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“本物”を一人ひとりの手に。 紙と色使いを追求した独自の絵本作り。ライフワークの宮沢賢治シリーズに込めた思い。

Vol.160
デザイナー・イラストレーター 小林 敏也(Toshiya Kobayashi)氏
Profile
1947年静岡県生まれ。デザイナー・イラストレーター。 1970年東京藝術大学美術学部工芸科卒。現在は主に本の装丁・挿絵の仕事を手がけ、東京・青梅に"山猫あとりゑ"を営む。詩人・童話作家の宮沢賢治の作品に惹かれ、1979 年に『画本(えほん) 宮澤賢治 どんぐりと山猫』(パロル舎) を出版。以降も宮沢賢治シリーズを刊行し、挿絵は小中学校の国語の教科書にも度々掲載された。2003年、宮沢賢治賞(花巻市)。
デザイナー、イラストレーターとして、絵本の装丁・挿絵を手がける小林敏也さん。独特の色使いと紙の風合いが織りなす世界観は、コアなファンを魅了してやみません。ライフワークとなっている宮沢賢治シリーズは、国語の教科書にも度々掲載され、挿絵を覚えている人も多いはず。東京とは思えない自然豊かな青梅のアトリエを訪ね、絵本作りに込めた思いを聞いてきました。

大人も読んで楽しめる宮沢賢治シリーズがライフワーク

デザイナーである小林さんが、絵本を仕事にされたきっかけは?

藝大でデザインを勉強し、卒業後には製紙会社でパッケージのデザイナーをやっていたのですが、辞めてフリーになりました。最初は暇で仕事がなくて、出版社に何か持ち込めば仕事が来るかなと思い、宮沢賢治の絵本を思い付きました。

どうして宮沢賢治の絵本を作ろうと思ったのですか?

(自分が)読んで面白いと思ったからです。賢治の話は、子供向けだけに書かれておらず、大人が読んでも難しいこともあります。絵本だからといって子供向けに限定せず、大人も読める絵本ができたらいいなと思いました。

すでに福音館などで賢治の絵本は2、3出版されていたのですが、まだ著作権が生きていて、出版が難しかったのですが、パロル舎が持ち込みを採用してくれました。それで、初めて作った絵本が『画本 宮澤賢治 どんぐりと山猫』です。

今では賢治の絵本作りがライフワークになっていますね。

続けていって、結果的にそうなりました。

挿絵から文字、装丁まで 絵本を丸ごとデザイン

小林さんの絵本は独特の技法を使っているそうですが、どんな作り方をしているのでしょうか?

まずは白黒で挿絵を描いて、印刷段階で色を指定します。挿絵を描く際には、スクラッチという技法を使っています。その白い表面に墨を塗った後、専用のペンで引っかいて描くのです。僕はデザイナーなので、文字の書体や大きさ、絵とのレイアウトも指定します。

挿絵を描く人が字なども含めてデザインするのは、珍しいのでしょうか?

僕が絵本を作り始めた頃は、編集者が文字の配置と書体、大きさ、などを決めていました。でも、それでは面白くなかったので、本全体を僕がデザインして一冊の絵本を作るようになりました。当時はそういうやり方が出始めたばかりでした。

独特の色合いは紙選びから 製紙会社での勤務経験が生きた

色使いも独特な印象です。

普通のわかりやすくて、きれいな色でという感覚からすると、ずれた色や中間色を使っています。僕が人間としてへそまがりだからかなぁ(笑)。通常のフルカラーだと4色のインクを使うのですが、僕の絵本は2、3色だけ使って、1色ずつ重ねて印刷して色を出します。当時のパロル舎に提案されたやり方で、その方が印刷代が浮くということだったんですが、色数が制限されることによって、逆に面白い効果が出てくるようになりました。

小林さんは絵本を刷る際には、印刷所に詰めているそうですね。

実際に刷ってみると、見本と比べて色がずれて出てしまいます。印刷所で直接、インクの色・濃さなどの調整をしないと、望む色が出ないんですよね。

小林さんの絵本は使う紙一つとっても、こだわりを感じます。 紙もご自分で選んでいるんですか?

はい。本の価格に影響しますからあんまり高い紙は使えないけれど、安くて風合いのある紙を選ぶようにしています。色だけはっきり出したいなら、テカテカした紙を使えばいいのです。ただ、紙がインクを吸い込んで色が落ちる方が、独特の風合いが出て僕は好きなのです。

ページをめくる時の触り心地も気持ちいいですね。 製紙会社でのデザイナーの経験が、紙選びに生きているのでしょうか?

