職種その他2021.07.21

サイエンスを伝える「その手があったか!」を提案する、サイエンスコミュニケーションのプロフェッショナル

札幌
株式会社スペースタイム代表取締役
Keiko Nakamura
中村 景子

中村景子(なかむら けいこ)さんが代表取締役を務める株式会社スペースタイムは、ちょっと聞きなれない「サイエンスコミュニーケション」のプロフェッショナル集団。最先端の科学や、生活に密接な科学、知って楽しい科学などをわかりやすく伝えることで、科学的な考え方と知識を身に付けた人を増やしたい。そして、痛ましい災害、事故、病気から人々の大切な命や健康、未来を守る一助になりたい-中村さんのそんな思いから始まった事業です。さまざまな分野のサイエンスと社会課題に向かい合う「サイエンスコミュニケーター」のお仕事について、話を伺いました。

 

新しい「専門職」をつくる

 

聞きなれない言葉なのですが、そもそも「サイエンスコミュニケーション」とは何でしょうか?

さまざまな方法がありますが、共通していることは、「サイエンスをわかるように伝えること」です。対象は小学生であったり、中・高校生であったり、“一般市民”と括られる人々だったり、研究者だけのコミュニティであることもあります。気をつけることは、対象者ごとに「既に知っていること」が違うため、それに合わせて伝えることです。
また、目的もさまざまで、「学ぶことを楽しいと思ってもらうため」や、「災害や事故から身を守れる行動をとれるようになってもらうため」、「研究を推進するため」などなど、対象者も目的も多様です。
私たちは、個人としても、社会全体としても、多様な選択肢の中から、科学的リスクを回避して安全な生活を過ごしたいと日々思っていますよね。どんな食べ物を食べるのか。どんな医療を受けるのか。どんなエネルギーを選ぶのか。そして、どんな世界を次世代に託すのか。より良い選択をしたい人たちが、科学的知識と論理的思考によってより良い判断ができるようになってほしい。それをサポートすることが、私の考えるサイエンスコミュニケーションです。
「サイエンス」は日本では「科学」と翻訳されるので、どうしても理系分野の話と思われがちですが、本来は自然科学のみならず、文系・理系関係なく、さまざまな「人間の探求と表現」の総称です。どのような分野であろうと、私たちの生活、社会、未来に深く結びついていれば、サイエンスコミュニケーションの対象だと考えます。

サイエンスコミュニケーターになったきっかけや経緯を教えてください


理工系の大学を卒業して東京で大手メーカーのエンジニアになったものの、学びなおしたくなりプライベートカレッジに入りました。カレッジでは人間の言語や音声解析の研究をしていました。

そのままカレッジの職員となり42歳になったときに、「私は60歳までの約20年間をこのまま仕事を続けるのか」を考えてみました。新しい挑戦をするなら体力も気力もまだある今なんじゃないかと思い、共感してくれた夫とともに仕事をやめて、息子2人と一緒に家族4人で、私の実家のある札幌に移住しました。夫は北海道大学の大学院に入り、私はすぐには次の仕事を探さずモラトリアムな日々を過ごしていました。そんなある日、「科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)」という講座が北海道大学で始まり、第1期生を募集すると聞いて、「面白そう、勉強してみたい」と思い立ち、受講生になったのがサイエンスコミュニケーションとの出会いです。

かつて音声解析の研究をしているときに、関連するサイエンスの本を出版したり、親子向けのワークショップを開くなど、「科学をわかりやすく伝える」という経験をしていました。もしかして、あの活動は「サイエンスコミュニケーション」という分類の名前がついた活動だったのかもしれないと思い、自分がやってきたことを振り返ってみたいと思ったのが受講の動機でした

その時点で、「サイエンスコミュニケーション」が何なのかピンときていたのですか?

まったく。2005年当時は、「サイエンスコミュニケーション」なんて言葉を知る人はほとんどいませんでしたし、「サイエンスコミュニケーター」と呼ばれる人たちは何をするのかもわかっていませんでした。

CoSTEPを受講するなかで、ぼんやりとですが「サイエンスと人々の間に橋をかける」活動であり、それを実践する人をサイエンスコミュニケーター(※1)と呼ぶのだとわかっていきました。また、扱う表現媒体やコミュニケーションの方法はさまざまあり、たとえば、専門家の研究発表をわかりすい記事や図、動画にする人、科学を噛み砕いて書籍を書く人、地域住民との対話の場をつくる人、子ども向けの科学イベントや番組をつくる人、職業名は違っていてもサイエンスコミュニケーターという共通の役割を担っていると知りました。

※1 科学技術コミュニケーター、科学コミュニケーターなど、呼び方がいくつかあ

その後、CoSTEPを修了して起業されたのですね

はい、サイエンスコミュニケーターというのは、未来を創るとても大切や役割だと思いました。しかし、私が修了した当時は、サイエンスコミュニケーターとして働ける領域は少なく、大学や研究組織の職員、科学館、博物館などの学芸員、ジャーナリストなど、選択肢も活躍の場も限定されていました。

そこで、サイエンスコミュニケーターとして働ける領域を広げ、社会に要請される「専門職」となるのか実験してみようと思いました。そして、若い人たちがなってみたい「役割」になることを目指し、自分はそれが実現するまでの「つなぎ」になれたらと考えました。

CoSTEP修了後の2006年夏に、個人事業の形態でサイエンスコミュニケーションの事業をスタートしました。モデルとなる企業もなく、今にしてみれば無計画極まりない起業でしたが、ほんとうに多くの方々に支えられ15年間も続けることができ、今日に至っています。

2010年には法人化、現在札幌とつくばに拠点を置き、全国はもちろん、ときには海外からも、多くのクライアントから声をかけてもらえるまでになりました。

 

「これで、本当に伝わる?」対象者の視点で確認する

Webサイト:https://www.stxst.com/

具体的にはどんなお仕事をされているのでしょうか?


一番多いのが、大学や研究所の研究者からのご依頼で、一般の方やこれから大学や大学院を目指す若い人たちに向けて、先端的研究をわかりやすく伝える仕事です。使う表現媒体は、ライティング、動画、イラストなどのコンテンツ制作やウェブサイト制作が多いですね。

大学や研究者が情報を直接リリースしているとは限らないのですね

クライアントにとって当社の存在意義は、研究を理解できる上、対象者の視点でわかるように伝える方法をいくつも知っていることです。広報業務を私たちにある程度任せてもらい、研究者のみなさんには研究に打ち込んでいただくほうがサイエンスの前進となると思っています。
そして、多くの人たちに理解してもらうことは、めぐりめぐって研究資金や寄附の確保、研究環境の向上、共同研究の機会の増加などにつながっていきます。さらに、次世代の育成とともに、研究の社会還元、社会実装を進めることも私たちの役割の一端だと考えています。
私たちの仕事は「一方的に人に伝える仕事」ではなく、「伝わる仕事、人がつながる仕事」でなくてはなりません。ひとつひとつの仕事の確認時に発する「これで、本当に伝わる?」は私の口癖です。

 

自然科学だけじゃない、人文科学、社会科学、そしてアートも。多彩な分野の最先端に触れるワクワク

対応されているジャンルがとても広いと感じます。幅広い専門分野に対応できる理由はなんでしょうか


スタッフのうち3人は生物、情報科学、物性のドクター(博士号)を持っていて、ほかにも大学や企業で専門的な分野を極めた人が多く、スタッフが専門的な話を理解する能力を持っていることだと思います。

だからといって、自分の専門分野にピッタリと重なる仕事が来ることは稀です。仮に来たとしても、自分たちが大学で学んだときよりも先に進んだ最先端の話だったりします。基本的に、初めて聞く分野の話ばかりです。そんなお話を聞くだけであれば「へ〜、すごい!おもしろい〜!」とワクワクと楽しいのですが、いざ、これを対象者にわかりやすいコンテンツにするとなると、頭を抱えることしばしばです。

クライアントから、課題になっていることと専門の研究内容を教えていただいた後に、「ところで、この仕事はできますか?」と聞かれると、私は「できます!」とは言いません。なぜなら、やったことがないからです。まったく同じ分野から同じ仕事が来ることはありません。ですから、初めて聞く研究、初めて取り組む課題に対して「できます!」ではなく、「やります!」と答えてきました。

「できる」ではなく、「やる」なのですね


はい、「やります!」と言ってから、自分が納得するところまで調べ、勉強し、「こういうことでしょうか?」とクライアントに進め方を確認し、それから伝え方を工夫していきます。その過程は、まさにわからなかった人がわかるようになる「理解するプロセス」を体現していることになりますから、そこから伝え方のヒントを得ることが多いです。なので、最初からわからないということは強みになるんです。

ジャンルが多岐にわたるのはたいへんではないですか?


たいへんですが、各分野の著名な研究者の方から直接最先端のお話を聞けちゃうなんて、ほんと役得だと思っています。そして「無知の知」で、知らなかった世界がこんなにあったのだと毎日感動しています。知れば知るほど、「あれとこれはつながっているんだ」とか、「あれと重なるんじゃないか」など、専門分野間にも共通する考え方がわかり、そのことで新しい分野を理解するスピードがあがっていきます。

 

30年後の科学技術と社会を描くSFプロトタイピング

最近のプロジェクトの中でとくに興味深かったものはありますか?


どれも面白いので選ぶのが難しいのですが、昨年取り組んだJST(※)のムーンショット型研究開発事業のお仕事はとても興味深かったです。

2050年の科学技術と社会のビジョンを考え、そのビジョンに向けて科学技術の推進と議論をする大きなプロジェクトです。その2050年の世界をテーマごとにイラストと文で紹介するという仕事に挑戦させてもらいました。

やってみてわかったことは、10年後ぐらいだと今の延長として思い描けるのですが、30年後ともなると、自分の未知のものへの想像力の限界に挑戦することになり、制作中の思考プロセスがとても面白かったんです。

※JST:国立研究開発法人 科学技術振興機構

 

具体的にどんなことを考えたのですか?


たとえば脳科学の分野なら、「体が不自由な方が頭で考えるだけで自分の体や機械を操作できるようになる」とか、「視覚情報や音声情報を脳へ信号として直接伝え、目や耳の不自由な方も映像や音を感じられるようになる」とか、そのようなことが実現している社会を想像してみます。さらに、「一人でアバターをいくつも持てるようになり、アバターごとに違う行動をするロボットを操作できるとしたら」など、「あり得る!?」と思いたくなるビジョンも想像します。

さらに、脳科学の進歩だけではなく、他の科学技術も、人々の倫理観や価値観も、法律や制度も変わっていると想像を膨らませて、イラストとテキストに落とし込んでいきます。これは、未来ストーリーを描く「SFプロトタイピング」という表現方法で、表現媒体も多様で、イラストだけでなく、小説やドラマ、映像、マンガ、モックアップなど多様です。この表現方法で大事なことは、ひとつの課題解決で済むような話ではなく、何十年も先の未来は社会全体の成長と変革を伴い、そのプロセスで新たな問いを生まれ続けるという認識です。

ただ夢のような空想図を描くだけでなく、科学のあり方の問いかけでもある、これがSFプロトタイピングの重要なことだと思っています。これからもこのような表現方法に積極的に挑戦していきたいと思っています。

私はバリバリ文系なので、もうすでについていけていないです……笑

何でもわかりやすければいいというわけではなく、難しいことを理解、納得するまでの自分の葛藤も面白がってほしいです。今だって完全自動運転システムについては、自動運転中の事故の責任の所在はどうなるのか? といった議論がありますよね。考えれば考えるほど難解です。理系の分野だけではお手上げの問題です。

本当ですね! 突然文系の分野になりました。理系・文系と切り離すものではないのですね


私たちは、新しい科学技術に簡単に飛びつき、受け入れてしまう傾向がありますが、それが、次の世代に大きな問題を残さないか、受け入れる前に立ち止まって考えてみませんか。このようなメッセージを発信することも、私たちサイエンスコミュニケーターの役割だと思っています。

そして、考えてもらうためにも科学教育はとても大切です。正しい選択をするためには正しい知識が必要ですし、倫理観も持っていないとダメ。知識も無く、倫理観も伴わなかった先人たちは多くの間違いをしてきました。その間違いを繰り返さないためにも科学教育を通して、子どももおとなも、科学を楽しく、有意義に学んでもらいたいと考えています。

 

サイエンスコミュニケーションをアップデートし続けたい

一緒に働くスタッフには何を求めていますか?


スタッフに求めることは主に3つ。1つ目は、「サイエンスコミュニケーションの意義に共感すること」。まずはここがないと何も始まりません。

2つ目は、「わからないことを調べる力」。先ほどもお話した通り、「自分の知らない分野」からしか仕事はこないと思っていたほうがいい。ですので、論文、書籍、ネットでいかに効率的に調べられるか、はたまた詳しい人を探し出して教えてもらうかなど……調べる力が必要です。

3つ目は「デザイン力」。デザインと言うと、グラフィックデザインのデザインと思われがちですが、それだけではなく、「ものごとの設計と表現」の意味です。たとえば、どんな手順で仕事を進めるかなど、プロジェクト全体をデザインする能力もそのひとつです。

これら3つのことを総合して、クリエイティブな仕事をしてくれる方を求めています。

いま一緒に働いているスタッフさんはどんな方が多いのでしょう?


性格や考え方はみんなバラバラですが、違うからこそさまざまな意見を出し合い、議論ができます。そして、議論を重ねることで、自己主張することが鍛えられ、自分の考えを表現する能力につながっていきます。

クライアントとコミュニケーションする上でも、自分の考えを持っていると、相手の話との差分から理解が深まり、よりわかりやすい表現にアップデートできるのだと思います。

ありがとうございます。最後に今後の展望を教えてください

今一番考えているのは、私たちから新規事業の提案をもっとしていきたいということです。現在、当社の仕事の多くは、クライアントのみなさまのご紹介や口コミからつながったご依頼です。満足してくださったクライアントが、同じ大学や学会の先生へと紹介してくださるのです。

ですが、これに甘えてばかりではいけないと思っていて、私たちから「こんなサイエンスコミュニケーションをやってみませんか」と、もっと新しい提案ができるようになりたいと思っています。そして、「あ、その手があったね」と思ってもらえる新しい伝え方に挑戦したいと思っています。

取材日:2021年6月7日  ライター:小山佐知子

株式会社スペースタイム

  • 代表者名:中村 景子
  • 設立年月:2010年1月
  • 資本金:500万円
  • 事業内容:科学技術の理解増進と教養促進事業、学術、文化、芸術の振興を図る事業、インターネットを利用した各種情報提供事業、Webコンテンツの企画、制作、出版物、広報物、展示物、プレゼンテーション資料のデザイン、制作など
  • 所在地:〒001-0010 札幌市北区北十条西4丁目1-9 SCビル1階
  • URL:https://www.stxst.com/
  • お問合せ:https://www.stxst.com/contact

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