映像2020.07.01

「純文学の映画化」という壁の高さに恐れおののいた。でも怖いからこそ、抑えきれないほど触れたくなった

Vol.016
映画「マチネの終わりに」監督
Hiroshi Nishitani
西谷 弘

映画『マチネの終わりに』は西谷弘(にしたに ひろし)監督の最新作。40代の男女に共通するテーマが重層的に絡みあう物語です。平野啓一郎氏の同名の純文学小説をどのように映画化したか。その過程の苦労やこだわり、制作で大事にしていることなどを聞きました。さらに『容疑者Xの献身』や『真夏の方程式』などでタッグを組んできた主演・福山雅治、彼をはじめとした俳優陣に対して抱いた感想も合わせてうかがいました。

重層的なテーマの原作をいかに集約できるかが勝負だった

 

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©2019 フジテレビジョン アミューズ 東宝 コルク

平野啓一郎さんの小説『マチネの終わりに』が原作となっています。どのような思いで映像化されたのでしょうか?

私にとって、純文学の映画化は初めてだったこともあり、ハードルの高さにまず恐れおののきました。さらに平野啓一郎さんという、並外れた文章力を持つ作家の小説を映像化するなんてことが果たして自分にできるのかと、そこにも恐れを抱きました。とにかく恐れる気持ちが強かったです。

ただあんまり怖いとのぞきたくなることってあるじゃないですか。怖いもの見たさというのですかね。怖いからこそ触れたくなったというのが最初に抱いた思いです。

あと、純文学というものに今の映画界で携わる機会はなかなかありません。過去には純文学が原作の映画が結構ありますが、今は大衆小説や漫画が原作のものが多い。そういう意味では、いいチャンスだとも思いました。

原作では主人公のクラシックギタリスト・蒔野聡史(まきの さとし)とジャーナリスト・小峰洋子(こみね ようこ)の恋愛模様だけでなく、さまざまなテーマが複雑に絡み合っていました。それを2時間の映画に収めるのは大変だったと思います。

一番大変だったのは今おっしゃったことで、6年にわたる物語をどう2時間に集約させるか。とはいえ、主人公の蒔野と洋子が互いに胸を高鳴らせることや、周りの環境や出来事に影響され惑わされるといったエピソードは、なるべく切りたくなかった。そのピースがなくなると、どんどん『マチネの終わりに』の世界から遠ざかる。2人にまつわるエピソードを生かしつつ、どれだけ集約できるかが勝負でした。

具体的にはどういったアレンジを?

原作よりも登場人物を減らしました。減らすのだけれど、原作では他の人物のエピソードだったものを、しぼった登場人物に分配するような形にした。他のキャラクターに重ねていったのですね。そうすることで、原作で描かれた重層的なテーマをできるだけ残しながら、主人公2人の物語に集約しようと考えたのです。

たった3度しか会わない男女が惹かれ合う物語となっています。原作では膨大な文字数で説得力がありましたが、それを映像で伝えるのに、どういった工夫をされたのでしょう?

蒔野と洋子がどういう時間を過ごしたのかを、丁寧に伝えることにこだわりました。ラブストーリーの常套(じょうとう)手段かもしれませんが、例えばそれぞれの視界から相手が外れたときの思いを表現する。2人が実際に会って離れるシーンはもちろんのこと、地球の反対側にそれぞれが暮らしているときに同じ想いでいるのか、はたまたずれているのか、その辺を丁寧に描いていくしかないと思いました。

実は当初、主人公やヒロインに相手への想いや自分自身の気持ちなどをモノローグで語ってもらおうとも考えたのです。すごく伝わりやすくなるからです。しかし、原作にはモノローグは無く、我々の創作になる。もちろん解釈ということで、そういった表現をすることは間違いではないのですが、原作にない言葉は極力使いたくなかった。

また、福山雅治さんと石田ゆり子さんの豊かな表現力で勝負したいと思いました。何を大事にするか(の話)だと思うのです。伝わりやすさ、分かりやすさを重視するのか。それとも原作の世界観を大事にするのか。今回は後者にプライオリティー(優先順位)を置くことにしました。

「似て非なるものへの挑戦」俳優の血のにじむような努力を感じた作品

主人公の蒔野がギタリストという設定もあり、クラシックギターの音色が重要な要素の一つとなっていました。使われる音楽もクラシックギターに絞られていましたが、何かこだわりがあったのですか?

