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和歌山を拠点に最先端の映像技術で全国展開

和歌山
株式会社アクロス 代表取締役 馬止 理行 氏
1992年に設立された株式会社アクロスは建築物などにCGを投影するプロジェクションマッピングからテレビCMまで、あらゆる映像の企画・撮影・編集を手がけています。和歌山市に拠点を置きながら、活動の舞台は関西をはじめ首都圏や東北、北陸、四国、九州など日本全国におよびます。馬止理行(うまどめまさゆき)社長は「和歌山という地方にいながら全国を相手に仕事をするというカッコよさに、こだわりがある」と笑いますが、「おコメを買うお金もない状況になって廃業を覚悟したことも」と振り返ります。様々なピンチを乗り越えて全国進出を果たした馬止社長に和歌山への思いや映像業界でのサバイバルの秘訣などをうかがいました。

思い出が台無しになって

映像業界に入られたきっかけを教えてください。

1951年に和歌山県の美里町(現・紀美野町)に生まれ、名古屋の名城大学理工学部電気工学科を出て就職したのが「関西電気保安協会」でした。関西の2府4県で電気の点検・保安業務を行っている一般財団法人です。大阪市内の事務所に配属されて企業や一般家庭などの電気設備が技術基準に適合しているかどうかを点検するのが私の仕事でした。映像とは畑違いの業界から社会人生活を始め、社会人になって2年目に結婚して山陰山陽地方に新婚旅行をしたことが、映像の仕事を始めたきっかけなのです。

新婚旅行ですか?

はい。カメラ店で、シャッターを押せば映るという安いオートフォーカス式のカメラを買って新婚旅行先で撮影し、現像・焼き付けをしたところ、まともに写っているのが3枚に1枚ほど。せっかくの思い出が台無しです。店に文句を言いに行くと「そんな安いカメラではなくて本格的な一眼レフなら大丈夫」と言うんです。私もこれから子供も生まれるだろうし、ちゃんとした写真を撮れるならば、ということで、言われるままに購入しました。そうしたところ、カメラにはまってしまい専門誌などを読み漁るようになり、一眼レフを手に入れてから10カ月ほどたった頃に職場の写真コンテストに応募したところ「金賞」に選ばれました。凝り性なこともあって、自宅の押入れを改造して現像や焼き付けスペースを作るほどのめり込んでしまい写真を職業にしたいという思いが募りカメラマンとして転職しました。

フリーランスですか?

いえ、和歌山市内にあった写真事務所の社員となりました。求人広告には「CMフォト」が強調されていましたが、実際は観光記念の集合写真ばかり。「やりたい仕事とは違う」と10カ月くらいで辞めて、次は和歌山のローカルグラフ月刊誌を発行する会社に転職しました。ところが、カメラマンとして入社したつもりが編集スタッフは私だけ。50ページほどの雑誌の写真だけでなく記事の執筆からレイアウトまでをひとりで担当しました。仕事を続けていけるのか悩んでいたところに、地元のイラストレーターやメディア関係者と居酒屋で飲みがら「自分たちで雑誌を出そう」という話になり、この写真事務所も辞めることにしたのですが、いざスタートとなると、ほとんど誰も出資してくれませんでした。

廃業のピンチを救った奇跡

ピンチですね。

はい。ところが、地元の映像制作会社の社長が雑誌の発行を引き受けると申し出てくださり、月刊誌を創刊することが出来ました。そんな経緯があって、8号目くらいを出したあたりで、その制作会社のカメラマンが急に辞めることになり、彼が担当していた1週間に1回の県の広報番組の撮影を「お前がやれ」ということになったのです。私はスチール写真の経験はあってもムービーは全くわかりません。それで、前任者に退社を1カ月遅らせてもらい4回分の収録に立ち会うかたちで16mmフィルムのムービーカメラの撮影を覚えて、5回目からは完全に一人立ちしました。それが29歳のとき。これが本格的に私が映像の世界に入ることになったきっかけですね。

入社して5年後には創業者と並んで代表権のある取締役にも就任しました。バブル経済の恩恵もあって会社の業績も向上し、余裕が出てきたところで、1991年に独立、翌年にアクロスを設立し社員2人を採用しました。その後すぐにデザイン会社を経営していた友達が医師から余命宣告をされる重病になり、彼に頼まれる形で、社員5人とその会社を引き受けることになったのです。その会社は、写真を合成して印刷用のフィルムを作成できる最新の機械の購入契約をしていたのですが、代金は未払いで、毎月約250万円を6年間支払う契約も引き継ぐことになりました。

いきなり大きな借金を抱え込むことになったのですね。

とにかく毎月の支払いのために機械を稼働させなくてはなりません。広告代理店にいた知り合いの紹介で大手家電メーカーの広告などの仕事をさせていただきました。そうしたところ、その仕事のおかげで「和歌山に高い映像合成技術を持った会社がある」という評判が広がったのです。その流れに乗って、さらに会社の知名度を高めるために国内外の広告の賞を狙えるような案件に挑戦したところ、我が社が制作に関わった仕事がカンヌ国際広告祭(現・カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル)で金賞銀賞を取ったのです。

それからは順調に?

