映像2022.12.08

ノスタルジックでリアル 現代の青い鳥を切なく綴る『道草』

東京
映像編集ディレクター
秘密のチュートリアル!
野辺五月
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この映画について、何故か前情報なく見た方が良い気がして、まっさらな状態で鑑賞した『道草』。
監督が、『轟音』の片山享氏だということ以外分からないまま見つめる中で、色調はノスタルジー/描きたいのは現在という言葉が浮かびました。

* * * *
俳優事務所、製作ならではの凄み

『道草』には、圧倒的な人数の「居そうだ」と思うひとびとが映っています。隣に、職場に、ちょっとしたところに、今生きていそうな人物像――特に優しい人の描写が秀逸で、主人公に対して今らしい他人の距離感で眺めながら、時に交わる人生を送っているのです。
その裏づけ、厚みを出すのが主演二人はもちろん、脇の名優たち。
ただの綺麗でありそうな青春劇や、成長物語、あるいは、クリエイティブの敗北という物語に終わらせない台詞のほとんどが、個人的にはこのわき役たちによって紡がれているようでした。
特にバイト先の武藤さんが繰り返す「こいつ、画家やねん」という一言。ゴッホにならないようにという恐らくフックになる台詞と一緒に印象的に前半繰り返されるのですが、この台詞はリアルで、かつ、周りの人たちの優しさの象徴のように思います。

物語は、極めてシンプルなもの。
公式サイトから抜粋しますと

画家の榎本道雄(青野竜平)は、日の目を浴びたキャリアもなく、ごみ収集のバイトで生計を立てている。しかし、そんな生活にも満足していた。ひょんなことから出会った富田サチ(田中真琴)はそんな道雄の絵が好きだと言い、二人は付き合い始める。幸せな日々がきっかけとなり、それまで思い描いたこともなかった画家としての成功を意識するようになっていくが、道雄の絵は売れない。焦燥感に駆られていたある日、道雄がごみ収集に向かうと自分の作風とは全く異なる激しいタッチの抽象画が捨てられていた…。

ということで、……以下ネタバレになりますが、
一種の剽窃により、ますます内面が引き裂かれていく話でもあり、大雑把にいえば、内面=作品を分かってくれていた彼女を軸にした、幸せの青い鳥の話のようにも見えます。あるいは、その経験を通して次に向かう「成長」の話ともとれるでしょう。
「自分らしさ」とは何か?「価値」とは何か?を主体に作られた物語は、あえて前半をゆったりと優しくみせて、後半にどこか温かみを残したまま進んでいく「ゆるやかな」流れが見事でした。
正直なところ、この映画をついつい見進めさせてしまうもの=観客を惹きつけるものの正体はストーリーというよりも、「俳優」の演技にあると思いました。
主役以外は基本的に悪意のない人間が主につくられているせいでしょうか。悪意はなく、ただどこか淡々と進んでいく日常は、2022の今にも被り、演技が妙にリアルなのです。

【美術の作るノスタルジック】

ロケーションが綺麗なだけでなく、どこか「生きている」感じが出るのは、セットの作りと場所選びにあると思います。衣装もちょうどよい塩梅で、コントラストがあり、だんだんと「ちゃんとしていく」さまと、一方で「変わらないけれど温かみのある」さまとの対比が素敵でした。
何処かで見たような、どこにもない場所――憧れの一歩手前くらいの美しさは、スクリーンに映え、それでいて演技をおとぎ話で終わらせない舞台装置になっているように感じました。
その中でも、作品をよりきわだせているのは、実際の画家大前光平さんの作品提供。嫌味のない強さが、主人公に対して与えるプレッシャーを、我々観客にも投げかけるようで印象的でした。
演技と演技、本物の美術とのコラボレーションを楽しむ一作として、是非劇場に足を運んで頂きたいと思います。

ちなみに、個人的にちょっともったいないなと思ったのは、結局主人公が最後まで逃げ続けている点です。クリエイターならば「作ることで色々なものを払拭していく」という流れは分かるのです。が、一方で、最初から作ること含めてわりと諦めてるように思えた主人公像……ヒロインや周囲に褒められ、認められて上がっていく気持ちはあれど、自分自身はお金や名誉の方に目が行ってるように思えた部分もあり、ラストシーンの後が気になりました。
 むしろここから先彼が作品作りを楽しめるようになるのかどうか?問われていくのかもしれません。
「私は誰?」「作品を作ってどうしたいの?」は、自分自身を表出することが当たり前になっている今だからこそ、こういう形で問われるタイミングなのでしょうか。
 主人公のその後に思いをはせながら、もう一度見てみたい映画です。

 

映画『道草』

監督:片山享
出演:青野竜平/田中真琴/Tao/谷中恵輔/山本晃大/大宮将司/入江祟史
制作プロダクション:ハナ映像社
配給・宣伝協力:合同会社夢何生 
企画・制作:ハイエンド合同会社
mail:info@mukau-llc.com
2022年/日本/122分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch/DCP
公式サイト:https://www.highendzworks.com/michikusa-introduction

【あらすじ】
画家の榎本道雄(青野竜平)は、日の目を浴びたキャリアもなく、ごみ収集のバイトで生計を立てている。しかし、そんな生活にも満足していた。ひょんなことから出会った富田サチ(田中真琴)はそんな道雄の絵が好きだと言い、二人は付き合い始める。幸せな日々がきっかけとなり、それまで思い描いたこともなかった画家としての成功を意識するようになっていくが、道雄の絵は売れない。焦燥感に駆られていたある日、道雄がごみ収集に向かうと自分の作風とは全く異なる激しいタッチの抽象画が捨てられていた…。

プロフィール
映像編集ディレクター
野辺五月
学生時代、研究の片手間、ひょんなことからシナリオライター(ゴースト)へ。 HP告知・雑誌掲載時の対応・外注管理などの制作進行?!も兼ね、ほそぼそと仕事をするうちに、潰れる現場。舞う仕事。消える責任者…… 諸々あって、気づけば、編プロ・広告会社・IT関連などを渡り歩くフリーランス(コピーライター)と化す。 2015年結婚式場の仕事をきっかけに、映像畑へ。プレミア・AE使い。基本はいつでもシナリオ構成!2022年は現場主義へ立ち返り、演出・ディレクターへ。「作るために作る」ではなく「伝えるために作る」が目標。早く趣味の飲み歩きができるようになって欲しいと祈る日々。

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