今回映画を撮るにあたり、改めてクラシックギターの音色に触れ、とても感動しました。まるで心臓で直に奏でているような、優しくもあり、激しくもあり、なんとエモーショナルな音色だろうと。だったら劇中の音楽は全てギターでいいのではないかと。もちろんギターだけでは物足りなくなるのではないかという反対意見もありました。でも、先ほどのモノローグを外した話にもつながるのですが、登場人物たちの心情をギターの音色だけで十分表現できると思ったのです。

それに、この物語に流れる音楽を蒔野が全て奏でている形にしたかった。蒔野や洋子の心情はもちろん、洋子の婚約者や蒔野のマネージャーら、それぞれの心情を、まるで蒔野が弾き語っているような世界を表現できればとも考えたのです。

その蒔野役の福山さんとはこれまで何度も映画を撮られています。今回はどういった印象をお持ちになりましたか?

一言でいうと「似て非なるものへの挑戦」だったと思います。蒔野が奏でるクラシックギターと、福山さんが普段手にしているアコースティックギターは一見すると同じジャンルに思えます。しかし構え方も違えば、運指も音色の出し方も違う。アコースティックギターの演奏が体に染みついているところから、クラシックギターの演奏に挑戦することは、実は全く楽器に触れていない状態から始めるよりも、ずっと難しいものだったと思います。

役柄にしても、例えば天才物理学者といった全く別ジャンルの方が、ものによっては演じやすい。今回は福山さんというアーティストがアーティストの役をやるので、共有できる部分もあるとは思いますが、近しい分、難しかったと思いますね。彼は役作りに常に妥協を許さない努力家ですが、今回は特に血のにじむような努力があったのではないでしょうか。

洋子役の石田ゆり子さんにはどのような感想を?

すごく難しい役を演じてもらいました。お父さんがユーゴスラビアの映画監督で、その思想ゆえ命を狙われる。そんな父との反目もありつつ、自らは世界を股に掛けるジャーナリストという、一般の人とはかけ離れた特殊な設定です。なのに原作を読むと感情移入できる。並外れた文章力で心情を丁寧に描いているからです。

でも、映画ではそれをたたずまいや表情で見せていかなければなりません。それを見事に体現できたのは、石田さんの高い演技力や豊かな感性のたまものです。演技についてはラストシーンに集約されています。

最後に洋子と蒔野の再会シーンですね。洋子は沢山のものを失っているはずなのに、再び彼の音楽に触れ、彼との再会にすごく満たされた表情をしている。一方の蒔野はいろんなものを取り戻し、捕らわれていた闇からも解放されているはずなのに、失ったものの大きさに気付いたかのような切ない表情を浮かべている。その対比を映し出すことがとても大事でした。石田さんのラストの表情を撮ったときに、「あ、これで(『マチネの終わりに』を)終わらせられるな」と思えましたね。

大切なのは観客とのコミュニケーション、想像する余地を残すこと

ところで、どのようなことがきっかけで映画監督を目指されたのでしょうか?

小学校3、4年生の頃ですかね。授業の一環で、『人間になりたがった猫』や『二人のロッテ』といった子供向けミュージカルを見る機会がありました。そのときに、物語の感動以上に、きらびやかな舞台に立ち、スポットライトを浴びて、楽しそうに歌って踊ることでお金をもらえる仕事があることに驚いたのですね(笑)。それがエンターテインメントの世界に興味を持ったきっかけです。

それ以降、表現をすることにはずっと興味を持っていました。特に、広告デザインやグラフィック的なものは好きでしたね。なかでも一枚絵(広告ポスター)とキャッチコピーだけでストーリーを想像させるという表現が好きで、広告畑からキャリアをスタートしました。

CMディレクターとして活躍された後、フジテレビに入られたとお聞きしています。

フリーランスの立場や中小規模の制作会社に所属しながらCM作りに携わるうちに、大きな組織に入って自分を試してみたいと思うようになったのです。

映画を手掛ける一方で、『白い巨塔』や『ガリレオ』 など多くのテレビドラマにも携わっていらっしゃいます。取り組むうえで何か違いはあるのでしょうか?