いえいえ、その途中にも紆余曲折はありました。創業して4年目くらいに翌月の250万円の支払いがどう考えても不可能になり、私自身も本当におコメも買えないような状態に陥ったのです。廃業を覚悟したのですが、その途端、取り引きのあった大手企業から電話があり「きょうの経営会議で新規事業のスタートが決まれば、新たにマニュアルやロゴマークなどが必要になる。その時は、1週間後までに、画像の印刷用フィルム原盤をお願いしたい」と言うのです。よくわからないままに和歌山から大阪に行って、その会社の会議室の前で午後6時ごろから待機していると、9時くらいにドアが開き、中から2、30人くらいの人が出てきて「新事業の開始が決まった」と言うのです。そのまま発注内容の説明を受けて、和歌山に戻った翌日から3日間、徹夜状態で作業して、現金で700万円ほどが収入として入ってきました。あれがなかったら今のアクロスはありませんでした。不思議で奇跡的な幸運です。

モットーは「断らない」

プロジェクションマッピングはどのような経緯で始めたのですか?

写真合成の機械ための支払いが、あと3回で終わりとなったときに、支払いの必要がなくなったことでできた資金でパソコンによるデジタル画像制作へのシフトを決めました。納期の厳しいテレビ番組制作の仕事を減らして、制作に1年から数年単位をかけるこができる展示系映像に特化することにしました。このため博物館などの企画や設計、運営監理をする大手企業への営業を強化したのです。その結果、3DCGやVR(仮想現実)映像を制作するようになりました。その流れで仕事が全国に広がり、プロジェクションマッピングをも手がけたのです。ここ数年の実績では埼玉県の「秩父まつり会館」で高さ7メートルの原寸大の山車(だし)の模型をプロジェクションマッピングのスクリーンにして周囲の壁面映像とのリンクで山車が動くような演出もしました。大阪市の「ピースおおさか・大阪国際平和センター」では戦時中の市街地を再現した模型に空襲で街が燃えていく様子を立体的に投影したり、「佐賀城本丸歴史館」(佐賀県)では四方を囲った障子に360度全方位のコラージュ映像を映し出して幕末の佐賀藩を紹介しました。映像を投影する対象は問いません。舞台上などの空間での立体映像展開もしています。

和歌山を拠点に、全国で事業を展開できている秘訣は?

孫子の兵法に「彼(敵)を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」と言葉があります。敵と味方の実情をよくわかっていれば、負けることはないという意味ですが、それと同じです。自社のことを知り、世の中の求めるものに合わせて実力を高めていくことです。そのためにハード・ソフト両面で映像の最先端技術を把握しておくことを心がけていますし、依頼を受けた仕事は「断らない」ことをモットーとしています。誤解していただいては困りますが、安売りをするわけではなく、チャンスにするのです。自社で対応できる技術がなかったり、先行事例がなかったりしても、対応していただけそうな会社を探し、求められた課題を解決してきました。たとえば博物館への来場者のアクションに合わせてインタラクティブに手のひらに映像を投影する技術などもそうです。提示された予算では難しい場合でも、発想を変えるなどして予算の範囲で最大限の満足を得ていただける提案をしています。

今後も、変わらず和歌山を拠点に展開されていくのでしょうか?また、今後について考えていらっしゃることをお話しいただけますか?

和歌山が好きで、和歌山という地方にいながら全国を相手に仕事をするというカッコよさに、こだわりがありますので、そのスタイルを維持していきたいです。和歌山での人材確保が課題ですが、県外で仕事をする際には現地の会社や人材と組めば、やっていけると思っています。もちろん和歌山に人材を呼び込めれば、それに越したことはありません。現在は問い合わせを受けて、技術力で具体的に実現させているケースがほとんどですが、これからは、もっと当社から面白くて楽しい企画を提案していきたいのです。ですからスマートで勉強ができる人物よりも、従来の映像のスタイルにこだわらない面白い発想のできるスタッフを求めています。

地方の博物館で歴史などを様々なスタイルの映像で表現することで、あまり知られていなかった情報にも関心を持っていただくことは経験で実感しています。地方の埋もれた魅力の発掘において我が社は社会に貢献しているという自信があります。今後は、新しい映像のスタイルを追求し、物語性を含めたオリジナルのアイデアを積極的に自分たちで提案できる会社になっていきたいですね。和歌山に拠点を置いていることもあって地方の魅力を斬新な方法で発信したいという思いが強いのです。

取材日:2018年3月9日 ライター:岡崎秀俊

株式会社アクロス

  • 代表者名:代表取締役 馬止理行(うまどめ まさゆき)
  • 設立年月:1992年2月
  • 資本金:1000万円
  • 事業内容:テレビ番組・CM、3DCG、プロジェックマッピング、博物館の展示用など、あらゆる映像の企画・撮影・編集
  • 所在地:本社〒640-8341和歌山市黒田165
  • URL:http://www.across-bb.tv/
  • TEL:073-474-8358
  • FAX:073-474-4646
  • E-mail:across@across-bb.tv
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