福井
伊藤瑞貴建築設計事務所 代表 伊藤 瑞貴 氏
木の柱や外壁に包まれ、温かな雰囲気で患者さんを迎える街の歯科医院、田園風景の中で、懐かしくも新しい佇まいを見せる一軒家の食堂。福井県嶺北エリアを中心に、縁側や土間を設けたり、家族の気配が感じられるように間仕切壁を少なくしたりするなど独自のデザインによる住宅やクリニックやオフィスの設計、リノベーションを手掛けているのが伊藤瑞貴建築設計事務所です。代表の伊藤瑞貴さんは2008年5月に独立し同事務所を開設。方針として掲げている「たのしいけんちくを、もっと」や、これまでに完成した建物に込めた思いを伺いました。

2つの建築事務所で経験を積み、独立へとステップアップ

これまでの伊藤様の経歴を教えてください。

金沢工業大学建築学科を卒業後、福井の設計事務所に就職しました。最初の事務所は、病院など大規模な物件を中心に手掛けているところでした。そういう物件は、いかにコストをかけずに合理的に作るかという傾向が強く、設計も例えば同じ窓をコピーして何枚も描くといったことが多いのです。それが肌に合わず4年で退社し、別の設計事務所に移りました。そこは、さまざまな物件を扱っており、僕も、住宅や教会、公共建築などを担当し、在籍していた8年間にさまざまな経験をさせてもらいました。おかげで一つの達成感を得ることができ、次のステップとして独立を考えたのです。

大学進学の際に建築科を選ばれたのは、中学・高校時代から興味があったからですか。

いいえ、受験する大学と学科を決めるとき、なんとなく建築かなと思った程度でした。そして、金沢工大へ入学試験を受けに行き、キャンパスに入ったら、建物がものすごく立派でびっくり。大谷幸夫さんという丹下健三さんのお弟子さんが設計された、コンクリート打ち放しの斬新な学舎で、これはすごくいい環境だなと思って、まだ合格していないのに、建築を学ぶのであればここにしようと決心しました。

以後ずっと建築の道を歩まれていますが、独立を考えたきっかけは何でしたか。

2つ目の事務所に勤めて4~5年目だったと思いますが、自分なりに納得できる1軒の住宅が完成し、一通り学べたかなという感触があって、次のステップへ進みたいという気持ちが生まれていました。しかし間もなく、事務所で応募した中学校の設計のプロジェクトをコンペで獲得したのです。その学校は、教科センター方式や異学年交流、学校の地域開放など新しい試みを盛り込んだプロジェクトで、学べることがたくさんあったため、この物件を最後までやり終えてから辞めることにしました。この工事は2004年に起こった福井豪雨の影響で竣工が遅れたため、実際に辞めたのは2008年の3月末となり、その年の5月に開業しました。

地域の特性を生かし、自然や人との繋がりをとりもどす家を

さわやか矯正歯科

独立されたときの目標や、目指していた建築の方向性について教えてください。

一つは、自分のスタイル、或いは軸をしっかり持ちながらやっていきたいと考えていました。それまでの地方の設計者というのは、さまざまな団体に顔を出しながら営業して仕事を取ってくるのが普通でした。しかし、このやり方だと、お客さんの都合に合わせて設計しなければならず、自分の軸がなくなってしまいます。それは受け入れ難いという思いが強かったので、「自分はこんな考えで設計しています」という情報を発信し、それに共感した方が来てくださる流れを作りたいと思っていました。昔からやっているブログもその一環です。

