プロダクト2020.09.09

「ものづくりの町なのに、もの作りし難い」無形のデザインを手掛ける企業が見据えるニューノーマル

新潟
株式会社MGNET(マグネット) 代表取締役
Osami Takeda
武田 修美
拡大

MGNET(マグネット)ロゴマーク

拡大

店舗外観

拡大

社外活動

ものづくりの町・新潟県燕三条エリアに、ソーシャルデザインやコミュニケーションデザインといった「無形のデザイン」を作る会社があります。名刺入れの製造・販売から始まった株式会社MGNET(以下マグネット)は、現在カフェの経営から世界中のもの作りファンが訪れるイベント「燕三条 工場の祭典」の事務統括や地元のお母さんたちとの協働プロジェクトまで、多岐にわたる事業を展開。金属版に浮かび上がった文字が一瞬で消えてしまう「マジックメタル」は、地場産業である金型技術の高さを示し、英国王室が絶賛するほど話題になりました。

「デザイン」の概念を拡張していくマグネットの代表取締役・武田修美(たけだ おさみ)さんに、その全貌を伺います。

金型製作所から名刺入れ専門店として独立後、好調のネット販売から撤退

マグネット立ち上げの経緯を教えてください。

実家は父が立ち上げた武田金型製作所という工場を営んでおり、自社の金型を使って作った名刺入れを販売していた事業部が前身となります。もともとものを作ることは好きでしたが、長男で家業を継ぐという既定路線に乗ることに抵抗があり、商業の勉強をして一度はトヨタの営業職に就きました。しかし5年ほど勤めた頃に大病を患い退社。それがきっかけで療養後に武田金型に入社し、自社の金型で作った名刺入れの事業に携わるようになったんです。

起業を意識するようになったのは、実際に起業する1年ほど前の2010年。売り上げが大きくなったことに合わせて、「町の工場は創業者が売り上げを伸ばし、2代目がそれを維持して、3代目が潰してしまうパターンが多い」という会計事務所からの後押しもあり、自分でやってみようという思いに至りました。その際、父の工場の職人さんたちが作っている金型をもっと多くの人たちの目に触れる機会を作っていくことを使命に掲げました。

では、立ち上げ期の事業としては名刺入れの販売を行っていたんですね。

マグネットを立ち上げたのが2011年。名刺入れ専門のネットショップとして、自社の金型で作ったものを中心に、さまざまな名刺入れを販売していました。「最初に売るべきもの=名刺入れ」という市場ありきのマーケットイン型ではなくプロダクトアウト型だったので、考え抜いた売り方が「名刺入れ選びに困っている人のための『失敗しない名刺選び』」でした。

当時はブランディングなど全く理解していなかったので、とにかく売ろうとマーケティングの勉強をすごくしましたね。検索上位になるようにSEO対策もしっかりやって、アニメコラボをしたり、動画の生配信を毎週行ったりもしていました。

結果、楽天市場やアマゾンで軒並み1位を獲得して、Googleで「名刺入れ」を検索すると上位1~8位まで、うちの名刺入れになったり。近年ではSNSで話題になり、英国王室にも絶賛していただいた「マジックメタル」もこの頃(2009年当時)に作っていました。

すごい実績ですね! さまざまな手法を取られているところも興味深いです。

結果、楽天市場で名刺入れだけで1カ月に1000万円以上売り上げ、ユーザーからのレビューも非常に良いものでした。ただ、数を売ってもショッピングモールの仕組み上、実は自社の利益率は低い。しかもネットビジネスは売れた瞬間ではなく、売れてから数カ月後の入金時に売上計上されるので、キャッシュフローが全然回らない。

そのときに「何のためにやっているかわからない」と思い、起業して4年目に売り上げの90パーセント以上を占めていたネット販売から撤退を決めました。最終的に最大の生きがいはお金を稼ぐことではなく、地域や子どもたちにどれだけものづくりの可能性を広げられるかということだと気付いたんです。

自分に子供がいることもそうですし、一度も離れたことがない程この燕三条という地域が好きということもあり、もっとものづくりって面白い! と思える好循環を生み出せる環境作りをしていきたいと思いました。

「ものづくり、ことづくり、まちづくり」の会社へ

名刺入れだけにとどまらない事業展開を広げていくんですね。現在の事業内容について教えてください。

大きな枠組みとしてはソーシャルデザインとコミュニケーションデザインという、「無形のデザイン」を手掛けています。金型の工場から生まれた、ものづくりの町・燕三条にある会社だからこそ、「ものづくり」に向けたよりよい環境作りのために「ことづくり」、そして「まちづくり」を行っています。ものから価値、価値から機会が生まれる部分がコミュニケーションデザイン、機会から環境になっていくのがソーシャルデザインで、このすべての流れをブランディングだと捉えています。

リブランディングを重ねた名刺入れ「FOR」をはじめ、地元の工場で作られたものを販売したり製作体験ができる「FACTORY FRONT」というセレクトショップ、燕三条エリアの料亭とタッグを組んで一ノ木戸商店街の中心に古民家を改修して作った「TREE」というカフェの運営(現在は独立経営)、地元企業のイベントディレクション、大学との共同研究、行政との協働など、同時並行でいろいろなプロジェクトが動いています。

具体的にピックアップして教えていただけますか?

