職種その他2020.08.12

作家とユーザーの架け橋となる、新たなアートの商流スタンダードとは?

京都
株式会社Casie 代表取締役社長CEO
Sho Fujimoto
藤本 翔
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アート初心者をターゲットに定額制の絵画レンタルサービスを提供する株式会社Casie(かしえ)。国内のアーティストから預かった7000点以上の原画の中から、ユーザーが定期的に好きな作品を借りられる方式で、その利益の一部はアーティストへ還元。次世代のアートビジネスモデルとして注目を集めています。「ハードルが高いと思われがちなアートを身近な存在として多くの人に楽しんでもらいたい。そして画家として生計が立てられるようにアーティストをサポートしたい」という思いで、アートの流通スタンダードを築く代表取締役社長CEOの藤本翔(ふじもと しょう)さんに、これまでの歩みや今後の展望などについて伺いました。

「画家を応援したい」思いを具現化しようと、”借りられる”サービスを立ち上げる

会社立ち上げまでの経緯をお聞かせください。

私の父は画家でしたが、描きたい絵で食べていけない苦労を身近で目にしてきました。僕も昔から絵を描くことが好きで、亡くなった今も父を尊敬していますが、自分は反骨心から違う道へ進もうと、大学卒業後は機械のレンタルを手掛ける商社に就職したんです。

レンタルの発想には子供の頃からほれ込んでいましたね。自転車を買ってもらえなくて、友達と遊びに行くとき誰かの後ろの座席に乗せてもらっていましたが、あるとき知人から1日500円で借りることができたんです。また漫画喫茶で「明日返してくれるならいいよ」と言われて、小学生には高価なシリーズ全巻を借りたこともありました。「レンタル」という言葉をまだ知らなかった当時から「借りられるって素晴らしいな」と思っていて、以来レンタルオタクでした(笑)。後にコンサルティングファームに移ってからも、9年間企業のレンタルやシェアリングビジネスのサポートに携わりました。

会社設立に至ったのはなぜでしょうか?

父のようにいくら才能があっても生計を立てられない画家がたくさんいる現実を知り、いつかアーティストが本業で稼げる仕組みをビジネスとして作りたい思いはずっと温めていました。2社での経験を通して、アーティストの創作活動を資金面で応援するために絵画のレンタルサービスを始めたいと考えるようになり、就職して10年が経った2017年、父が亡くなった35歳という年を私も迎えたことを機に行動に移そうと、同じ思いを持った前職の仲間と3人でCasieを設立しました。

ユーザーとアーティストをつなぐ学べる冊子で、アートを身近な存在にしたい

現在の事業である、定額制絵画レンタルサービスについてお教えください。

アーティストから作品を預かり、ユーザーに対して定額で貸し出す仕組みです。作品の大きさによりプランが異なり、月額料金1980円からご利用いただけ、毎月1回交換できるので、季節や気分に応じてさまざまな作品を飾って試せます。絵を気に入ったら購入も可能です。画家からは作品を預かる保管料を取らず、レンタルされた場合はユーザーからいただいた料金の35%を、購入の場合は60%を報酬として画家に還元する仕組みになっています。

現在は約400人のアーティストから7000点以上を預かっており、ユーザーも3000人程度。7割強が個人で残りはオフィスや病院などの法人です。作品一覧から自分でお好みの絵を指定することも可能ですし、飾りたい絵の色合いやカテゴリなどの要望に沿ってこちらでおすすめを選ぶサービスも無料で行っています。

自分で好きな作品を指定する割合は多いのですか?

いえ、指定は3割ぐらいですね。ユーザーの大半は選び方が分からない初心者です。アートと聞けば富裕層向けでハードルが高いと想像されがちですが、僕たちは暮らしのなかで気軽にアートを取り入れていただきたくて低価格の定額制で始められるようにしています。しかも、取り扱う作品はすべて一点ものの原画にこだわり、筆使いや絵の具の凹凸など原画ならではの存在感が堪能できるのが特徴です。

設立当初は、アーティストからの作品収集に苦慮されていたそうですね。

作品を無料で預かり、レンタルまたは購入されれば報酬が入るというこれまでにない仕組みは、アーティストにとってはメリット尽くしだと思っていました。

しかし、創業メンバーは皆画家の知り合いがゼロ、アートのキャリアも皆無。芸大や美大に出向いて学生と話したり、ギャラリーを訪れて画家に説明したりしましたが、アートのことも分からない見ず知らずの若者に、自分の子供のように大事にしている作品を預けることには抵抗を持つアーティストが多く、警戒されましたね。信頼関係を築いて作品を集めるのに1年くらい時間がかかりました。

どうやって作家から理解を得るようになったのですか。

アーティストからよく「保管倉庫を見せてください」と言われましたが、創業当初は身内のオフィスの一部屋を使わせてもらっていたので見せられるわけもなくて。

それで、人生で初めて銀行から大金を借りて倉庫を作ったのです。失敗を繰り返しながら棚を手作りで完成させたり、温度や湿度管理テストのため倉庫に何日も泊まり込んだり。まだ空っぽの棚が並ぶだけの倉庫に招いたアーティストから「何でこんなことをやろうと思ったんですか?」と聞かれ、これまで詳しく話してこなかった父との原体験について説明すると、途端に作品を預けてもらえるようになったんです。

他に大変なことはありましたか。

売り上げが上がらないのに設備投資ばかりで資金繰りにも苦労しました。夏になると冷房による電気代もかさみ、一時は電気が止まったことも。肝心のユーザーも高額な広告費を投じても2人しか獲得できないときもありました。作品の見せ方やWebサイトの作り込み、セールストークの仕方、広告の動かし方などすべてを見直し、試行錯誤しながら改善していきました。

Casieのレンタルサービスは、ユーザーとアーティスト双方にとってどのようなメリットがありますか。

ユーザーには、画家との距離を縮めるために、作品だけでなくアーティストがどんな思いでこの作品を作ったのか、なぜ画家を続けるのかなどをまとめたプロフィールシートも一緒に届けています。また、抽象画をオーダーしたら「そもそも抽象画とは?」などアートの基本から学べる冊子も同封しています。ユーザーは作品をレンタルしているうちに作者の思いや作品の背景をより深く知ることができ、加えてアートの知識も身に付いてくるのです。

一方、アーティストには、絵画を借りたユーザーからフィードバックをもらう仕組みを設けていて、届けた絵画に100点満点で点数を付けてもらうほか、今後飾りたいジャンルのリクエストも受け付けています。父もそうでしたが、画家は自分の作品を見せる場や評価してもらう場が、なかなかないものです。どんなものを描けばターゲットに響いてレンタルしてもらいやすいのか? フィードバックすると、新たな創作活動のヒントにできます。

ちなみにCasieでは独自基準による作品審査を行いますが、入選経歴は関係なく、インテリア感覚で飾りたいと思っているユーザーとのマッチングや、作家のストーリー性などを重視しています。

絵画のオークションもこれまで3回開催されていますね。

最初は全国のアーティストに直接会いたかったのがきっかけでした。絵を描いているのがどんな人でどういう思いでやっているかを、ユーザーに直に伝えられたらという意図で始めた企画ですが、好評です。アーティストにとっては、自分の作品をユーザーが取り合いしているのを目の当たりにできるライブ感が心地良くて、次の創作活動の源になるようです。

一般家庭にアートのある暮らしを定着させたい

事業推進にあたり心がけていることは何でしょうか。

アーティストには感覚をフル稼働させて創作に集中してもらいますが、僕らはマーケットに対していろんなトライをし、フィードバックを受けて数字で管理するのがミッションです。数字は事実をちゃんと示してくれますから。作品一つ一つも、シンプル度や明度、抽象度などの点数評価で数字管理をしています。これにより僕たちはユーザーの要望に合わせてお薦めできる作品をきめ細かく的確に選べるのです。

さらに、作品だけでなく作家のプロフィールや飾り方事例、アートの基礎編など同梱物(どうこんぶつ)もたくさん入れてユーザーにお届けしています。言語化が難しいアートを言語化すること、同梱物もコンテンツ化させることで、アート初心者にも響くものにできると思いますね。

藤本さんが仕事のうえで大事にしていることは何でしょうか。

「仕事とは世界に対するイタズラだ」と常に言っていますね。ユーザーやアーティストが「ワオ!」「こんなことまでやるの?」とビックリするようなことをたくさん仕掛けたいのです。

画廊や美大の先生方から、僕たちは「アートを冒とくしている」と見られることもありますが、そう言われないとイタズラにはなりません。従来の画廊はアナログによる運営で商圏も小さい傾向にありますが、今ならSNSもあるのでテクノロジーの力でアート市場を10倍ぐらいに拡げられると思っています。

今後の展望についてお聞かせください。

日本のアート市場規模が世界に比べて非常に小さいのは、アートの商流にカジュアルという文脈がないからです。資産価値のある作品以外はすべてはねられてしまう。でも欧米では一般家庭にも原画が飾られるほど流通チャネルが整っています。1~ 2万円での購入から始まった作家も、有名になれば大規模なオークションに出品され、ステップアップにつながるのです。

だから僕は「草の根活動」として、まずは原画を自宅に飾る体験、いろんな作品と交換してみる体験、出会ったことのないアーティストとつながる体験をたくさん作ることで、一般家庭に絵を飾る文化を浸透させたい。絵のある空間は想像以上に豊かになりますし、家族との会話のきっかけにもなりますよ。これからも、京都の街から新たなアート文化を発信し続けていきますが、日本に定着するまでに100年はかかると思うんです。

このサービスが永続するように、ゆくゆくは誰かに継いでほしいと本気で考えています。ユーザーがさらに増えて、顧客ごとの家族構成や間取りなどの情報がより蓄積された暁には、アートに限らずクラフトのセレクトショップを目指したいですね。

画家に限らず、クリエイターにアドバイスをお聞かせください。

クリエイターはもっと人に頼った方が良いですね。創作活動は独り善がりになりがちなので、どうしたらより売れる作品やレンタルされやすい作品が作れるか、意見を交わすことが大切だと思います。

Casieでオークションを開催した後の交流会では、意外にもクリエイター同士で盛り上がっていましたよ。普段一人で活動しているからこそ「人との対話」がヒントになるのでしょうね。

「社内の様子」

取材日:2020年6月22日 ライター:小田原 衣利

株式会社Casie

  • 代表者名:代表取締役社長CEO 藤本 翔
  • 設立年月:2017年3月
  • 資本金:1億7098万円(資本準備金含む)
  • 事業内容:・現代アートのサブスクリプション
    ・現代アート販売、買い取り、オークションハウス運営
  • 所在地:〒600-8042 京都市下京区堺町通五条上る俵屋町218
  • 電話番号:050-5437-6142
  • URL:https://casie.jp/
  • お問い合わせ先:info@casie.jp

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