掲げておられるコンセプト「たのしいけんちくを、もっと」は独立当初からのものですか。また、その趣旨について教えてください。

僕にとって「たのしいけんちく」というのは「つながりのある建築」のこと。自然、家族、地域、時間、そして作る人と住む人との関係性を大切にした建築です。例えば、昔の住宅には縁側があって、そこは庭へと続く、内と外をゆるやかに繋ぐ半屋外空間で、環境装置としても機能する、とても楽しい場所でした。しかし、今の住宅の多くは内と外がはっきり分けられてしまっています。サザエさんに縁側のシーンがよく出てくることからもわかりますが(笑)、それは暮らしの楽しい部分を奪われているのではないかと思います。それから、僕自身のことになりますが、独立してすぐに自宅を2世帯住宅+職場(現設計事務所)に改修しました。そこで設けたのが、両親と、僕たち夫婦と子どもの2世帯がつながることができる部屋です。2世帯暮らしはわずらわしい部分もありますが、家事や子育てを助け合うなどメリットも大きいものです。また、すぐ隣にある事務所のスタッフもこの部屋で打ち合わせをしたりしますので、職場ともつながっています。混沌としているけど楽しい、そういう豊かさが生まれる部屋なのです。このようにつながりのある建築を楽しい建築と言っているわけですが、単に昔ながらの家に戻ればいいというものでもありません。昔の家は自然とつながっていましたが、寒かったり、光熱費がかかったりしますから、その部分に今の新しい技術を取り入れて、昔は当たり前に存在していた豊かな繋がりを取り戻していけたらと考えています。

同じくHappiness(ハピネス)・Sustainable(サスティナブル)・Local(ローカル)という3つのデザインコンセプトについてはいかがでしょう。

Happiness(ハピネス)は今お話したつながりのある建築のことで、Sustainable(サスティナブル)は、わかりやすくいうと、エネルギーコストの少ない長寿命な建築。世代を超えて愛される住宅ということです。今、日本の住宅の寿命は30年弱ですが、50年或いは100年もつような、何世代も住み継いで行ける住宅を造りたいと思っています。それから、Local(ローカル)は、福井の気候風土や地域性に合った家づくりです。福井は、敷地や庭が広く、畑がある家も多いので、田舎暮らしを楽しめる土地柄です。例えば、薪ストーブを入れれば、畑から採ってきた食材を載せて焼いたピザをみんなで食べるといった都会ではできない贅沢ができます。この地域の人々を幸せにするような建築を目指したいと思っています。

お客様の情熱や志に感動。共感から生まれた建築が人々を惹きつける

むらかみ食堂

これまでに手掛けた建物で特に思い出深い物件はありますか。

一つは、まさに「たのしいけんちく」に共感してくださった歯科クリニックさんからの発注で、独立して最初の大きい仕事でした。「気軽に立ち寄れるカフェみたいなクリニックにしたい。建材物ではなく本物の木を使って欲しい」という要望に応え、無垢の木をふんだんに用いて開放的なクリニックにしました。お客様に喜んでいただき、僕にとっては、自分の考えに共感してくださる方がちゃんといることがわかり、勇気をもらったプロジェクトでした。

これまでにいくつもの賞を受賞されていますが、その中ではいかがですか。

2017年のグッドデザイン賞やふくい建築賞最優秀賞をいただいた『むらかみ食堂』さんは、さまざまな面で思い出深い仕事です。村上さんは、農業がどんどん衰退していく地域をどう維持していくかを考えてこられ、『むらかみ食堂』を開業されました。農協にお米を卸すのではなく、自分たちでおいしい米をアピールしよう、そのために、おいしいご飯が食べられる店を開こうと思われたのです。幹線道路から離れた田んぼの真ん中に何千万ものお金をかけて店を建てるのは相当な決断で、僕らもその思いに胸を打たれ頑張ったプロジェクトです。『むらかみ食堂』の前には田んぼがあり、その向こうには白山が見えます。田んぼの稲は白山から流れてくる水で育ち、お米を炊くのも白山の水です。この繋がりをお客さんにどう見せながらご飯を食べていただくかがテーマになりました。例えば、外の駐車場のそばに設けた薪置き場は、ここに立った人の視線を白山に向けて誘導するようになっています。白山、水、田んぼ、お米との関係性を建築の中に取り込み、その中でおいしいご飯を食べるというコンセプトで仕上げていきました。僕らと重なる思いを持った村上さんの問い合わせに始まって、完成後はいくつものうれしい評価をいただきました。

建築に対する人々の意識も変化しているようですね。現在手掛けておられる物件でユニークなものはありますか。

これもクリニックですが、診療スペースとは別に地域に開かれたコミュニティルームを作ることになっています。そのスペースを使って週末に健康教室や料理教室などを開くことを考えておられ、地域の方の健康を守る力になりたいそうです。今後さらに高齢化が進み、医師不足の時代がやってくることを踏まえて、病気の予防を積極的にやっていこうという志に感動し、僕らも真摯な気持ちで取り組んでいます。

目指している建築の方向性を発信しながら、東京にはない地方の豊かさを取り込む

スタッフの方も建築士さんですか。仕事の分担はどのようにされているのでしょう。

スタッフは女性2人で、1人が1級建築士、もう1人が2級建築士の資格を持っています。一つの物件につき僕とスタッフ1人が担当する形です。現在、20件くらいの物件が動いており、僕が全件、スタッフは半分ずつ分担しています。

お客さんに対する対応で心がけていることはありますか。

事務所の方針をしっかり発信することを意識しています。僕らの仕事は、お客様とのお付き合いが建物完成まで1年位あって、完成後は、お客様がその家や施設を長期にわたって使っていくことになります。そのため、お互いに価値観のずれがあると、後々さまざまな問題に発展する可能性があります。これを踏まえると、僕らと異なる価値観の方に「この事務所は自分の考えと違うかもしれない」と事前にわかっていただくことが大事になってきます。独立当初は、さまざまな要望を持った方がみえて苦労した経験もあるので、事務所の方針や完成した物件の姿をホームページやSNSで発信しておくのは非常に大切だと思っています。

今後どのような展望をお持ちですか。

最近、老人ホームやクリニックなど受注物件の規模がどんどん大きくなっているので、それらに当事務所のコンセプトをどう反映していくかを考えています。それから、展望とはいえないかもしれませんが、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトのように、地域とつながる、地域に愛される建築家を目指したいと思っています。(笑)フィンランドをはじめ北欧の国はヨーロッパの中では田舎で、アアルトが活躍していた20世紀中頃の建築家としてはパリのコルビュジェが有名です。アアルトという人は、そのコルビュジェを見ながら、田舎の建築家として何ができるかを考えに考えながら仕事をしていた人なのでないかと思います。9月に出かけた北欧旅行で彼が造った建築を見ながら、日本におけるアアルトの福井版をやりたいなと思いました(笑)。東京の真似をせず、田舎の豊かさを取り入れながら楽しい暮らしを作っていくことが目標です。それから、もう一つは働き方改革ですね。うちの女性スタッフは2人とも既婚者で、1人は子育て中なので、勤務時間など、できるだけ負担がかからないように職場環境の改善を考えています。狭い事務所も何とかしないといけないですし、いい物を作るには、働く環境や仕組みを変えていかなくてはいけないと思っています。まだ何も改革できていないのですが、2019年は思い切って職場環境をデザインしたいと思ってます。

最後に、これから起業される方にアドバイスをお願いします。

僕はこれまで岐路に立った時、いろんな人の意見に振り回されながらも自分のやりたい道を選んできました。その結果として今があるので、好きではないことは続かないと感じています。極論かもしれませんが、オタクになるくらい好きなことを突き詰めていくと自然と独立や起業に繋がっていくのではないでしょうか。もちろんそれを社会にどう役立てていくかという視点は大切ですが、モチベーションがお金を稼ぐことや、とりあえず生活するためだと長続きしないのではないかと思います。アドバイスにはならないかもしれませんが、好きなことを追求していくと仕事に変わるものだというのが素直な感想です。

取材日:2018年12月18日 ライター:井上靖恵

伊藤瑞貴建築設計事務所

  • 代表者名:代表 伊藤瑞貴(いとう みずき)
  • 設立年月:2008年5月
  • 事業内容:住宅・クリニック・オフィス・ショップ建築のための計画・設計・監理、住宅のリフォーム・リノベーション、インテリア、家具に関する計画・設計・監理
  • 所在地:〒919-0481 福井県坂井市春江町千歩寺6-46-1
  • URL:http://miaaa.biz/
  • お問い合わせ先:TEL)0776-51-0993
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