生きていますね。紙の種類を色々と経験していましたので、その中から適したものを選びます。本はほとんど紙で出きてるので紙選びはこだわらざるを得ないんですよね。

デザイナーを志し、東京藝大へ 卒業後は製紙会社でパッケージデザイン

小林さんはどんな子供時代を過ごしていましたか?

病弱で引っ込み思案で友達がいなかったです。中学、高校では美術部には入らず、小学校までは漫画を描いたり写したりしていましたが、むしろ理工系思考でした。

デザイナーを志したきっかけは?

それで、僕は最初はカメラなどの工業製品を作りたいと漠然と思っていました。当時の東京藝大は、工芸科の中にデザインの専攻があったので、金属などをいじったり、陶芸や染色も実習して工芸も勉強しました。

そのころは横尾忠則らが活躍し始めた頃で初期のデザインブーム。卒業後は自分もデザイナーとして何とか就職して食べていければいいなと思っていました。

それで、紙パッケージのデザイナーになったのですね。

製紙会社のパッケージ部門に就職して、パッケージの図柄のデザインをやっていました。それが、どうも会社員が合わなくて、1年くらいたった時に、上司が独立して事務所を作ったので、ついて行ったんです。そこでもパッケージのデザインなどをやっていましたが、事務所が上手くいかなくなってきたこともあって、そこを出てフリーでやっていくことになりました。

僕の絵本は大きな印刷機を使った版画みたいなもの。

そこから絵本作りに進まれるわけですが、絵本はいつから好きだったのですか?

僕は大学時代から絵本が好きでした。その頃は第一次絵本ブームで、外国からいい絵本がどんどん入ってきて、刺激を受けました。

その頃はどんな絵本を読んでいたのですか?

ついこのあいだ亡くなった絵本作家のトミー・ウンゲラー、シーモア・クワストやミルトン・グレイザーといったデザイナーでもあるイラストレーターが描いた絵本を買いあさりました。

絵本のどんなところに魅かれたのですか?

自分で買えるところです。絵画は高価でなかなか“本物”を買えないけれど、絵本は高価ではないので自分で“本物”を買って所有できます。

絵画は“本物”が一つしかないけれど、絵本は製本された一つひとつが“本物”ということ?

そうです。陶芸家が作った茶碗も“本物”だし、プロダクトデザイナーが作った大量生産の商品もある意味“本物”ですよね。そういう意味では、絵本は芸術作品でもあり商品でもありますが、いかに“本物”になれるかという実験でもあるかなと。

デザイナーとして、表現方法はいろいろとある中で、なぜ絵本を選んだのでしょうか?

先ほども言った通り、安くて、手に取ってもらいやすいということですよね。お金持ちでなくても買ってもらえるし、多くの人に行き渡るし、賢治のお話も知ってもらえるし、僕も表現ができる、ということかな。

それに、絵本は一つひとつが “本物”です。特に、僕の絵本は大きな印刷機を使った版画みたいなもの。白黒の挿絵を、色に変換して刷って初めて、“本物”になります。

小林さんの絵本一つひとつが、ナンバリングのない“本物”ということですね。 持っているだけで、特別な気持ちになれますね。

だから、カラーで絵を描いた絵本は(絵のコピーをならべただけの)画集になっちゃう。

小林さんの考える“本物”ではなくなってしまうということですね。 “本物”を所有してもらいたいという思いがあるのでしょうか?

それよりも手に取って使ってもらうのが、好きなのかもしれません。(使うということは)工芸の大切な要素で絵本にも通じますよね。

ぶれない印刷技法と装丁へのこだわり

「画本 宮沢賢治」などを出版していたパロル舎が倒産したため、小林さんの絵本は一時手に入りづらくなっていました。現在は別の出版社から相次いで復刊されています。

最近はカラー印刷の技術が進んでいるため、原本をスキャンしてカラー印刷で復刊することが多いのですが、以前と同じ特色な印刷で復刊してもらっています。

最新刊『おおかみのこがはしってきて』(ロクリン社)も復刊された作品です。 復刊前の作品との違いはありますか?

