映らないところを深めておいて 演技に良い影響を与えたい

Vol.74
映画監督 吉田光希(Koki Yoshida)氏
 
吉田光希さん、PFFアワードの審査員特別賞を受賞した自主制作作品『症例X』で注目され、その受賞によって手にしたPFFスカラシップでつくりあげた、初めての劇場公開映画が『家族X』です。2011年2月にはベルリン国際映画祭フォーラム部門で正式上映され、高い評価を獲得した同作が、いよいよこの9月に封切られることになりました。 プレス資料に、「観る人によって、『情報量の多い映画だ』、『いや、あまりに情報が少ない』と感想が極端に分かれた」とありました。僕の感想は、前者でした。感想が分かれるのも、頷けるような気がします。作家性というんでしょうか、語り口が独特なんですよね、作者の。だから、評価する人とそうでない人の意見も、はっきり分かれるのかもしれません。ただ、一度好きになると、病みつきになる。そういうタイプの映画ですし、そういうタイプの映画作家だと感じました。
家族Xタイトル

9月24日[土]より ユーロスペース他にて全国順次ロードショー!

公式HP www.kazoku-x.com

 
家族X

監督・脚本:吉田光希 プロデューサー:天野真弓/撮影:志田貴之/照明:斉藤徹/録音:加藤大和/整音:照井康政/美術:井上心平/装飾:渡辺大智/音楽:世武裕子/編集:早野亮、吉田光希/スクリプター:西岡容子/助監督:松倉大夏/制作担当:和氣俊之 出演:南果歩、田口トモロヲ、郭智博、筒井真理子、村上淳、森下能幸

 
家族X_2

2010年/35ミリ/ 90分/カラー

PFFパートナーズ(ぴあ、TBS、IMAGICA、エイベックス・エンタテインメント、USEN)/ リトルモア提携作品 配給=ユーロスペース+ぴあ

(C)PFF パートナーズ

失われた家族を、人はどう回復していくのか? 話題作『家族X』、いよいよ公開。

『家族X』は、吉田さんの初の劇場公開作品です。出来栄えへの満足度は、どれくらい?

う~ん、90点くらいはもらえるような感じでしょうか。

マイナス10点は、どこ?

撮影中、ずっと天気が悪かったんです。太陽光が思うような状態でなかったせいで、本来ならやりたかった撮り方を、いくつか諦めています。それが、マイナスです。

劇場公開を間近に控えた、今のお気持ちは?

これまで映画祭での作品上映は経験があるのですが、劇場公開作としての映画づくりは『家族X』が初めてですし、劇場公開前の状況も今初めて経験しています。 映画監督をめざした時点で、願ったのはこの日の到来なわけですから。直前の不安も期待も、とにかく格別な感じがします。

登場するご夫婦は、恋愛結婚ですか?

恋愛結婚です。

年齢はどれくらい離れている?

旦那さんが2歳年上です。 この物語をつくるにあたっては、2人がいつどう出会ったか、どうやって結婚したかはもちろん、旦那さんの履歴書などもしっかりつくりあげています。

おお、なるほど。

で、シナリオをつくるにあたっては、そういった経緯をどれくらい描くかを慎重に考えていきました。結論としては、ほとんど触れていません(笑)。説明することが主眼ではないので。

登場人物は、まったく回想もしないですね。

原因となるシーンやエピソードがあって、現在がある。という流れは説明としてはわかりやすいですが、観てもつまらないですよね、映画として。少々迷ったことも確かですが、最終的には潔く、「一切、描かない」と決めました。それで、必要最低限の説明と回顧をオープニングに凝縮したんです。

そうそう、言われてみれば、オープニングの「あれ」が、この映画で唯一説明的でしたね。ネタバレ回避のために、「あれ」と表現しておきましょう、ここでは。

ネタバレは大げさですよ(笑)、写真。リビングに飾られている、幸せだった頃の、何枚かの家族の写真です。ご覧になった方の多くが、オープニングのあの映像に「なんか、長いな」と感じておられるようです。大切なところなので、ちょっと長めにと意識して編集しましたから。

