10年間毎日、同じこと、 好きなことをやりつづけて 芽が出ないということは絶対ない

Vol.73
映画監督 入江悠(Yu Irie)氏
 
入江悠さんです、『SRサイタマノラッパー』が多くのファンを獲得し、昨年は『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』を公開。『サイタマノラッパー』シリーズは、2000年代の青春映画として日本映画史にしっかりと刻まれることになりました。 日本大学芸術学部在学中から作品を発表し、卒業後も映画監督として活動。「撮りたいものを撮る」と一念発起、自主制作でつくりあげた『SRサイタマノラッパー』は日本語によるラップが全面に散りばめられた今まで誰も観たことのない映画でした。 お会いしてみると、なるほどあの作品の作者だと合点します。映画が大好きで、信念、しっかりあります。でも、腰は柔らかく、声高にものを言ったり、居丈高になることのない好漢です。上背のある体躯をゆらっと動かしながら歩く姿は、かの黒澤明監督を彷彿とさせました。とても楽しいインタビューでした。
SRサイタマノラッパー2女子ラッパー☆傷だらけのライム

『SRサイタマノラッパー2女子ラッパー☆傷だらけのライム』 DVD発売中

価格3,990円(税込) 発売元:アミューズソフト 出演:山田真歩 安藤サクラ 桜井ふみ 増田久美子 加藤真弓 駒木根隆介 水澤紳吾 / 岩松了

<セルDVDには豪華特典映像を収録!> ◎秘蔵メイキング ※ スタッフコメンタリー付きだYO! ◎“B-hack”プロモーション紀行~ゆうばり国際ファンタスティック映画祭~劇場公開初日~プチョン国際ファンタスティック映画祭(韓国)~ ◎「ワック♪ワック♪ B-hack」ミュージックビデオ/入江悠制作

 

ついに、DVDリリース! 『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』

埼玉を舞台に、ラップで映画。どんなきっかけで生まれた構想ですか?

まず、自主制作で撮りたいものをとろうと考え、ならば、通常では映画企画として成立しづらいものにチャレンジしようと考えました。埼玉県という中途半端な土地で、ラップをめざす若者を描く。なかなかに、成立しづらそうで、気に入りました(笑)。 そしてもうひとつ、僕は自分でプレイはしませんが、ラップが大好きです。ラップはロックやジャズと違って、ステージやライブハウスがなくても唄えるし、楽しめるし、コミュニケーションツールとしても優れている。そういう音楽を使って映画的な、ある種の発明ができるんじゃないかという目論見もありました。

なるほど、なるほど。発明、できたようですね。

音楽映画のラストは、登場人物がライブハウスなどで演奏しますよね。その定石は、絶対に崩してやると思いました。

『SRサイタマノラッパー』にも、『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』にも、ライブハウスなんて出てきませんものね。もっと言えば、両作品、音楽映画というよりミュージカルじゃありません?

その指摘はよく受けますし、僕も否定していません。音楽映画では劇中で演奏や歌唱が始まると物語は止まりますが、この作品ではそうなりません。歌の中に感情や人間描写が入り、物語が止まらない点は、ミュージカルと言っていいでしょうね。

『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』の川原での「フリースタイル」のシーン、私には『ウェストサイド物語』かと思えました。

ありがとうございます。パート2は、構想時点から物語に歌が入っていく側面をより強くすることを決めていましたから。

それぞれのキャラクターがどんな歌を唄うかは、 脚本を作る段階から熟考しました。

DVD特典映像用に編集されたメイキングを拝見して、出演者がラッパーではない普通の俳優で、演技のためにラップの特訓を受けているのを知りました。実は、両作品とも、ラップのできる俳優や演技力あるラッパーをキャスティングしているんだと思い込んでいたので、ちょっと驚きました。

プロのラッパーに演技してもらうという選択肢もあると思いますが、それではラップが上手すぎてしまうので(笑)。設定として、田舎でくすぶり、ないりたいけどなれない人たちというのが大事だったので。

自主制作で低予算だけど、手間はかかった映画ですね。

役者さんには、何回も何回も練習を積んでもらいましたね。資料映像もかなり用意して、こちらも何度も観てもらった。特に『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』は女性ラッパーが主演ですが、その資料映像があまりなくて苦労しました。

劇中で登場人物が歌う楽曲も、とてもよかった。

それぞれのキャラクターがどんな歌を唄うかは、脚本をつくる段階から熟考しました。「こういうことを唄わせたい」というアイデアをラップの監修者に渡し、できたものは実際に役者に唄ってもらい、聴いた感想からさらに内容を膨らませるという作業を繰り返しました。