アイヌに伝わる物語で、英語版にもなっている絵本です。本文用紙も変わりましたし、文字の色を変えたり、イラストを追加したりなど、少しだけ復刊前と変わっています。

カバーと本体では、デザインが異なりますね。しかも、復刊前と後で、本体のデザインも違います。

カバーはあくまで包装紙で、カバーを取った本体が絵本のメインです。ですから、本棚にはカバーを取って入れてほしいという思いで作っています。カバーを取った時に、違う表紙が現れた方が楽しいじゃないですか。

遊び心にあふれていますね。

小見出し一番好きな賢治の絵本は『オッベルと象』 紙だけでインド気分に!

第15回月夜の幻燈会 撮影:高野丈

宮沢賢治の絵本を作り続けてきたことについて、ご自身でどう考えていますか?

基本的な技法は変わっていないので、マンネリに陥りやすいですよね。それで、スクラッチだけではなく、鉛筆を使ってみたり、トレース紙を使ってみたりと、いろいろ工夫しています。

絵本作りのアイデアや発想は、どのように出てくるのでしょうか?

どうやって出すというよりも、出てくるんだよね。発想するためには、話をよく読むということに尽きるかな。もちろん、賢治は画本にしにくい話もあって、そういう場合はなかなか筆が進みませんが、アイデアが出てきたものから絵本にしています。

ご自分で作られた賢治の絵本の中で、一番好きな作品は?

『画本 宮澤賢治 オッベルと象』(好学社から復刊)です。セメント袋用のクラフト紙を使っています。白いインクが映えるように、紙屋さんに色々な種類のクラフト紙の中から、いちばん色の濃いものを探してもらいました。紙だけでインドまで連れていってくれますよね。

画本 宮澤賢治シリーズを続けていく苦労はありますか?

別にないですね。続けられる楽しさ、ありがたさの方が勝ります。他の仕事があまりなかったから、続けてこられたのだとも思います。ありがたいことにコアなファンもいるので、奇跡的にもなんとか続いたんでしょうね。

画本 宮澤賢治シリーズを幻燈で映しながら、屋外で上演する「月夜の幻燈会」が2009年から市民グループ主催で開かれているそうですね。

東京・小平市のどんぐり林でやっていて、今年(2019年)の5月に「蛙の消滅」の予定です。朗読に笛、竹楽器の演奏もついています。

実は、若い頃に『どんぐりと山猫』の挿絵を写真に撮って幻燈にして、自分で壁に映して楽しんでいました。賢治の童話『やまなし』にも「幻燈」という言葉が出てくるくらいですから、賢治の作品は幻燈に合っている気がします。

自分で考えるのがクリエイター 困ったら、マネをすればいい

最後に、この記事を読んでいるクリエイターの方にメッセージをお願いします。

僕が言うことはないですね。それぞれ自分で考えましょうってことかな。だってそうしないと、クリエイターになれないもんね。考えて工夫して作ることがクリエイトなんだから、それはあなたがやることでしょって思います。

あとは、まったく逆だけど、やることが見つからなかったり、できないと思っていたりしたら、いいと思った人の作品をマネすればいいと思いますよね。僕も絵本のイラストを模写したことが勉強になりました。マネすることで、自分なりのアイデアが生まれてくるかもしれないし、自分はこれじゃないと思ってちがう方向に進めるかもしれないですよ。

取材日:2019年2月8日 ライター:すずきくみ ムービー:撮影)村上光廣 編集)遠藤究

 

小林 敏也(Toshiya Kobayashi)氏

1947年静岡県生まれ。デザイナー・イラストレーター。 1970年東京藝術大学美術学部工芸科卒。現在は主に本の装丁・挿絵の仕事を手がけ、東京・青梅に"山猫あとりゑ"を営む。詩人・童話作家の宮沢賢治の作品に惹かれ、1979 年に『画本(えほん) 宮澤賢治 どんぐりと山猫』(パロル舎) を出版。以降も宮沢賢治シリーズを刊行し、挿絵は小中学校の国語の教科書にも度々掲載された。2003年、宮沢賢治賞(花巻市)。

 
 

『おおかみのこがはしってきて』

  • 発売日:2019年1月
  • 発行:ロクリン社(パロル舎1999年刊を一部加筆修正し、新装)
  • 文:寮美千子
  • 画:小林敏也
  • 価格 1,700円+税

『第20回月夜の幻燈会』

  • 日付:2019 年5月18日(土)(予備日19日)
  • 上演作品:『画本 宮澤賢治 蛙の消滅』(作:宮沢賢治、画:小林敏也)再演
  • 主催:どんぐりの会
  • HP:http://dongurinokai.net/?p=8133
 
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