振り返ってみて気づいたり、解説されて気づいたりしないと、見過ごしてしまうことがいろいろありますね、この作品は。

映画自体がお客さんを引っ張っていきませんよね(笑)。観る側が「この映画にアクセスしよう」という気持ちを強く持たないと、見過ごしてしまうことは多いと思います。

丸1日をリハーサル日にあて、その日はずっと、 シナリオにはない、登場人物の日常を考えました。

ハンディカメラを多用していますね。

当初は普通に撮るつもりでしたが、撮影が始まってみて、三脚よりハンディの方がいいとわかっていった感じです。

奥さんが「切れる」シーンでは、役者さんがフレームから外れちゃいましたね(笑)。

ピントも合ってないです(笑)。でも、あのシーンは1テイクでOKを出しました。あの演技をもう1度やり直してもらっても、ただ単に、きれいに映るだけのことですから。すべてが収まり過ぎてしまって段取りでだけで芝居の動きを捉えてしまう。 もちろん、カメラマンにも相談はしましたよ。すると、「いや、これでいいでしょう」と返ってきた。実は、その一言には、すごく感銘を受けました。撮影監督の心理としたら、「ちゃんと撮り直したい」と思って不思議はないですからね。「志田貴之さん(撮影)って、本当に凄いカメラマンだ」と、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

即興性を大切にするということでしょうか。

役者さんが到達した素晴らしい演技を、もう1度撮り直すことに意味を感じません。ただ、それは、アドリブを多用するということではないんですよ。実はこの映画は、ほとんどシナリオ通りにできあがっているんです。

では、リハーサルや読み合わせを何度も?

会話劇ではないので、読み合わせ的なリハーサルに重きは置きませんでした。代わりに丸1日をリハーサル日にあて、その日はずっと、シナリオにはない、登場人物の日常を考えました。

考えたって、誰が?

僕と役者さんとでです。彼は朝起きたら何をするか、彼女はこういう場合どこへ行くかなどを一緒に考える。シナリオに書いてあることは予定日が来ればカメラの前で再現することになるわけですから、放っておけばいい(笑)。準備としてはそれ以外のところ、映らないところを深めておいて、演技に良い影響を与えたかったのです。

そういう独特の演出観があり、独特のシナリオだから、キャスティングだって「誰でもいい」というわけにはいきませんね。

そう思います。ですから、事前には心配もあったのですが、結果的にはプロデューサーさんが、ほぼ僕の思い通りのキャスティングを実現してくれました。とてもありがたかったです。

主演の田口トモロヲさん、よかったですね。物語の特徴や演技計画については、話し合いなどありました?

ある程度撮影が進んだところで、一言ありましたね。「シナリオを読んだ時点では、オフビートコメディと思ってました」、「ちょっと違うようですね」、だって(笑)。

自分がつくる「会話劇」はいったいどんなものになるのかに、 ものすごく興味があります。

たとえば、消えた奥さんの居場所を、結局旦那さんが探し当てるシーン。ちょっと感動的な音楽がかぶってきてもいい感じですが、なかったですね。監督としては、あそこは音楽なしで、当然?

音楽に関しては、担当の世武裕子さんにすべて任せていて、彼女がいらないと判断したので、そうしました。

吉田さんって、参加した方にいろんなことを投げかけて、返ってきたことを受け止めて映画つくっているんですね。

そう感じてもらえると、嬉しいです。自分と誰かの間に発生するものを一番大事にしたいと思って映画づくりをしている監督なんだなあと、自分でも思いますから。

その手法って、大量生産が無理ですかね。

いや、やれますよ。やれと言われれば、年間2本でも、3本でも撮る自信はあります。

今後の方針や夢などをお聞かせください。

自主制作の時代からここまで一貫して、「身近なテーマで、人と人の関係を」描いてきましたが、『家族X』で一区切りができた気持があります。集大成と言っていいかもしれない。 ですから次に手がける作品は、これまでとはまったく違ったものになるでしょう。 興味のあることは「会話劇」、そして「青春映画」です。これまでもの凄く会話の少ない映画を撮ってきたので、次にはぜひ会話に挑戦してみたい。自分がつくる「会話劇」はいったいどんなものになるのかに、ものすごく興味があります。

最後に、読者へのエールをお願いします。

けっこう長く僕の支えになった言葉があります。それは、「諦めないのも才能です」。高校の先生がくれた言葉です。大切なのは、「も」の部分で、諦めないだけじゃいけないわけですが(笑)、諦めずにつづけることは先につながりますし、いつしか気づいてくれる人も出てくる。 僕の映画づくりへの取り組みと歩みは、振り返ると、しぶとく辞めなかったがゆえに手にすることができた数々の出会いで支えられています。 ですから読者の皆さんにも好きなこと、信じることを諦めないでほしいと思うのです。

取材日:2011年7月1日

Profile of 吉田光希

吉田光希氏 1980年東京都生まれ。東京造形大学在学中より塚本晋也監督作品を中心に映画製作現場に参加し、美術助手、照明助手、助監督などを経験。大学卒業後は、製作プロダクションにてCMやPVを制作する傍ら、自主製作映画を手掛け、4作目の作品『症例X』がPFFアワード2008にて審査員特別賞を受賞。第20回PFFスカラシップの権利を獲得し、『家族X』へと至る。
 
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