2020年7月に「nous(ヌー)」という事業を立ち上げました。これは地域の50〜70代のお母さんたちに「楽しく美しく趣味で働く」環境を作ることを目的としています。同時に、廃棄を前提とした大量生産・大量消費のもの作りのあり方に対して、ものを作ることと作られる量のちょうどよいバランスを研究する活動でもあります。

例えば、今はマグネットがプロデュースして、有名アパレルのデザイナーにデザインしてもらったマスクを地域のお母さんたちに縫ってもらっています。今必要なものを必要な形で必要な分だけ作ろう。そしてしっかりと収入にしてほしいから、「内職」レベルではない製作費をお支払いしています。燕三条という地域は、有名な企業や職人だけが頑張ってきたのではなく、無名の職人たちすべての積み重ねが地域を作ってきました。そして今の町は、お母さんたちの子供たちが作っている。

地元のお母さんをはじめ、他者や他社との共同事業が多い印象です。

マグネットで共有している意識の大前提は「歴史と人を敬うこと」です。マグネットは、よそさまに助けてもらわないと何もできないという意識を持っています。大手上場企業を含む県内外の企業、大学や中高一貫校、IT企業やデザイン会社、料亭から地域のお母さんまで、パートナーシップの対象は多岐にわたります。

楽しむことの大変さを知る、ビジネスアスリート集団

多角的に事業展開するうえで大事だと思うことを教えてください。

人との出会いだと思いますね。

例えば事業がピンチに陥ったときは、同じ燕三条の経営者であるアウトドア用品会社「snow peak」の会長、山井太(やまい とおる)さんに相談に行ったことで、経営の面白さに気付きました。他にも経営者をはじめ、多くの「人」から影響をたくさん受けています。

そういう方と出会うためにはどうしたらいいのでしょうか?

社内でも言っていることですが「会いたかったら行け、どこに行ったらいいか分からなかったら調べろ」。悩んでいることに他者は同情できますが、最終的には自分でやるしかないんです。だから超シンプルに「行動」しかありません。

マグネットはいろんな事業をやっていて、「若い人が活躍していて楽しそうな、何をやっているかよく分からない会社」に見えてしまうのですが(笑)、実際は絶えず行動して「楽しい」を継続する努力と環境をちゃんと作っています。

弊社には社員が考えた「本気の努力の先にある本気の楽しさ」という理念があります。社員たちは、楽しむことの大変さを体現しているビジネスアスリート。大変だからこそ落ち込むこともありますが、そこは社員同士で引き上げてくれますね。

質問:主体的にプロジェクトに取り組む人材が集まるコツがあったら教えてください。

マグネットは求人をすることがほとんどありませんが、学校で講演したり、自社セミナーを企画するなど、学生がうちを知る機会をたくさん作っています。結果、全国からたくさんの問い合わせをくれていて、実際インターンに入っている子たちもいます。

また、僕はtwitterをしているので、学生にフォローされたら名乗ってもらえれば100%フォローします。大企業だとなかなか社長の話は聞けないじゃないですか。でも弊社は大き過ぎない事業規模で、私がどんなことを考え、何をやろうとしているのか直接発信しているので、関心がある子が集まってくれるんです。

行動して、経験を生かし、真の「ものづくりの町」をつくる

今後考えている展開を教えてください。

まずは最近立ち上げた「CrowdCraft(クラウドクラフト)」という事業です。これは誰でもオンライン上でもの作りができるプラットフォームで、ものづくりの町・燕三条だからこそできる仕組みになっています。将来的にはオペレーションなどをAI化する予定で、まだ詳しくはご紹介できませんが、2020年4月にこのプロジェクトを発表して以来、大きな反響をいただいています。

実は、マグネットを立ち上げた本当のきっかけは「ものづくりの町なのに、もの作りし難い」と感じたところにありました。基本、工場は請負業務であり、実家の金型工場では、金型だけを作り、商品は作るなと言われていました。

そういった「必要に迫られたものしか作ってこなかった町」だったので、例えば皆さんが工場へ行ってタンブラーでもスプーンでも、「こういうの作れませんか?」と提案しても、図面や具体的な指示がない曖昧な状態で、直ぐ作ってもらうことはほぼ不可能です。ものづくりが初めての人にとってはハードルが高いですし、もちろん工場にも様々な事情がありますので「もの作りをしたい人、している人にとってより良い環境を作ろう」と思い、会社を立ち上げ、今年(2020年)思いの具現化に着手しました。

同時進行で多方面に思考を巡らせていると大変そうですが、息抜きはどうしていますか?

アニメです! どんなに忙しくて帰りが遅くても、必ずアニメは見ます(笑)。アニメは経営や仕事といった切り口からも学びが大きいので、社内でも興味のある社員には課題アニメを設定して、それを見た後で勉強会を開いたりもしています。

最後に、クリエイターにメッセージをお願いします。

「やってみる、そしてやり続ける」です。人間、考えれば考えるほど、楽をしたいから“やらない欲”が出てきてしまうんです。でも、ただ経験するだけでは意味がない。「経験を経験値化できるか」というところが大切です。

実業家の渋沢栄一(しぶさわ えいいち)は「賢者は歴史を語る、愚者は経験を語る」といいますが、経験値化はまさに歴史の一歩手前。やって失敗したとしても、その失敗からの学びを生かすことに意味があって、それが経験値となるんです。だからやり続けてほしいと思います。

取材日:2020年7月8日 ライター:丸山 智子

株式会社MGNET(マグネット)

  • 代表者名:代表取締役 武田 修美
  • 設立年月:2011年10月
  • 資本金:900万円
  • 事業内容:武田金型製作所製造「FOR」の企画、開発、販売。製造業を中心としたプロダクトマネジメント、コンセプトメイク、ブランディング事業、ものづくりにまつわる地域資源の活用支援事業など
  • 所在地:〒959-1289 新潟県燕市東太田14-3 東京オフィス:〒150-6090 東京都渋谷区恵比寿4-20-4 ガーデンプレイスB1(グラススクエア内)
  • URL:https://mgnet-office.com
  • お問い合わせ先:0256-46-8720

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP