グラフィック2020.01.15

「自分を溶かしながら新しいものを吸収する」エリアブランディング

新潟
株式会社U・STYLE 代表取締役
Kazumi Matsuura
松浦 和美
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春から秋にかけて行われる地域コミュニティー「潟マルシェ」

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キッチントラックを作って食の響きを発信

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上越市安塚地区でお米づくり

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新潟市の湖沼「鳥屋野潟(とやのがた)」

デザイン会社として企業や店舗などのブランディングを生業としながら、同時にエリアブランディング事業にも積極的に取り組み、全国的にも注目を集める株式会社U・STYLE。マルシェの開催や地域の食文化と飲食店がコラボした1カ月にもわたる食イベント、地域の素材を生かしたスイーツの開発…。単発ではない継続的な取り組みは徐々に輪を広げ、ソーシャル&エコマガジン「ソトコト」では特集が組まれた。暮らしの中で見過ごしてしまいそうな身近な資源に光を当て、魅力を発掘し、新しい価値観をデザインの力を生かして発信してきた株式会社U・STYLEの代表、松浦和美さんへその思いと取り組みの連鎖に迫る。

やりたい仕事をするためには自分でリスクをとるしかない

U・STYLE設立の経緯を教えてください。

「何か価値を生み出す仕事がしたい!」という強い思いに駆られて、2児を育てる傍らデザインの専門学校へ通いました。家と保育園と学校を毎日自転車で往復しながらも無事に卒業し、店舗のサイン関係の制作会社、さらにフリーペーパーなどを得意とするデザイン会社に勤めてから、2006年に独立してU・STYLEを設立しました。独立志向があったわけではありませんでしたが、自分がしたい仕事を気持ちよくできる日々を送りたいと考えたときに、それには自分がリスクをとるしかないと思ったんです。決意から1カ月で創業、会社名も朝コーヒーを飲みながら5分くらいで決めました(笑)。
よく「迷ったりしないのか」と聞かれることも多いですが、「これだ!」って直感的に道が見えたときは迷うよりも先に行動していますね。それは当時も今も変わりません。

事業内容を教えてください。

大きく分けて、カンパニーブランディングとエリア(地域)ブランディングの2つの柱があります。
カンパニーブランディングは企業や学校、店舗のブランディングで、会社案内やパンフレット、リーフレットなどの紙ものから、年々Webサイトの制作案件も増えています。
5~6年前から、自分が魅力的に感じるエリアの価値をデザインの面から高めたいと思い、エリアブランディングの事業を展開しています。

町の中にさり気なくあるものに宿る価値を見つめて

エリアブランディングは創業当時から構想があったのですか?

全然ありませんでした。ただ、もともと町歩きが好きだったり、人があまり見向きもしないようなものに「本当は価値や魅力があるんじゃないか」と思う傾向はあったんです。生まれ育った場所が新潟県の上越市安塚地区という雪深い自然溢れるところで、子供の頃から雪の降った後の月夜を美しいと思ったり、新緑のブナ林を歩くのが好きだったりしたのがベースなんだと思います。
創業当時は誰からも頼まれていない、会社の周りの町歩きマップを作ったりもしていました。その土地を「歩くスピード」で見つめると、日常の中にある美しいものやかわいいもの、いろんなものが見えてくると思いますし、そんな身の回りにあるものの価値を高めたいのです。

エリアブランディングの具体的な取り組みを教えてください。

社屋の目の前にある鳥屋野潟(とやのがた)という、新潟市の湖沼を中心に着手しています。採算性を考えたらやらないと思うんですが、あまり計算しすぎずまずはやってみようという感覚で(笑)。「潟ボーイ’s」や「潟ガール’s」という鳥屋野潟の昔の暮らしを語り継ぐ老若男女にフォーカスした冊子を作ったり、春から秋にかけて「潟マルシェ」という地域コミュニティーを活性化するイベントを開催したり、いろいろな取り組みをしています。
ここで培った経験や出会い、新しい視点は、カンパニーブランディングにもポジティブな影響を与えています。自分たちが好きでやっていることなので、気付きに応じてどんどん変えながら表現していくこともできます。例えば、鳥屋野潟での取り組みを通じて、食が響くことを発見→キッチントラックを作って発信→冬季はキッチントラックの営業は難しいから商品を開発しよう→安塚地区の素材(玄米甘酒や無農薬干し柿など)を使った「麹チーズケーキ」を開発・販売、というように展開を広げています。

エリアブランディングでどのようなものを得られましたか?

地域の漁師さんや農家さんなど、関わる人がいろんな経験値やネットワークを持っているので、そういった人たちと関係性を持つことは、会社にとってお金では買えないとても大きな財産になっています。そして今後の会社の未来を作っていく大事なベースとなっていくだろうと思っています。

他にも取り組んでいる事例があったら教えてください。

生まれ故郷である上越市安塚地区で、最近始めた取り組みです。山間地の人口減少や高齢化という地域課題にはたしてデザインの力は通じるのか…、試行錯誤から生まれたプロジェクトの一つが、この地域の素材を使った麹チーズケーキの開発です。そして、素材であるお米づくりや、その周りにある植物を採集するとか、そういったことに関わるなかから見えてくることがたくさん出てきました。大きなことはできませんが、自分たちができることを、自分たちらしいやり方でやっていくことから手応えを感じています。

反響はいかがですか?

先日商談会に麹チーズケーキを出品したところ多くの反応があり、改めてデザインの力を感じました。どこにでもある素材も、丁寧にロゴ周りやブースデザインをすることで、人の目の止まり方や関心のもたれ方が変わってきます。土地の素材にデザインなど独自の企画をして付加価値を高めることで、山間地の可能性もより高められるのではないかと感じ始めています。

「自分を溶かしながら」新しいものを吸収し、時代の流れをキャッチ

柔軟な発想や対応力の高さが特徴的だと感じました。

自分の体に例えると体の表面にある一部の細胞を常に10%くらい溶かしておいて、違うものが入ってきたときに取り入れたり、新しく形成された細胞を外に向けて表現するのが、私の中の細胞組織として健全な形なので、そういった感覚で取り組んでいます。組織の形やあり方は時代によっても変わるし、固定概念はあまりないかもしれませんね。

大切にされているテーマはありますか?

「デザインで幸せを作る」は創業当初からの社内の共通言語です。私が大切にしていることは、今の時代のなかでどこか浮遊しているような価値観や動きの気配をキャッチして、「自分たちならこうしたい!」ということを社会に向けてプレゼンしていく感覚です。動いていると、そういう空気に接しやすいと思うので、それを自分たちで気付いて、引き寄せて、考察したり、事業を通じて自分たちならではの行動を世の中に発信していくことが、自分たちの大事な役割じゃないかなと思っています。無意識ではありましたが、ここ最近世の中で注目されているSDGsと重なる部分でもあります。

お話を伺っていると働くことと生きることが重なっている感じがします。

そうかもしれませんね。もともと「デザインで幸せを作る」がやりたいことだったから、「仕事」になっていますが、それが私にとっては生きていることなんだという感じです。1日の中で仕事と感じるのは、経理とか会社としてやらないといけないことをやるときくらいかな(笑)。うちの会社で力を発揮している人は仕事も生きることもかなりオーバーラップしてやっている感じがします。個性や生き方とか仕事のやり方が、その人の中で一貫しているし、そうなるといい仕事をしているなと思って見ています。

仕事漬けの日常を離れ、海外で得られた新しい気づき

事業を展開する上で転機となったことは何かありますか?

創業5年目くらいまで、受注した仕事をこなすだけで手いっぱいで、休みなくひたすら仕事をしていました。でも、ある日、ふと「このまま続けていくと、仕事以外のことを知らない“仕事バカ”で終わってしまう」と思ったんです。そこから勉強会や地域の会合に参加するようになったのが、偶然ですがエリアブランディングにつながるきっかけだったかもしれません。同時に、自分が通じない場所に行った方がいい気がして、地図を見て一番遠かったロンドンに行くことにしたんです。そこで触れたガーデニングや音楽、アートなどから、自分が持っているものと全く違う文化から得られるものがあることを体験しました。それから毎年海外に行くようにしていますが、そこで見聞きしたものは結果的に私の新しいチャンネル作りに役立っています。

地方で事業を展開する上でメリットやデメリットは?

「あの人はこんな風に仕事をしている」とか、生身の人間と間近で直に関わるからこそ生まれてくる仕事の面白さは、ローカルならではだと思います。あまり社交辞令もなく進むスピード感も好きですね。ただ、10年前と今とでは、個人や家族といった小規模で商売をしている技術職の方が確実に減っています。技術が継承されないことは自社の発注先の喪失だけではなく、今後、地方の大きな課題として浮かび上がってくると思います。

日本は資源の宝庫。丁寧に掘り起こすことで面白いことに

エリアブランディングの未来をどのように捉えていますか?

新潟の中山間地域の山林は資源の宝庫なので、いま活用されていない資源を、デザイナーの視点で丁寧に見つめて、掘り起こして発信していければ新潟が面白くなっていくと思います。可能性があると思うのでやってみたいですね。イタリアに行ったら、シソが大学のボタニカルガーデンに植えられて研究対象になっていたんですよ。家の裏に生えているシソが(笑)。日本人も植物とともに生きてきた時代があったと思うから、万葉集や紫式部の頃のような感性を持ちながらしっかりと研究したり、事業を展開したら、いままでのような消費一辺倒ではない商品やサービスが生まれてくるんじゃないかな。

一緒に働くスタッフに求めるものを教えてください。

就活用のポートフォリオと本来持っている可能性や魅力は必ずしも一致しないと思っています。入社後にだんだんとその人が得意なことや力を発揮しやすい環境がみえてきます。だから「自分はこうだ!」と決めないで、「いい仕事をしたい!」という気持ちと、それこそ自分を溶かしたり、適度な環境を模索しながら、自分らしさや自分の価値を反映しながら仕事ができていくと、いい仕事につながっていくと思います。

取材日:2019年12月2日 ライター:丸山 智子

株式会社U・STYLE

  • 代表者名:代表取締役 松浦 和美
  • 設立年月:2006年7月
  • 資本金:600万円
  • 事業内容:カンパニーブランディング、地域ブランディング
  • 所在地:〒950-1148 新潟県新潟市中央区上沼651
  • URL:https://u-style-niigata.com/
  • お問い合わせ先:025-385-7585

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