基本的には同じだと思います。ただ個人的には、テレビドラマの場合はより分かりやすいもの、説明を求められることが多いと感じています。それは見ている環境の問題で、携帯電話が鳴ったり、お湯も沸いたりと、家の中では気をそらされることが多いですから。多少見逃しても、いつどこからでもストーリーに入っていけるように心掛けています。

一方、 映画では、観客とコミュニケーションを取ることを大事にしています。ある意味、クイズ番組を見ているようなもので、登場人物がどんな思いでいるのか? とか、真相や答えを探らせ想像させたりする。説明しきらないでおく。その方が観客をスクリーンに招きやすくなると思っています。

ちなみに、これは映画に限らないのですが、作品を作るときにこだわっていることが3つあります。それは、観客にまずは「のぞき見感覚」を持たせ、物語に「共感」させ、引きずり込み、少しばかりの「知性」をお土産として伝えることです。これらはどんな作品を作るときにも常に心掛けるようにしています。

最後に、これから映画監督を目指すクリエイターにメッセージをお願いします。

嫌なこと、つらいこと、普通なら早く忘れてしまおうと思うことを忘れずに覚えておくことが大事だと思います。自分の感受性や感覚と向き合い、しっかりと観察しておけば、自分の感受性や感覚と向き合っておけば、いつか何かで具現化できることだと思うので。

そういうものをたくさん貯めたら、勇気を持って面前に提示してみてください。言葉でも映像でもひとつの作品にして世に出す。それで誰かに褒められてください。たった1人からでも、褒めてもらえば自信がつきます。

そして自信がついた瞬間から、今度はそんな自分を疑い始めるといい。それが高みへとつながる、数少ない道の一つだと思います。

取材日:2020年6月8日 ライター/スチール:庄司 健一

『マチネの終わりに』

監督:西谷弘
原作::平野啓一郎「マチネの終わりに」
出演:福山雅治、石田ゆり子、
伊勢谷友介、桜井ユキ、木南晴夏、風吹ジュン、板谷由夏、古谷一行
配給:東宝

ストーリー

世界的なクラシックギタリストの蒔野聡史は、公演の後、パリの通信社に勤務するジャーナリスト・小峰洋子に出会う。ともに四十代という、独特で繊細な年齢をむかえていた。出会った瞬間から、強く惹かれ合い、心を通わせた二人。洋子には婚約者がいることを知りながらも、高まる想いを抑えきれない蒔野は、洋子への愛を告げる。しかし、それぞれをとりまく目まぐるしい現実に向き合う中で、蒔野と洋子の間に思わぬ障害が生じ、二人の想いは決定的にすれ違ってしまう。互いへの感情を心の底にしまったまま、別々の道を歩む二人が辿り着いた、愛の結末とは―

Blu-ray&DVDセット豪華版 / DVD通常版発売中

プロフィール
映画「マチネの終わりに」監督
西谷 弘
1962年、東京都生まれ。フジテレビのドラマ制作部門のディレクターで、映画監督。「白い巨塔」(03〜04年)、「任侠ヘルパー」(09年)、「昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜」(14年)、「刑事ゆがみ」(17年)など、数々のドラマを演出し、『県庁の星』(06年)で映画監督デビュー。本作は、『昼顔』(17年)以来3年ぶり、通算8本目の監督作品。福山雅治とは、ドラマ「美女か野獣」(03年)や「ガリレオ」(07年)をはじめ、映画『容疑者Xの献身』(08年)、『アマルフィ 女神の報酬』(09年)、『アンダルシア 女神の報復』(11年)、『真夏の方程式』(13年)でもタッグを組む。

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