失礼ながら、お金のない映画の割に丁寧なつくりだなあと感じました。

そう言っていただけると、嬉しいです。実際、撮影が終わって夜に見返して、「違う」と感じたら、別の日に同じシーンを撮り直していました。役者もスタッフも、そういうやり方にだまってついてきてくれましたから。

この映画では、5分間しゃべった後に唄い出す瞬間が 重要なので、絶対に切りませんでした。

長回し、多いですよね。

通常の会話から唄い出すところをカットを割って編集するのは、簡単です。でもこの映画では、5分間しゃべった後に唄い出す瞬間が重要なので、絶対に切りませんでした。10分のシーンの9分めでも、とちれば撮り直し。だから、現場の緊張感はかなりのものです。5分待った人が5分後に入っていくときの一歩の重みが、何かを生み出す。僕は、そう信じています。

テイクも多くなるだろうし、役者さんへの負担も大きそうな方針ですね。

みんな、大変そうでしたよ、汗ダラダラかいて(笑)。

エキストラの入るモブシーンでも、思い切って長回ししてますね。

好きですね(笑)。エキストラにもきっちりと演技指導し、要求しますが、けっこう皆さんがんばってくれるんです。『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』のラストの法事のシーンなども、そうでした。

ええっ!あれ、素人なんですか?びっくりしたなあ。絶対役者だと思っていた。

主役と主役の父親と何人か以外、全部地元のエキストラの方ですよ。

入江さん、長いシーンに人を入れたり出したりするの、好きなんですね。

好きですね。映画監督の演出の仕事って、そこ以外にないというくらいの気持ちでやっています。

賞は、かかわってくれたたくさんのスタッフや 地元の方々の勲章だと思うのです。

『サイタマノラッパー』シリーズは、やって良かった?

もちろん、良かった。公開できるかどうかわからない状態で撮影に入り、公開したら口コミでファンが増えてくれ、映画祭では賞までもらえた。最終的には、シネコンでの上映までできるようになり、「望外の喜び」という言葉が頭をよぎりました(笑)。

『SRサイタマノラッパー』は、夕張国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲りましたね。

あの受賞で助成金が出たので、パート2が具体化しましたからね。また、賞というのは、監督や役者以上に、かかわってくれたたくさんのスタッフや地元の方々の勲章だと思うのです。特にこのシリーズは、予算がないため、多くの方がボランティアで協力してくれていて、そんな方々へのお返しができたという感想を持っています。

ところで、パート3は、ある?

あります。今、脚本を書いています。まだ詳細に触れることはできませんが、パート2の最後に予告した「あの土地」が舞台になることは約束できます。これをもって3部作として、このシリーズに一応の締めくくりをと考えています。

では最後に、読者であるクリエイターの皆さんにエールをお願いします。

『サイタマノラッパー』シリーズは、僕の気持ちだけで勝手につくった映画です。作品を、好きなことだけで敷き詰めてしまえと思ってつくりました。結論として、ある程度の評価もしていただけ、つくって良かったと思えています。 ただ、そこに行きつくまでに僕は、映画の勉強を始めてからというカウントで、10年を費やしています。たった10年なのか、10年もかかってなのかはわかりませんが、ひとつだけ言えるのは10年間映画への取り組みをやめずにつづけたからできたのだということ。 昔、学者さんが言っていました、「10年間毎日、同じこと、好きなことをやりつづけて芽が出ないということは絶対ない」と。今僕は、その言葉、けっこう本当かもしれないと思っています。

取材日:2011年6月17日

Profile of 入江悠

入江悠氏 1979年、神奈川県横浜市生まれ。3歳から19歳を埼玉県深谷市で過ごす。2003年、日本大学芸術学部映画学科卒業。 短編映画『OBSESSION』(02)と『SEVEN DRIVES』(03)がゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター・コンペティション部門に2年連続入選。05年には4本の短編を集めた短編集『OBSESSION』を公開し、注目を浴びた。2006年に初の長編映画『JAPONICA VIRUS』を全国劇場公開。 2008年、自主制作した『SRサイタマノラッパー』が大反響を呼び、2010年、ファン待望の『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』が発表された。 【作品】長編劇場公開映画 2006年 『JAPONICA VIRUS - ジャポニカウイルス』 2009年 『SRサイタマノラッパー』 2010年 『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』 2011年 『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』
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